ヤマザキ マリ氏が語る、帝政ローマの皇帝から学ぶ優れたリーダーの条件(2/2 ページ)

» 2023年08月24日 07時00分 公開
[吉田育代ITmedia]
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スティーブ・ジョブズに耐えて共生した米国

 ヤマザキ氏は『テルマエ・ロマエ』の他、ウォルター・アイザックソンによるスティーブ・ジョブズの伝記作品『スティーブ・ジョブズ』の漫画版も出している。同氏はこれを執筆していたとき、ジョブズが強力なリーダーシップを携えていた人物だったと感じたという。ジョブズは数多くの人を傷つけてきたが、傷つけられる人たちも彼がいないと組織が機能しないと分かっていたため、忍耐しながらそれを受け入れていたのだ。

 「作品の中でジョブズは、最初に就職したゲーム会社ATARIで、社長室の椅子に座り、机の上に足を乗せて『俺を雇った方がいいぜ』と発言します。ATARIの社長は最初『これが仕事を求めに来る者の態度か』と激怒するのですが、『彼がいれば何か面白いことができるかもしれない』と結局ジョブズを雇用します。受け入れ側の寛容性・寛大性もあってジョブズは職を得て、のちのApple創業につながっていきます」(ヤマザキ氏)

 ヤマザキ氏によると、Appleでもジョブズは周囲の人たちの気をめいらせており、“ジョブズによく対応したで賞“的なアワードを作ってしのいでいた。しかしそうしてまで優れた人と一緒に働く・生活するという姿勢が米国人の中にはあるのだという。

 だが、ヤマザキ氏と脳科学者の中野信子氏との共著『生贄探し 暴走する脳』にもある通り、日本人にとって自分たちの調和を乱す突出したリーダーは優秀であっても迷惑なのだ。

 「理想的なリーダーの人物像を考えたとき、日本の場合、威圧的で『自分はこう思っているから、俺の意見を聞けよ』というリーダーは適していないような気がします」(ヤマザキ氏)

 ヤマザキ氏は、同様の構図をコロナ禍中の各国政府対応によっても感じたそうだ。特にフランスのマクロン大統領とドイツのメルケル元首相が対比的だった。優れたスピーチでパンデミック対策への自分の思想を堂々とした調子で話したマクロン大統領に比べ、メルケル元首相のスピーチはその利他性で話題になった。

 「マクロン大統領は『皆さんのことは配慮します』と言いつつ、『リーダーは自分だ』と思っていると感じました。しかしメルケル元首相の場合、『このテレビを見ている画面の向こうにいるあなた』と二人称を使って、市井の人々の気持ちに寄り添った姿勢で話をしました。彼女の見た目も小学校の校長先生みたいで威圧感がない。彼女はまた、芸術の力を信じ、パンデミックの渦中、『芸術家の皆さん、フリーランスでいろいろな表現をなさっているあなたたちにすぐにお金を振り込みます』とも発言しました。彼女のメッセージは浸透しやすく賛否両論ありましたが、世界レベルで評価されていました」(ヤマザキ氏)

ヤマザキ氏が語る日本人に合うリーダーシップとは?

 ヤマザキ氏は「リーダーとは、オーケストラのコンダクターのようなものではないか」と話す。ソリストとしても通用する演奏家たちを束ねるためには、一見強力なリーダーシップが必要と思われがちだ。しかしコンダクターとはまとめ上げる人ではなく、あくまで優れた才能を持った数多くの演奏家たちを集めてその力を発揮させるポジションの一つにすぎない。

 「コンダクターは縦横に糸を渡して絨毯を作る職人のようなもので、どう織りこめば素晴らしい絨毯ができるかを考える職業です。オーケストラの世界だけではなく、今の社会ではこうした柔軟で調和性を持ったリーダーシップが求められていると思います」(ヤマザキ氏)

 また、ヤマザキ氏は「日本人はリーダーがいなくても、自分たちの判断で『今ここで何が必要か』を考えるスキルがあります」と話す。同氏は例として、第二次世界大戦直後でのリーダー不在の状況下における簡易英語辞書の出版を挙げた。

 「ある人物は『米国人が来るから私たちは英語を話せた方がいい』と考え、簡易英語辞書を自力で作り売り始めました。その辞書はホチキス止めされた小さな冊子だったのですが何と360万部売れたそうです」(ヤマザキ氏)

 ヤマザキ氏は最後に「日本人として今まで私たちがどのような歴史をたどってきたかを知ることは重要です。歴史書には一人一人に大切な答えがきっとあるはず。折にふれ開いていただければと思います」と締めくくった。

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