“手のひらをかざすだけで決済完了”が間近に 生体認証を前に進める富士通の新技術

富士通は同社が推し進める“手のひら静脈認証”の登録処理を、スマートフォンなどに搭載されたカメラで可能にする技術を開発した。同技術によって今後、生体認証の利用シーン拡大が予測される。

» 2023年03月06日 10時00分 公開
[田渕聖人ITmedia]

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 富士通は2023年3月3日、スマートフォンなどに搭載されたカメラを使用して“手のひら静脈認証”の登録処理を可能にする技術を開発したと発表した。同技術によって手のひら静脈情報の登録ハードルが下がり、オフィスやコンビニエンスストアをはじめとした小売店舗における手のひら静脈認証の利用シーン拡大が期待される。

利用シーンが広がる生体認証 一方で課題も

 近年、小売店舗における決済処理やイベント会場での本人確認など本人認証を利用するシーンが増加している。そんな中、各種IDやパスワードを管理する煩雑さから生体認証を活用したパスワードレス化に注目が集まっている。

 生体認証は本人しか持ち得ない生体情報を利用した認証であるため、なりすましや不正利用などのリスクが少ないのが利点だ。その中でも手のひら静脈認証は認証精度が高く、体内情報であるため偽造されにくいといった特徴がある。

 富士通の浜 壮一氏(研究本部 コンバージングテクノロジー研究所 ソーシャルデザインプロジェクト シニアリサーチャー)は「生体認証でいうと指紋認証が非常にポピュラーですが、指紋は触ったところに残留しているため生体情報漏えいのリスクがある他、皮膚の表面に出ているため、乾燥していると読み取り精度が低下する可能性があります。その点、手のひら静脈認証は体内の生体情報を使用するため、盗まれにくく、かつ情報が安定しています。また、他人の生体情報を誤って受け入れてしまう確率、いわゆる誤照合率で比較すると、PCログインなどに使われる顔認証が約10万分の1なのに対し、手のひら静脈認証は1億分の1と非常に低い結果となっており、なりすまし防止に高い効果を発揮します」と話す。

手のひら静脈認証の概要(出典:富士通提供資料)

 手のひら静脈認証をはじめとした生体認証サービスを利用するには、前もって生体情報をサービスに登録する必要がある。このとき、登録時と認証時で入力される生体情報に差が生まれないように同じ特性をもつセンサーが利用される。手のひら静脈認証においても、従来は近赤外光を用いた専用センサーを使って登録や照合するため、利用者側は専用センサーがある場所に行って登録手続きをする必要があり、店舗側には登録ステーションの設置や運営コストが発生していた。

 「スマートフォンなどに搭載されるカメラで生体情報を登録できれば、自宅などで事前に手のひら静脈を登録しておくことで、手軽に生体認証サービスが利用可能です。しかしこれまではスマートフォンに搭載されたカメラで手のひらを撮影した画像は、表面に見える皺などに邪魔されて専用センサーほど精度のよい静脈パターンを得られず、静脈認証には使用できませんでした」(浜氏)

新技術の2つのポイントとは?

 そこで富士通はスマートフォンなどのカメラで手のひらを撮影した画像から、手のひらの静脈パターンを抽出して専用センサーで取得した静脈パターンと照合できる技術を開発した。同技術の特徴は以下の2つだ。

1.スマートフォン用カメラで撮影した手のひらの画像から静脈パターンを抽出

 スマートフォンに搭載されたカメラを使用するケースでは、太陽光や室内照明などの反射強度に応じて濃淡を付けた可視光画像で静脈情報を取得する。だがこの場合、生体を透過できる近赤外光による専用センサーを使用したときほど鮮明な情報を取得することは難しい。

 そこで富士通は、光の波長によって変化する手のひらの反射や浸透の特性を利用して、静脈パターンを強調する波長分解、分析を実施。複数撮影した手のひらの位置をトラッキングしながら画像を加算平均する累積加算処理を実行することで、静脈パターンを鮮明化する技術を開発した。これによって可視光画像から鮮明な静脈パターンを抽出できるようになった。

富士通は可視光画像から鮮明な静脈パターンを抽出できる技術を開発した(出典:富士通提供資料)

2.撮影画像を専用センサーで取得した画像に近づける工夫

 スマートフォンに搭載されたカメラと専用センサーの画像では、利用する光の特性以外にも差があり、特にピントが合う距離の違いから撮影される画像の範囲に差異が生じる。これによって照合精度が低下することがある。

 そのため富士通はスマートフォンの画像を専用センサーの撮影画像の範囲に合うように近づける画像補正技術を開発。高精度で静脈パターンを照合できるようにした。

 この他、スマートフォンを片手に持ち、もう一方の手のひらを撮影する場合、手の位置や傾きなどが安定せず、正確な静脈パターンの撮影が難しいことがある。そこで、画像認識AI(人工知能)技術で撮影した画像から手のひらの姿勢を推定し、適切な位置や傾きになるよう誘導する機能を追加し、専用センサーと同様に安定した位置関係で手のひら静脈パターンを撮影することを可能にした。

専用センサーの静脈像に近づけるための工夫(出典:富士通提供資料)

 このように、スマートフォンに搭載されたカメラで撮影した手のひらの画像から抽出した静脈パターンと専用センサーで取得した静脈パターンの照合を実現することで、自宅などでスマートフォンから登録手続きして、手のひら静脈情報を事前登録するという応用が可能になる。事前登録が済んでいれば、店舗にある専用センサーですぐに生体認証サービスが利用できるため利便性の向上につながる。これによって手のひら静脈認証サービスの利用シーン拡大が期待される。

 「生体認証サービスのハードルが下がることで、コンビニエンスストアやスーパーでの決済、ホテルや空港でのチェックイン、コンサートやスポーツイベントの入場など、本人確認が必要なケースでの利用が進んでほしいと思います」(浜氏)

利用シーンの拡大に向けた今後の展開は

 今回開発された技術は、生体認証サービスの利用を拡大する上で大きな役割を果たすと予想されるが、広く普及する上での課題もある。

 富士通の安部登樹氏(研究本部 コンバージングテクノロジー研究所 ソーシャルデザインプロジェクト プロジェクトマネージャー)は「スマートフォンに搭載されたカメラと一言で言ってもいろいろあり、撮影する環境も一律ではありません。こうした端末や撮影環境の差異を技術によってカバーしていくのが将来的な目標です」と語る。

 「手のひら静脈認証は現状、専用のセンサーを設置して登録する手間もあり、企業内や限られた団体の中だけでのユースケースが多い状態です。しかし専用センサーや登録用の機械はどこにでも置けるわけではありませんので、今回の技術によって、普通の生活の中で使われるようになり、利用シーンが拡大することを期待しています」(安部氏)

 富士通は今後、さまざまな利用シーンを想定した評価、高精度化や機種依存性調査など実用化に必要な課題解決に向けた技術開発を進め、同社の統合認証ソフトウェア「FUJITSU Security Solution AuthConductor」への製品適用を目指す。

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