「VUCA時代」を言い訳にしていませんか?「不真面目」DXのすすめ

複雑性や不確実性を示す「VUCA」は最近メディアでよく見かける言葉の一つですが、筆者は「明治維新期よりも今の方がVUCAの時代なのか」と疑問を投げかけます。なぜ最近になって人々は複雑性や不確実性をより強く感じるようになったのでしょうか。また、VUCAを仕事上の“言い訳”に使う人への筆者のメッセージとは。

» 2023年02月10日 09時00分 公開
[甲元宏明株式会社アイ・ティ・アール]

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この連載について

 この連載では、ITRの甲元宏明氏(プリンシパル・アナリスト)が企業経営者やITリーダー、IT部門の皆さんに向けて「不真面目」DXをお勧めします。

 「不真面目なんてけしからん」と、「戻る」ボタンを押さないでください。

 これまでの思考を疑い、必要であればひっくり返したり、これまでの実績や定説よりも時には直感を信じて新しいテクノロジーを導入したり――。独自性のある新しいサービスやイノベーションを生み出してきたのは、日本社会では推奨されてこなかったこうした「不真面目さ」ではないでしょうか。

 変革(トランスフォーメーション)に日々真面目に取り組む皆さんも、このコラムを読む時間は「不真面目」にDXをとらえなおしてみませんか。今よりさらに柔軟な思考にトランスフォーメーションするための一つの助けになるかもしれません。

 近年、いろいろなメディアで「VUCA」という略語をよく目にするようになりました。これは、Volatility(変動性)、Uncertainty(不確実性)、Complexity(複雑性)、Ambiguity(曖昧性)の頭文字を取ったもので、現代の複雑性を表す言葉として、IT系メディアに限らず一般誌でもよく登場しています。

実は大昔からVUCAは続いている 

 筆者は普段はクラウドやアジャイル開発などのコンサルティングを手掛けていますが、変化が激しい現代を表す象徴的な言葉としてVUCAを使うことがあります。コンサルティング先の顧客に分かりやすいようにこの言葉を使っていますが、実は「本当に今だけがVUCAなのか」と疑念を抱いています。

 「今はVUCA時代である」と説く人はその理由として「地球温暖化による気候変動」「少子高齢化に伴う制度変化」「年功序列から成果主義への変化」などを挙げますが、筆者はこのような解説を読むたびにモヤモヤします。

 そもそも、VUCAという単語は1987年にアメリカの軍関係の大学の教科書に初めて登場し、冷戦終結後のアメリカ軍でよく使われていたそうです。そして、なぜか2010年代に入ってビジネス系メディアでよく使われるようになりました。では、VUCAは1980年代から始まった現象なのかと言うと、筆者はそれは違うと思っています。

 例えば、日本の明治維新を考えてみましょう。明治維新の開始および完了年にはさまざまな学説があるようですが、ここでは仮に黒船来航(1853年)を始まりとし、大日本帝国憲法発布(1889年)を終わりとします。このわずか36年の間に武士が治める江戸時代から明治時代となり、その間には桜田門外の変(1860年)、薩英戦争(1863年)、大政奉還(1867年)、戊辰戦争(1868〜1869年)、西南戦争(1877年)などが起きているのです。まさに激動の時代といえます。

 一方、現代はどうでしょうか。現在から36年前は1987年です。筆者はその翌年からMacを使うようになりました。当時から現在まで、コンピュータテクノロジーには大きな変化が起こりましたが、明治維新のダイナミズムに比べるとかすんでしまいます。

 明治維新の他にも戦国時代や鎌倉幕府成立の前後など、「激動の時代」は数多くありました。歴史を振り返れば、常に世の中は大きく変化してきたことが分かります。「昔は良かった」を連発する高齢の方々が「平和で安定していた時代」としてよく言及するいわゆる高度経済成長期には、岩戸景気やオリンピック景気などに代表される景気の波があり、国内総生産(GDP)は10%以上変動していました。

 「太古の昔から、人々が安定して牧歌的な暮らしを続けられた時代はなかった」と言っても過言ではありません。

いつの時代も大きな変化があった

 このようにいつの時代も大きな変化があり、不確実で複雑で曖昧でした。つまりVUCAは現代の特徴ではなく自然の摂理を表現した言葉だと捉えられます。

 近年、VUCAという単語が頻出するようになった要因の一つは、以前はコンピュータテクノロジーの変化が今ほど大きくなかったことにあるのではないでしょうか。

 昔のコンピュータテクノロジーは迅速に変化に適応できるものではありませんでした。クラウドが登場する以前はサーバやハードウェアの調達に時間がかかり、初期コストも高く、導入後の構成追加や変更は容易ではありませんでした。ソフトウェアも高価で、革新的な機能向上も多くありませんでした。

 そのため、いったん導入したシステム(ハードウェア+ソフトウェア)は長期的に利用して維持することが求められました。開発手法も一度開発したアプリケーションを迅速に追加、修正することは容易ではなかったのです。当時も頑張れば変化に対応できたのかもしれませんが、そのような大きなリスクを孕む挑戦よりも安定を指向するIT部門が多かったのも事実です。

 つまり世の中はずっとVUCAでしたが、テクノロジーとそれを使う人がVUCAに対応できなかったのです。

VUCAを“言い訳”にせず、基本的要件と考えよう

 現在、われわれはクラウドやスマートフォン、インターネット、AI(人工知能)といった素晴らしいテクノロジーに囲まれています。クラウドはVUCAに十分に適応するために生まれてきたテクノロジーです。

 しかし、企業ITに携わる人の中には「いまはVUCA時代だから変化に適応できなくても仕方がない」と考える人も多くいます。過去の成功体験が現在に通じなくなってしまった理由を「VUCA時代」の一言で済ます人までいます。

 繰り返しになりますが、VUCAとは現代に特化した現象ではありません。太古の昔からVUCAが続いていることを認識し、VUCAは暗黙的な基本要件と捉えましょう。今やVUCAに対応するテクノロジーやサービスは多種多様に存在し、誰でも低リスクで利用できる時代になりました。このような素晴らしいテクノロジーを開発してくれたエンジニアたちに敬意を表し、VUCAとずっと付き合っていこうではありませんか。

筆者紹介:甲元 宏明(アイ・ティ・アール プリンシパル・アナリスト)

三菱マテリアルでモデリング/アジャイル開発によるサプライチェーン改革やCRM・eコマースなどのシステム開発、ネットワーク再構築、グループ全体のIT戦略立案を主導。欧州企業との合弁事業ではグローバルIT責任者として欧州や北米、アジアのITを統括し、IT戦略立案・ERP展開を実施。2007年より現職。クラウド・コンピューティング、ネットワーク、ITアーキテクチャ、アジャイル開発/DevOps、開発言語/フレームワーク、OSSなどを担当し、ソリューション選定、再構築、導入などのプロジェクトを手がける。ユーザー企業のITアーキテクチャ設計や、ITベンダーの事業戦略などのコンサルティングの実績も豊富。

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