「Microsoft Power Platform」は何ができる? 花王の事例から読み解く(2/2 ページ)

» 2022年10月25日 08時00分 公開
[大河原克行ITmedia]
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Power Platformの取り組み 花王はどうしている

 説明会では、Power Platformの活用事例として、花王の取り組みを紹介した。

 花王は中期経営計画「K25」を推進している。新規事業の創造や既存事業の活性化、活動生産性を2倍に高める改革を進め、その中で現場のDX(デジタルトランスフォーメーション)が欠かせないとしており、工場における情報システムの開発や運用、スマートSCM(Supply Chain Management)の実現に取り組んでいる。

 スマートSCMでは、サプライヤーから消費者までのサプライチェーンの中で、工場と物流拠点の取り組みを中心に展開する。タブレットやスマホの活用、RPAやローコードツールを活用した現場業務の「デジタル化推進」の他、ロボットや無人搬送車、AI画像を活用した省人化による「作業支援」、AIによるプラントの異常検知や自動制御などによる「運転支援」、生産スケジュールや配送業務の最適化を進める「計画支援」、SNSなどの消費者情報をもとにAIによる需要予測などを行う「環境予測」に取り組んでいる。

竹本滋紀氏

 花王の竹本滋紀氏(SCM部門 技術開発センター 先端技術グループ マネジャー)は「これまでの延長線上ではない生産性の向上や人への依存負荷の低減、人らしい知恵創造の実現に取り組んでいる」と話す。

 スマートSCMの一つの要素である「デジタル化推進」は、社内で「現場DX」と呼ばれる。定型業務に関して、2020年からRPAを活用して業務の効率化を進め、さらにPower Platformの活用により、業務の効率化を促進している。

 「現場担当者やエンジニア自らがDXを推進するには、ITに関する専門的な知識がなくても容易に短期間で業務の効率化を実現できるツールが必要だ。定型業務やメールによる承認フロー、紙媒体へのデータ記録の効率化はノーコード/ローコード開発ツールを活用して実現することを目指している。現在、SCM部門はPower Platformを活用して263件のアプリケーションを開発し、生産現場における業務のデジタル化や工事の進捗(進捗)管理、設備の稼働状況の見える化などを広げている」(竹本氏)

 花王の中核的な生産拠点である和歌山工場では、Power Platformを活用した生産現場の生産性向上を推進する中で、製造現場の担当者がPower Platformを学習して自らアプリ開発を行っている。

 花王は2つのデジタル化推進の事例を紹介した。

 1つ目は「製造現場における紙点検記録のデジタル化」だ。

 和歌山工場のケミカル製造部門では、現場の設備点検記録を紙ベースで管理していた。そこで、Power Platformを使いスマホで点検記録を入力できるアプリを独自に開発し、手書きからの脱却に加え、過去の記録もその場で参照できるようになった。点検結果の入力から上長の承認までのワークフローも自動化した。

 「点検記録は約170帳票もあり、点検記録ごとにアプリの仕様検討が必要になるという課題があった。そこで、テンプレート化して全ての市民開発者が同じ仕様で開発できるようにした」(竹本氏)

図1 花王における点検記録の自動化画面の一例(出典:説明会において花王提供))

 2つ目が「紙で行っていた原料カードのデジタル化」だ。

 和歌山工場のケミカル製造現場は多品種少量生産を担っており、1日最大147品目にわたる幅広い製品や原材料を扱う。また、バルブ操作などの手作業が多く、原材料はラックを使用して保管している。

 これまで現場では、紙の原料カードを用いて原料の種類、保管場所、量を管理して運用していたが、「カードを探す手間」や「手書き文字の読みづらさ」「カードの紛失が与える生産への影響」などが課題だった。

 これらの課題を解決するためにPower Platformを活用してスマホで管理できるアプリを開発した。花王によれば、現場で年間480時間の効率化が可能になる見込みだ。さらに現場では原材料管理に加えて新たに危険物管理も行えるようになった。

図2 スマートフォン画面による点検結果入力の一例(出典:同説明会で花王提供)

 花王がPower Platformを採用した理由は、「Microsoft Teams」やAzureなどの製品を既に使用しており、「操作性やアプリ連携などで親和性が高いこと」「『Office 365』のライセンスを保有しており、無償でPower Appsを利用できたこと」が挙げられる。

 竹本氏は「ローコードツールは使ってみないと判断ができないと思い、自らアプリを開発してみることにした。日本マイクロソフトのエンジニアが『YouTube』にアップした動画を視聴しながらアプリを開発し、数十分で完成した。直感的に『これしかない』と考えた」と振り返る。

 「既に263件のアプリが開発されたことを考えると、この選択は間違いではなかった」

 同社はローコードツールを社内に定着させるため、導入支援体制を新たに構築した。組織的に市民開発者をバックアップする体制を強化し、キーとなる市民開発者を育成して推進役として周囲を教育する体制を確立した。システムエンジニアが市民開発者と伴走して、要望を具現化していく支援も行い、年2回の開発事例発表会で成果を共有している。

 竹本氏は「毎回300人が参加しており、『自分もやってみよう』という意識の向上につながっている」と成果を話す。

 同社は2022年10月にシチズンデベロッパー推進体制を確立し、開発者向けの情報提供サイト「シチズンデベロッパーサポートサイト」を公開した。ここでは、トレーニングのための独自教材やYouTubeなどの外部の動画コンテンツへのリンク、Q&A集などを用意した。また、SCMアプリストアを用意して開発されたアプリの目的や使用方法を紹介し、アプリを横展開できる仕組みも構築した。

綱島朝子氏

 日本マイクロソフトの綱島朝子氏(業務執行役員 ビジネスアプリケーション統括本部長)は花王の取り組みに対し、「システム部門が技術検証を行い、組織的なバックアップや情報共有、発信を積極的に行う。また教育の体制を整備した点が社内のPower Platform定着につながっている」と評価した。

 竹本氏は「デジタル化によってデータを活用できるようになる。現場DXはデジタル化が目的ではなく、デジタル化したことで得られるデータを活用して、設備の管理に活用することが重要だ。設備の点検記録を予防、予知につなげることができる」と話し、「これまでの取り組みは、ライセンスに付属している無償のPower Appsで利用できる範囲だけだったが、これではDataverseなどの有償版でしか実現できない案件に対応できない。ライセンスの購入を進めながら現在の取り組みを加速させる。今後は海外工場にも展開していきたい」と述べた。

 花王は現場の市民開発者を育成し、さらにそれを巻き込みながら現場のDXを推進している。ローコードツール活用の手本となる取り組みだろう。

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