さらに、日本ではセキュリティに不安を感じる方も多く、クラウドシステムの安全性があまり信用されていない点も、DXが遅れる要因となっています。重要なデータをクラウドに保存すること、またはクラウド事業者に預けることに「不安を感じる」という意見が根強くあります。
しかし、組織や団体が独自にシステムを構築するよりも、セキュリティ専門家が集結して対応しているクラウドサービスの方が、実は堅牢性が高いのです。
欧米諸国の場合、今必要な課題にどう対応できるかを考えて物事をスタートします。しかし、日本の場合は、そこからさらに阻害要因を考える傾向があるため、物事が進みにくいのかもしれません。
また、冒頭でも言及した通り、ハンコの信頼性は「高い」と日本では思われがちですが、ハンコが本人性を担保できていないという点についてはあまり言及されません。「誰が、いつ、どこで押印したのか」はハンコには記録されません。電子サインの場合は、電子メールに契約書ファイルにアクセスするためのURLが送付されるので、メールアドレスの持ち主(契約者)がいつファイルを開いて署名したのかが記録されます。デジタル化した電子サインの方がハンコよりも本人性の確認や記録の面において厳格なため、セキュリティを高めることにつながるのです。
これは行政機関だけの話ではありませんが、ユーザーの中には「誰が署名したのかが明確になってしまうのは好ましくない」と言う人もいます。社長秘書が社長のハンコを借りて押印した場合に、それが明確になってしまうためです。しかしこれは、そもそも「承認とは何か」ということから改めて考える必要があるように筆者は思います。
加えて、行政に限らず民間企業でもDXを阻害する要因になっているのが「変化したくない勢力」の存在です。DXが進むと業務フローの変革をせざるを得なくなるため、今までのやり方を変えたくない人たちは反対します。この勢力が特に行政では根強いように筆者は感じます。
さらに、欧米では加点式で物事を評価するのに対して、日本では減点式で評価するという文化が根強い点もDXの進捗(しんちょく)に影響しています。クラウドサービスを提供する企業は、定期的に機能を改良したり新規機能を追加したりします。アップデートによって顧客のシステムにトラブルが発生した場合、どうなるか。日本では対処できたとしても、トラブルがあったことが「失敗」とされて担当者の評価は下げられがちです。一方で、欧米の企業ではトラブルで減点されることはあまりなく、機能をアップデートできたことを「成功」と見なす傾向が強いようです。
減点方式の評価体制では、新しいことにチャレンジして失敗するよりも、今までのやり方を無難に続けたいという考え方になりがちです。新しいことに挑戦してそれを実績として転職も含めてキャリアアップを目指す欧米と、失敗せずに無難にやり過ごすことで同じ組織への所属を継続する日本。行政DXには双方の文化の違いが如実に表れているといえます。
ここまで、日本のDXが進まない理由を紹介してきました。DX推進が期待できそうな分野や動きを最後にご紹介します。
一つは民間企業向けの規制の撤廃です。かつては、電子化を阻む規制(アナログ規制)が多くありしたが、政府が進めるアナログ規制の見直しをはじめとして、近年はそれらを解消する動きが目立ちます。
代表的な事例として、不動産取引における規制改革が挙げられます。土地や家屋を扱う不動産取引では詐欺が比較的多く発生しています。不動産取引は一般的に取り扱い金額が大きく、詐欺被害を受けた場合のリスクも深刻になることから、これまでは対面での契約の説明や実印の押印が法律で義務付けられていました。
現在は規制が見直されて、オンラインでの説明や電子サインによる処理でも対応できるようになりました。このように現在は民間企業に課せられていた目視や人の常駐などを義務付ける規制のほとんどが撤廃され、電子化できるようになっています。
筆者は、普及しつつあるマイナンバーカードについても、今後どのように活用できるか楽しみにしています。2023年1月時点でのマイナンバーカード交付率は約7割です。取得者にマイナポイントを付与するキャンペーンの効果もあり、カード保有者はじわじわと増えてきています。スマートフォンのNFC(near field communication:近距離無線通信)機能でマイナンバーカードの情報を読み取れるようになるなど、利便性も向上しています。
マイナンバーカードを本人確認に使って住民票や印鑑登録証明書、戸籍謄本などの取得サービスに対応するコンビニエンスストアのキオスク端末や自治体も増えつつあります。マイナンバーカードを保険証としても利用できるようになり、保有するメリットが出てきました。ただし、保険証として利用に対応する医療機関、薬局が限定的なのがネックです。今後普及が進むことを期待したいと思います。
次回は行政機関におけるデジタル化の動きについて解説します。
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