クラウドERPのメリットは 調査で分かった「今後の焦点」アナリストの“眼”で世界をのぞく

さまざまなソリューションのクラウド化が進む中、オンプレミスの利用が根強く続いていたERPのクラウド利用率が急上昇している。クラウドERPのメリットは何か。今後、クラウドERPの利用が進む中で注目すべきポイントとは。

» 2023年03月24日 09時00分 公開
[小林明子矢野経済研究所]

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この連載について

目まぐるしく動くIT業界。その中でどのテクノロジーが今後伸びるのか、同業他社はどのようなIT戦略を採っているのか。「実際のところ」にたどり着くのは容易ではありません。この連載はアナリストとしてIT業界と周辺の動向をフラットに見つめる矢野経済研究所 小林明子氏(主席研究員)が、調査結果を深堀りするとともに、一次情報からインサイト(洞察)を導き出す“道のり”を明らかにします。

 基幹システムであるERP(企業資源計画)で最も重要なトレンドの一つはクラウド化だ。筆者は最近、矢野経済研究所が発表したユーザー企業のERP導入実態調査結果を見ながら「ERP市場でクラウドが定番になる時代がやっと来た」と実感した。

クラウドERPで注目すべきポイントは?

 振り返れば、10年前から筆者は自身が担当するERP市場レポートで「クラウドはERPの利用形態として確立し、いずれオンプレミスとクラウドが逆転する」と書いてきたが、なかなかクラウド比率は高まらなかった。

 これは「筆者に先見の明があった」という話ではない。クラウド化はIT全体のトレンドであり変化は必然だった。しかし、「基幹システムをクラウドに置くのは不安がある」など保守的な見方も強く、予想以上に時間がかかった。既に何年も前にオンプレミスからクラウドへ潮目は変わっていたが、ようやくデータとして表出するほどの大きなうねりになったといえる。

 クラウド化の進展を示す次の調査結果を見てみよう。矢野経済研究所は2023年3月6日に業務アプリケーションのクラウド基盤利用率を発表した。2022年の利用率は、比率が高い分野別に、CRM・SFA32.1%、人事・給与20.7%、財務・会計17.9%となった。矢野経済研究所では2012年から隔年で調査を行っており(データ掲載は2016年以降)、経年で比較するとパブリッククラウドの利用率が大きく高まっていることが分かる。2016年は財務・会計で4.7%という水準である。2020年は8.9%で、増えたとはいえ緩やかな変化だった。2022年になって2割弱まで急増したという形である。

 なお、この比率はシステムの基盤に、「Amazon Web Services」(AWS)、「Microsoft Azure」、「Google Cloud Platform」(GCP)、「Oracle Cloud Infrastructure」(OCI)などのパブリッククラウド(IaaS《Infrastructure as a Service》、SaaS《Software as a Service》)を利用している比率を指す。アプリケーション側のSaaS利用については後段で触れる。

図1 業務アプリケーションのシステム基盤のパブリッククラウド利用率(出典:矢野経済研究所「ERP/業務ソフトウェアの導入実態2023」2023年2月発刊) 図1 業務アプリケーションのシステム基盤のパブリッククラウド利用率(出典:矢野経済研究所「ERP/業務ソフトウェアの導入実態2023」2023年2月発刊)

DXの進展がERPのクラウド化を拡大させる

 変化の背景にはDX(デジタルトランスフォーメーション)の進展がある。情報処理推進機構(IPA)が公開した「DX白書2023」によると、日本でDXに取り組む企業の割合は2021年度の55.8%から2022年度は69.3%に増加した。DXに取り組む企業の割合が米国よりも日本の方が低いことが指摘されがちだが、この1年でDXに取り組む企業の割合は増加している。DXに取り組む日本企業が増えて、2022年度調査でDXに取り組む米国企業の割合(77.9%)に近づいていることは重要なポイントだ。

図2:DXの取り組み状況(出典:IPA「DX白書2023」2023年2月発行) 図2:DXの取り組み状況(出典:IPA「DX白書2023」2023年2月発行)

 DX白書2023では、日本企業にレガシーシステムが多く残っていることが指摘されている。矢野経済研究所が実施した今回の調査でも、「SAP」であれば「SAP R/3」といった古いバージョンを利用している企業もあった。数十年使い続けてきたレガシーシステムでは事業環境の変化や技術の進展に追随できないとして、リプレースが進んでいる。柔軟性やスピードを確保するために、最優先で採用される技術はクラウドとなるだろう。

 なお、「DX」という用語はバズワード化しており、その使われ方には議論があることだ。レガシーシステムのリプレース自体はDXだとはいえないだろう。本来はデジタルを生かしてビジネスモデルの変革を目指すのがDXであり、基幹システムは事業活動を裏方で支える経営基盤という位置付けになるからだ。

 ただし、経済産業省が「DXレポート」で警鐘を鳴らした「2025年の崖」の問題のように、レガシーシステムに掛かるコストを軽減してIT投資を戦略的領域に振り向けたり、DXに必要なデータ活用や経営基盤を整備したりといった目的で、DXに伴う基幹システム投資は拡大している。

今後のクラウドERPは「SaaSの利用拡大」が焦点に

 クラウドの利用には、アプリケーションをSaaSとして利用するケースと、システム基盤にクラウド(IaaS、PaaS《Platform as a Service》)を採用してアプリケーションは各社個別に構築するケースの2種類がある。上述の調査結果は後者のIaaS、PaaSの利用状況だ。

 矢野経済研究所の調査によると、2022年はSaaSを利用する企業の割合も上昇した。ERP領域(会計や人事、販売、生産)では、2020年までのSaaS利用率は1〜5%にとどまっていたが、2022年には3〜15%程度まで増加した。ITベンダーの中には、個別システムをクラウド基盤で運用している場合も「SaaS」と称して販売やマーケティングを行っていることもある。アンケートの回答者もクラウド利用のタイプを明確に意識していない可能性があるため、この調査結果が厳密にマルチテナント型SaaSの利用拡大を意味しているとは限らない。それでもSaaS型ERPの普及が進んでいることは間違いないだろう。

 今後は「クラウドファースト」でERPや業務ソフトウェアを導入することが当たり前となるだろうと筆者は考えている。アプリケーション側とシステム基盤側の双方でクラウド化が引き続き進む中で、SaaSの利用拡大が今後の焦点となる。基盤をIaaS、PaaSにすることでインフラ側はサーバ管理が不要になるなどのメリットを得られる。SaaSはそれらのメリットに加えてアプリケーション側の手間も不要で、常に最新バージョンが利用できる。新機能や先進技術を活用できるといったメリットが得られるため、クラウドの良さをより多く享受できる。

 SaaSでERPを利用する際に課題となるのは、ERPにつきものの個別対応の制限が多いことだと筆者は考えている。共同利用型が基本となるため、ユーザー独自の要望に合わせてアドオン開発をする余地は小さい。

 この課題に対して対応策はいくつか考えられる。まずは、個別開発をしない選択があり得るだろう。特に、バックオフィス業務など定型的な業務システムについてはパッケージの標準に合わせるのは理にかなっている。昨今は、ERP導入に際して、自社の業務プロセスとの適合(Fit)とギャップ(GAP)を分析する「Fit & GAP」で足りない機能を補うのではなく、パッケージの標準機能に業務を合わせる「Fit to Standard」の手法を選択する傾向が強く、SaaSの利用可能性が高まっている。

 別のアプローチが、SaaSと個別開発との両立だ。販売管理や生産管理など、企業による業務プロセスの違いが大きい領域まで、全く手を入れずに標準システムのまま利用するのは難しい。差別化につながる業務プロセスは独自性を維持する必要もある。その場合は、必要な機能を開発してSaaSと連携したり、必要な機能を持つ外部サービスとのAPI連携によって補ったりすることが推奨されるだろう。

 2023年1月にはビジネスエンジニアリングが新製品「mcframe X」を発表した。共同利用型のSaaSでありながら、ある程度自由度を持たせて個別要件にも対応できる同製品の仕様に筆者は注目している。

 この先、SaaSの利用ニーズがITベンダーの製品開発意欲を喚起し、ユーザーが利用できる製品、サービスの選択肢が増加することでさらにSaaSの利用が拡大するという好循環が起きると予想している。

筆者紹介:小林明子(矢野経済研究所 主席研究員)

2007年矢野経済研究所入社。IT専門のアナリストとして調査、コンサルテーション、マーケティング支援、情報発信を行う。担当領域はDXやエンタープライズアプリケーション、政府・公共系ソリューション、海外IT動向。第三次AIブームの初期にAI調査レポートを企画・発刊するなど、新テクノロジー分野の研究も得意とする。


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