納得できるDXには「自分事化」が欠かせない そのための「汗をかく試行錯誤」とは脱「丸投げDX」のための「デザイン思考」の使い方(2)(1/2 ページ)

多くの企業がDX(デジタルトランスフォーメーション)に取り組む一方で、自分事ではなく「言われるがまま」にプロジェクトを推進し、本当の変革が起きない状況も多い。このような「なんちゃってDX」を打破するには「デザイン思考」が有効だというが、一体どのようなものなのだろうか。

» 2023年02月27日 08時00分 公開
[小原 誠ITmedia]

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 前回の連載第1回で、デザイン思考は「変革を『自分事』とし、共に考えて小さな成功体験を積み重ねて『より大きな変革の流れ』を作る場面」で有用な対話手法だと紹介しました。

 では、「デザイン思考」とは具体的にどのようなもので、どのように使うのかを第2回と第3回で解説します。今回はまず基礎知識として、デザイン思考で議論を進めるための基本的な流れを紹介します。

この連載について

 昨今、DXの文脈でも耳にすることが増えてきた「デザイン思考」という考え方。一方で、「新たな事業アイデアの発想やユーザー体験(UX)を設計する人たちが使う特殊な考え方」として捉えられがちです。本連載は、筆者が元コンサルタントとして得た経験をふまえながら、デザイン思考(Design Thinking)を身近な思考法として紹介します。

筆者紹介:小原 誠(ネットアップ合同会社 シニアソリューションアーキテクト)

国内メーカーにおけるストレージ要素技術の研究開発に始まり、外資系コンサルティングファームにおけるITインフラ戦略立案からトランスフォーメーション(要件定義、設計構築、運用改善、PMO等)まで、計20年以上従事。ネットアップではソリューションアーキテクトとして、特にCloudOps、FinOps領域を中心にソリューション開発やマーケティング活動、導入支援等に従事。FinOps認定プラクティショナー(FOCP)。国立大学法人山口大学 客員准教授。



スタンフォード式デザイン思考にみる"核"となる考え方

 「デザイン思考」による議論の進め方にはさまざまなバリエーションがありますが、そこには「共感と試行錯誤を重視する」「発散と収束を繰り返しながら考える」という共通点があります。

 議論の具体的な方法(メソッド)は、「問題を可視化し共有する方法」「アイデアを発想する方法」などさまざまで、「納得感の醸成」や「自分事化」につながる多くのノウハウが詰まっています。 これらの具体的な方法を第3回で解説するために、第2回ではデザイン思考を使って議論を進めるときの全体的な流れと勘所を理解し、デザイン思考の基本をおさえましょう。

 ここで、米スタンフォード大学「d.school」で開発された「5つのプロセス(ステップ)」を取り上げます(図1)。

図1 デザイン思考の5つのプロセス(出典:d.schoolの公開情報を参考に筆者作成)

 5つのプロセスを順番に見ていきます。

プロセス1:「共感」(Empathize)〜顧客の真のニーズを理解する〜

 一連のプロセスは「顧客の真のニーズ」を理解することから始まります。

 「顧客」が誰なのかは取り組む事柄で異なります。新たな事業に取り組む場合は想定顧客が対象となり、社内の問題を解決したい場合はその問題に関わる社員が対象となるでしょう。

 プロセス1ではヒアリングやアンケート、観察などを行いますが、目的はあくまで顧客理解であり、アイデアの売り込みではありません。顧客を理解するには顧客に多く語らせることが重要で、そのためには「うまく問いかける」必要があります。聞きたいことだけを聞いていては回答の幅を狭めます。全体感を持ちながら「なぜなぜ」と掘り下げましょう。

 一方、顧客が言う「これが問題」「これが解決策」が必ずしも正しいとは限りません。意見を受け止めつつ「実際はどうなのだろうか?」と考え、言葉の奥底にある"真の思い"を引き出すことが大切です。

プロセス2:「問題定義」(Define)〜本当に解くべき問題は何か?〜

 プロセス2では、プロセス1でまとめた結果を基に解決すべき問題を定義します。

 問題定義の仕方で有名なのは「どうすれば私達は〜できるだろうか?」という、短くシンプルな「問い」を用いる方法です(HMW:How Might Weと呼ばれる)。一行の中に「誰が」「何のために」「何を」という3つの観点を含めますが、ここで特に重要なのは「何を」の部分で、解決策に寄りすぎて幅を狭めないように意識しましょう。

 例えば「どうすれば私達は従業員が気持ちよく働ける"オフィス環境"を提供できるだろうか?」という問いからは、場所に関わるアイデアに発想の幅が限定されます。一方、"労働環境"を当てはめて考えると、労働時間や職場の人間関係なども含めて検討できます。

 筆者の経験的に、共感と問題提議がデザイン思考の中で最も重要で難しいプロセスです。プロセスを進めていく中で行き詰まりを感じたら、これらのプロセスに戻って考え直すことも大切です。

プロセス3:「発想」(Ideate)〜多様性を生かして解決策を考える〜

 「発想」のプロセスでは、プロセス2で設定した問いに答える解決策を考えます。

 良いアイデアを得る最良の方法は、多様な参加者から多くのアイデアを得ることです。アイデアを複数人で考えれば数はもちろん、「掛け算の効果」も期待できます。

 複数人で行うアイデア出しの方法に「ブレインストーミング」(BS:Brainstorming)があります(注1)。

 昨今はあらゆる種類のグループ討議をブレインストーミングと呼ぶ傾向にありますが、漫然と討議していては効果的なアイデア発想は期待できません。また、グループ討議の中で「組織での力関係や個人の性格などにより、価値あるアイデアを持つ人が発言できず、他の人が場を支配する」という集団力学が働くケースもあります。つまり、意識的な運営努力なくして参加者のアイデアは多様化せず、むしろ萎縮していくでしょう。

 効果的なブレインストーミングを行うには、「討議時間の一部を個人作業に充てる」「専門のファシリテーターが討議を進行し、発想を制約せずに必要な刺激を与える」ことが欠かせません。また、発想を豊かにするために普段とは少し違った環境を作ることも重要です。カラフルな付箋紙を使ったり、カフェスペースで立って議論したり、スーツから普段着に着替えたりなど、普段と異なる環境を作ることも意識しましょう。

 以下はブレインストーミングの4つの心得です。

(1)質より量:たくさんの発想により「掛け算の効果」も生まれる

(2)批判厳禁:批判を含む判断や結論は自由な発想を制限してしまう

(3)結合改善:「No, but」ではなく「Yes, and…」により発想をさらに広げる

(4)自由奔放:一見突拍子もない発想は周りを刺激するものとして歓迎する

 アイデアを生み出す際にブレインストーミングを複数段階に分けて行い、徐々に具体化する方法がありますが、満足のいくアイデアが出ない場合は前提の問題定義が誤っている(狭すぎる・ズレている)可能性もあります。このような場合は前のプロセスを振り返りましょう。

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