プラットフォーマーとしてのニチガスは何が優れているのかガス会社はガス会社にあらず

エネルギー業界の中でいち早くクラウドに移行したニチガスは、クラウド基盤の刷新に取り組んでいる。プラットフォーム事業の展開に乗り出す同社のクラウド基盤刷新の取り組みを紹介する。

» 2023年08月04日 14時00分 公開
[ITmedia]

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本稿はアイティメディアが2022年11月に開催した『Cloud Strategy Days』におけるニチガスの吉田恵一氏の講演を基に編集部で再構成した。

価値創出のプラットフォーム構築に向けて既存システムを刷新

 日本瓦斯(以下、ニチガス)はエネルギー業界の中でもいち早くクラウドの活用を推進し、デジタルを生かした新しいサービス開発に積極的なことで知られる。

 同社がDX(デジタルトランスフォーメーション)の取り組みを始めたのは今から10年以上前にさかのぼる。経済産業省らが毎年すぐれたDXを実戦した企業を表彰する「DX銘柄」には7年連続で表彰され、2022年にはグランプリを受賞した。

 LPガスをはじめとするエネルギーを供給する企業から、「総合サービス提供企業」へと変革を進めるニチガスの吉田恵一氏(専務取締役執行役員 エネルギー事業本部長)がその取り組みと今後の展望を語った。

失敗を非難せず、現状維持を評価しない企業文化

<strong>日本瓦斯 専務執行役員 エネルギー事業本部長 吉田恵一氏</strong>:1987年 東京電力入社。同社経営企画本部事務局次長、東京電力ホールディングス執行役員経営企画ユニット組織・労務人事室長、東京電力パワーグリッド常務取締役千葉総支社長などを歴任。2020年日本瓦斯入社。専務執行役員エネルギー事業本部長を経て2022年6月より現職。 日本瓦斯 専務執行役員 エネルギー事業本部長 吉田恵一氏:1987年 東京電力入社。同社経営企画本部事務局次長、東京電力ホールディングス執行役員経営企画ユニット組織・労務人事室長、東京電力パワーグリッド常務取締役千葉総支社長などを歴任。2020年日本瓦斯入社。専務執行役員エネルギー事業本部長を経て2022年6月より現職。

 ニチガスにおけるDXの取り組みには「同じ成功を繰り返さない」という『ニチガスのDNA』が根幹にある」と吉田氏は説明する。

 「失敗で評価が下がることはないが、現状維持では評価されない文化がニチガスにはある。その意識が、全社的に積極的にDXを進める空気を醸成している」(吉田氏)

 多くの企業がいまだにクラウドシフトの過程にある中、同社は2013年に既にLPガス事業に関連する全ての業務のクラウド化を実現している。同社はこのクラウド基盤を「雲の宇宙船」と呼ぶ。この基盤を軸に電力と都市ガスの小売全面自由化に対応してきた。

 雲の宇宙船構築から約10年をへたことで、「これから新技術を取り込んでサービスを開発するには見直しが必要」と判断し、2020年から脱・雲の宇宙船に向けた取り組みを進めている。

エネルギービジネスを超えた成長を支える「三本の矢」

 エネルギー業界を取り巻く環境は今後も大きく変化することが予想される。小売の全面自由化をはじめとする電力システム改革やガスシステム改革も大きな変化だったが、人口減少が進み、脱炭素のトレンドが広がれば、化石燃料であるガスの消費量は減る。顧客ベースの拡大は重要だが、それと同時にエネルギー供給以外のビジネスへのシフトも考えなければならない。

 「エネルギーを提供するという『1本目の矢』は続けていくが、2の矢、3の矢を持たなければならない」(吉田氏)

 吉田氏はガスの販売を主とした時代を「ニチガス 1.0」と呼び、エネルギー小売全面自由化によって他社エリアのガス小売や電気小売に参入した状況を「ニチガス2.0」と表現する。前述の雲の宇宙船は1.0から2.0へのシフトを支えたシステムといえる。2年前から推進する脱・雲の宇宙船は、エネルギーソリューションの提供とプラットフォームビジネスに事業領域を展開することを目指したものだ。

 同社はこれを「ニチガス3.0」と呼ぶ。「エネルギー小売事業」が第一の矢であり、第二の矢が「プラットフォームビジネス」、第三の矢が「エネルギーソリューション」だ。「この三本の矢を実現する上で、エネルギー小売事業では他社と適切に競争しつつ、プラットフォームビジネスにおいてはデータを用いて他社と共創し、シェアリングエコノミーを試行していきたい」と吉田氏は述べる。

「雲の宇宙船2.0」の全体像。マイクロサービス化を進めてアジリティを高め、スマホアプリを介したB2B、B2Cのサービス強化を進める(出典:吉田氏講演資料) 「雲の宇宙船2.0」の全体像。マイクロサービス化を進めてアジリティを高め、スマホアプリを介したB2B、B2Cのサービス強化を進める(出典:吉田氏講演資料)

第二の矢:プラットフォームビジネス:ロジスティクスの高度化とエコシステム醸成

 三本の矢の一つであるプラットフォームビジネスでの取り組み例として吉田氏が挙げたのが「スペース蛍」の導入だ。

 同社はLPガス供給網のスマート化を目指す「LPG託送 4.0」構想を推進している。雲の宇宙船が持つデータを生かしつつ、LPガス移送の効率化を進め、配送にあたっては都市部近郊にデポステーションと呼ばれる配送拠点を19カ所持ち、機動力のある供給体制を整備している。配送するガスボンベはバーコードを使ってトレースしており、ロジスティクスの情報は協力会社と共有してきた。ICタグの利用も検討したが、コストが低く破損リスクが少ないバーコードを高性能のカメラで読み取り、システムにデータを送っている。

 「ロジスティクスや配送に関わる部分は、みなさん(他の事業者)と相乗りしていく。これがシェアリングエコノミーにつながってくる」(吉田氏)

 ニチガス2.0においては、需要の情報が十分ではなかった。この部分のデータを高度化する目的で開発したのがベンチャー企業SORACOMとの共創で実現したスマートメーターシステム「スペース蛍」だ。この仕組みが秀逸なのは、既存のガスメーターをそのまま利用できる点だ。同社はLPガス利用者約100万件に1年間で設置を完了したという。スペース蛍の機器はメーターシステムとは独立して約10年間稼働し続けられる性能を持つ。1時間に一回利用状況を記録して毎日送信することから、利用時間帯を含む詳細な利用状況を把握できるようになった。自動検針に加えてガス栓の開閉操作も遠隔で対応可能だ。検針データを生かしたスマホアプリも開発した。アプリはガスメーターや電気使用量の情報に加えて、アプリを介した宅配サービスの取り次ぎなどの事業にも使われている。

 ニチガスは、LPガス供給のプロセスそのものの自動化にも取り組む。配送用ガスの一時的な保管拠点であるデポステーションも無人化している。ガス配送事業者は多数存在するため、各企業と連携して配送ルート最適化などの取り組みを含めてプラットフォームを提供する考えだという。

 配送データを他社が使用するには、自社用にカスタムされた基幹システムではなく、他社とシェアできるシステムが必要だったことも、脱・雲の宇宙船の狙いの一つだ。

現時点では30社のガス事業者がスペース蛍のデータを活用する(出典:吉田氏講演資料) 現時点では30社のガス事業者がスペース蛍のデータを活用する(出典:吉田氏講演資料)

 営業形態の変革にも着手する。スマホアプリ型マーケットプレース「Tanomi Master」はガス機器やボンベなどをオンラインで受発注できる仕組みだ。これを各ガス事業者に無料で公開することで、取引のペーパーレス化を支援し、取引企業の業務効率改善も支援する。受発注データのセキュリティはブロックチェーンやエストニアで開発された「X-ROAD」を使って確保している。

ニチガスが推進するDXの現在。取引先企業との連携と効率化、顧客接点改革など、取り組みは多岐にわたる(出典:吉田氏講演資料) ニチガスが推進するDXの現在。取引先企業との連携と効率化、顧客接点改革など、取り組みは多岐にわたる(出典:吉田氏講演資料)

第三の矢:ソリューションビジネスの拡大へ

 第三の矢であるソリューションビジネスは「今まさに着手し始めたところだ」と吉田氏は説明する。「単にエネルギーを売るだけではなく、効率的なエネルギー使用の提案、エネルギーマネジメントを支援する」

 同社は現在、配電事業者としてのライセンス取得を目指している。取得した暁には、個々の一般家庭向けのエネルギーマネジメントだけでなく、複数のユーザー間で配電を最適化する仕組みを構築できるようになる。コミュニティー全体のエネルギー消費をスマートにする取り組みとして、蓄電池や太陽光パネルなどの機器供給と合わせて、各戸に効率よく給電する仕組みを目指す。「この領域はAI(人工知能)が最も生きるところだ。スタートアップ企業と組んで開発を進めている」(吉田氏)

今までの取り組みを基に新たなソリューションビジネスを展開(出典:吉田氏講演資料) 今までの取り組みを基に新たなソリューションビジネスを展開(出典:吉田氏講演資料)

 エネルギー供給のサプライチェーン全体の改革に加えて、取引先企業や顧客の利益最大化を進め、プラットフォーマーとしての展開を進める同社の取り組みは非常に高度なものだ。だが、システムが高度な施策に対応できる状況を作ることこそが同社の変化を恐れない取り組みの原動力となっていることは間違いない。

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