なかなか進まない日本の行政DX。筆者は、進まない理由として日本固有の「ハンコの神聖化」を挙げます。さらに、行政DXを阻むのはハンコだけではありません。ハンコ以外の3つの要因とその背景にも迫ります。
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コロナ禍において、民間におけるDX(デジタルトランスフォーメーション)が相応に進む一方で、行政機関におけるDXはいまだに足踏みが続いている状態です。本連載では日本の行政DXが進まない理由と、その課題を乗り越えるためにどのように物事を進めていくべきかを考えていきます。
行政DXの課題は、民間企業におけるDXの課題と共通する部分もあるため、自社のDXに関心がある方にとっても参考になるはずです。
第1回となる本稿では、米国を中心とした諸外国の行政DXと比較しながら、日本が抱える課題を見ていきます。
日本のDXは欧米諸国と比べて進みにくいという実情がありますが(注1)、行政におけるDXは民間企業と比べてさらに遅れていると筆者は考えます。
積極的にデジタル化に取り組む自治体もあるものの、実態をヒアリングすると、いまだに紙とハンコを伴う業務が大半というケースもよくあります。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大を受けた感染症対策で行動が制限される中で、筆者も紙での手続きが必要となり、区役所まで足を運ばざるを得ないことが何度かありました。
日本の行政DXが進まない背景の一つに、契約や申請などの書類において、本人性を確認するために押印が重要視されている点があります。これは「ハンコの神聖化」と言い換えても過言ではなく、ハンコがなければ「書類不備」となり手続きが進みません。これは、行政と民間で共通した課題です。
余談ですが、ハンコの文化は中国から伝わってきました。しかし、現代の中国においてハンコは個人での利用が中心で、ビジネスで利用される機会は多くないため、ハンコがDXを阻害する要因にはなっていません。台湾や韓国ではかつて契約などにハンコが使われていたものの、行政の強いリーダーシップによって急速にDXが進んでいます。さらに、東アジア諸国と比べても日本の行政DXは遅れています。
日本では2021年にデジタル庁が発足し、国を挙げたデジタル化が進められているものの、課題はまだまだ山積みです。2022年に河野太郎氏がデジタル大臣に就任した後、行政手続きや名簿の保存などにおいていまだにフロッピーディスク(FD)を含む記録媒体を指定する規制(アナログ規制)が併せて約1万条項あることが明らかになり、大いに話題になりました。2022年末にこの規制を見直す工程表が取りまとめられたものの、完全撤廃までには時間がかかりそうです。
一方で、欧米ではコロナ禍以前から行政DXが進められてきました。対応が早かった一例として、米国ハワイ州が挙げられます。ハワイ州は2016年からデジタル化への取り組みを始めました。取り組み開始前、州政府機関は40年以上経過したレガシーシステムを使っており、電子メールシステムが乱立して統制の取れた管理体制となっていないことをはじめとする多くの課題を抱えていました。
同州政府機関のCIO(最高情報責任者)に就任したトッド・ナキャプー(Todd Nacapuy)氏が強いリーダーシップをもって、ITプロジェクト管理体制の整備や高速インターネット回線の構築、システムの刷新、電子サインサービスの導入などを実施しました。電子サインは当初一部の部署で使われていましたが、利便性の高さから次々に導入部署が増え、ほとんどの申請処理で使われるようになりました。
さらに、コロナ禍に入ってからは助成金申請や運転免許更新、COVID-19ワクチン配布などの業務をデジタル化せざるを得ないという背景から、全米50州でデジタル化が急速に進みました。アドビも電子サインソリューション「Adobe Acrobat Sign」などを提供しています。
日本でも、コロナ禍を受けて各種助成金が交付されました。オンラインで申請できる助成金もありましたが、その場合でも紙の書類をスキャンしてデータを作成する必要がありました。
必要性があってもすぐにシステムを導入できない理由の一つに、予算の問題があります。特に日本では、年度内予算に組み込まれていないと費用を捻出できないという根本的な課題があります。システムベンダーがいくら行政が出す要件に合った提案をしても、検討や決定までにかかる時間が民間企業に比べて格段に長いのが行政の特徴です。
2020年度にシステムベンダーが提案した案件が検討に2年間かかり、2023年度の予算を確保してようやく動いたというケースもありました。検討期間中にニーズが変わってシステムが不要になったり、より新しいソリューションが登場したりする事例もあります。
予算の事情は欧米でも同様ですが、米国連邦政府では、今回のコロナ禍のような特別な事情があった際は、予算の枠を取り払ってシステム導入を進めるという意思決定がされました。また、昨今はクラウドシステムを使えば、一からのシステム構築に比べて、時間をかけずに費用を抑えて導入できます。欧米では状況を鑑みて合理的な判断のもと、スピーディーな対応が行われたのです。
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