まだ「ロジカルシンキング」を信奉しているの?「不真面目」DXのすすめ

「ロジカルシンキング」は日本のビジネスパーソンの多くに信頼を置かれている思考法です。しかし、筆者は「DXにとってロジカルシンキングは邪魔」と言います。もともとロジカルシンキングで考える癖があったという筆者が、こう主張する理由とは何でしょうか。

» 2022年12月23日 09時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。

この連載について

 この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。

 「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。

 これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。

 変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手がける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

 日本のビジネスパーソンに熱い支持を受ける「ロジカルシンキング」。徹底的に論理的に考えるというこの手法を、社内で教育されて身に付けた人も多いと思います。特にプロジェクトマネジメントやシステム設計に関与する人はロジカルシンキングから多くを学んだことでしょう。

 筆者はITコンサルタントとして長く活動していますが、以前はユーザー企業のIT部門で業務改革のリーダー的な役割を担っていました。当時はコンサルタント教育やMBA(経営学修士)で使われる教材で自主的に学習し、ロジカルシンキングに関する数多くの書籍も読みました。

 しかし、顧客企業のDX(デジタルトランスフォーメーション)やイノベーションに関わるようになると、ロジカルシンキングが邪魔になるシーンが頻繁に訪れるようになったのです。今回はロジカルシンキングとDXとの関係をひもときたいと思います。

「ロジカルに考えてはいけない」場面は多い

 前回に引き続き、サッカーW杯の話で恐縮ですが、日本対スペイン戦に関するデータにはとても興味深い点があります。ボール支配率は日本が18%でスペインが82%と大きく差がありました。パス成功率は日本が67%に対してスペインは92%でした。これらのデータだけ見ると日本が勝つとはとても思えませんが、日本は素晴らしい勝利を収めました。スポーツの世界はロジカルシンキングだけでは戦えません。ロジカルシンキングしかしていないアスリートやコーチはいないでしょう。

 マーケティングや経営学で取り上げられる機会が多いのが、本田技研工業(Honda)がバイクで米国市場に挑戦した話です。当時アメリカにはHARLEY-DAVIDSONなどのバイク界の“巨人”が市場を牛耳っていたことや、米国人の多くは中型バイクより小さなバイクには興味ないと思われていたことなどをロジカルに考えれば、Hondaが米国市場で成功する確率は非常に低いものでした。

 しかし、創業者の本田 宗一郎氏をはじめとする当時のHondaの人々は、「バイクの本場である米国で勝負したい」という熱い情熱をもって外野から見れば無謀な挑戦を行い、見事に成功を収めたのです。

 最近の例で言うと、Facebookがそうです。創業者であるマーク・ザッカーバーグ氏がもしロジカルシンキングの信奉者だったら、将来世界で30億人近くが利用するサービスに発展するソフトウェアをたった1人で開発しようとは考えなかったでしょう。

 このようにロジカルに考えてはいけない場面は多いのです。

直感を信じることの重要性

 本連載では、DXプロジェクトについて「これまで誰も考えつかなかったような新しいビジネスアイデアに挑戦する必要がある」「そのためには常にワクワクしながら取り組むことが重要」と書いてきました。

 ワクワク感をつくり出したり、それを増殖させたりするのにロジカルシンキングはほとんど役立ちません。ロジカルに考えれば考えるほど、挑戦を諦めるための理由が見つかるからです。日本企業で世界を変革する革新的な商品やサービスがなかなか登場しないのは、新しい企画が成功する可能性を経営会議でロジカルに説明することが求められるところに起因するのでないかと筆者は考えています。

 誰でも直感がはたらくときがありますが、その直感を生かせる人は多いとは言えません。後から考えた時に「あのときの直感は正しかったのに……」と悔やんだ経験のある人も多いでしょう。最初のアイデアは良かったにもかかわらず、いろいろ考えるうちにどんどんつまらない方向に収束して自信を失った経験を持つ人もいるでしょう。筆者も以前は何でもロジカルシンキングする癖がありましたが、最近は自分の直感を信じるようにしています。

 もちろん、全てを直感に頼って進めれば良いわけではありません。しかし、直感を信じて行動する比率を少しずつ高めていけば、ワクワクする体験をしていない人も自らを信じて前向きに行動できるようになります。そのような人が増えれば、日本からも多くのユニークな商品やサービスが出てくると筆者は考えています。

ロジカルシンキングと距離を置こう

 ロジカルシンキングを信奉する人の多くは「ロジカルシンキングが考え方の基本である」と力説します。しかし、ロジカルシンキングは数多くある考え方の一つに過ぎず、他にもデザインシンキングやアートシンキング、ラテラルシンキングなどいろいろな手法があります。

 生真面目な人や誰かに承認されないと動けない人は、理詰めで結論を出すロジカルシンキングとの相性がよいと思います。しかし、このような人は新しいアイデアを出すことには長(た)けていません。もっとも筆者はこのようなタイプの人を否定しているわけではありません。多種多様なキャラクターが存在するのは当然です。

 しかし、ロジカルシンキングに完全に頼っている人がDX推進の役割を担うことは難しいと思います。ロジカルシンキングに慣れきった人は、その他の思考方法があることに気付きません。ロジカルシンキングを信奉する人は、デザインシンキング的な思考回路を持つ人を「行きあたりばったりな行動ばかりする人」のように感じるのです。

 ワクワクしてDXを進めるためには、ロジカルシンキングから距離を置きましょう。ロジカルとは程遠いアプローチで、さまざまなアイデアをたくさん出しましょう。

 ロジカルシンキングがどうしても必要になったときはどうすればいいのでしょうか。DX推進活動で生まれたビジネスアイデアを具現化するためのシステム設計やインフラ構築を実施するときに、思い出したように押し入れの奥からロジカルシンキングを持ち出すといった感じでよいと思います。

 くれぐれもDX推進活動を止める理由を探すためにロジカルシンキングを使わないでください。ロジカルシンキングに失礼ではないか、と元ロジカルシンキング信奉者だった筆者は考えています。

「『不真面目』DXのすすめ」のバックナンバーはこちら

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ