「スマートシティー」にも活用広がる ブロックチェーン活用サービスの最前線を解説【前編】アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう

「お試しPoC」を終えて普及期に入るブロックチェーン。決済や資金調達、スマートシティーや地方創生などにおける最前線の活用事例を紹介しつつ、課題と展望をアナリストが解説する。

» 2023年08月25日 14時50分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]

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この連載について

 読者の皆さんは日々さまざまな記事を読む中で「〇年には△億円に拡大する」といった市場規模推移予測データを日々目にしているだろう。文字数が限られるニュースリリースでは予測の背景や市場を構成するプレーヤーの具体的な動きにまで言及するのは難しい。

 本連載では調査データの“裏側”に回り込み、調査対象の「実際のところ」をのぞいてみたい。ちょっと“寄り道”をすることで、調査対象を取り巻く環境への理解がより深まるはずだ。

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 連載第2回はブロックチェーン(分散型台帳)活用サービスの実態を取り上げる。初期にはビットコインをはじめとした暗号資産に光が当たってきたが、徐々にインフラ基盤であるブロックチェーンの活用可能性へと話題はシフトしてきている。ブロックチェーンを活用したサービス群「Web3」が2022年6月には日本政府の「経済財政運営と改革の基本方針2022」(骨太方針2022)に盛り込まれ、NFT(Non-Fungible Token)やDAO(Decentralized Autonomous Organization)の利用などを含めたWeb3推進に向けた環境整備が積極的に進められている。

 そこで2回にわたってブロックチェーン活用サービスにフォーカスしてみたい。

「スマートシティー」や「空き家」にも活用拡大 

 矢野経済研究所は、2022年2月にブロックチェーン活用サービス市場について市場規模推移予測を発表している。今回掲載する資料については、市場規模は発表時のデータを用いるものとし、年度内に起こった内容に関する記述はアップデートした。

 ブロックチェーンの活用に関して金融領域と非金融領域に分けた上で、今回は金融領域の動向に触れ、非金融領域は次回に譲ることにしたい。

歩き出す前に……

 ブロックチェーン活用サービス市場規模推移予測の“裏側”をのぞく前に、まずはブロックチェーンについて簡単に押さえておこう。詳しい説明は他の文献に譲るとして、矢野経済研究所はブロックチェーンについて「利用者同士をつなぐP2Pネットワーク上のコンピュータを活用し、権利移転取引などを記録、認証する仕組み」と定義している。データの改ざんができないため真正性が保証されている他、ブロックチェーンに記録されたデータは消えることがない。こうした性質を生かすことでデータのトレーサビリティーが確保され、透明性の高い取引を実現できるなどの特徴を持つ技術だ。

1、P2P(ピアツーピア)ネットワークを利用

2、データの改ざんができないため、真正性が保証されている

3、ブロックチェーンに記録されたデータは消えることがなく、データのトレーサビリティーを確保

4、透明性の高い取引が可能

 市場規模の算出に当たっては、ブロックチェーンを活用したサービスについて事業者売上高ベースで算出している。

「スマートシティー」領域にも拡大

 ブロックチェーン活用サービスの市場規模(事業者売上高ベース)について、矢野経済研究所は2020年度は415億2000万円と算出した。2019年度までは、大手企業を中心にブロックチェーンの特性などを学んでいた最初期のフェーズ(普及曲線でいう「イノベーター」のフェーズ)にあった。この時期に実施された実証実験の多くが1回限りで終了する「お試しPoC(概念実証)」だった。ブロックチェーン活用のために設立された会社は親会社が吸収するなど、試行錯誤しながらブロックチェーンにかかる知見を吸収してきた。

 ブロックチェーンの特性や適用先に関する知見など蓄積してきた知見を生かすべく、2020年度〜2021年度にかけて徐々に「お試しPoC」から「効果検証に向けたPoC」に進む大手事業者が登場してきた。

 導入領域別では、当初、暗号資産を筆頭に金融領域から始まった後、商流管理や認証など非金融領域の存在感が徐々に高まりをみせ、2019年度には金融と非金融の構成はおおむね半々になった。2021年度からはNFTが急速に普及し、ゲームやトレーディングカードなどNFTを活用した取り組みを中心にブロックチェーンの普及を後押ししている。

 2023年度から2024年度にかけて、商流分野では地方創生に加えてSDGsを絡めたトレーサビリティー案件が増えていくとみられる。また、STO(Security Token Offering)に関連してブロックチェーンを活用した電子的取引にかかる第三者対抗要件に関する実証などが行われている他、つくば市をはじめとした自治体によるマイナンバーにかかる活用などが登場した。さらに、デジタル庁を中心にデジタルガバメントの実行計画や、岩手県紫波町(しわちょう)の「Web3タウン」にかかる取り組みなどが進められており、本格的に盛り上がり始めている。

 2025年度には中堅・中小企業や自治体でブロックチェーン活用の普及期に突入すると筆者は考えている。効果検証から本番稼働に向けたPoC案件が増えて、従来の商流管理や認証にとどまらず、教育やIoT(モノのインターネット)などスマートシティー領域にも広がるものと予測する。

ブロックチェーン活用サービス市場の“裏側”

 普及曲線を企業規模で見た場合、大手企業は2021年度から「アーリーマジョリティー」のステージ(普及期)に入っている。一方、中堅・中小企業については現状、「イノベーター」のステージにあり、大手企業と比較しておおむね2〜3年程度遅れて「普及期」に入ると予測する。

 また、金融と非金融の構成比については、2019年度以前は暗号資産に関連した案件が多く、金融領域が8割を占めていた。2019年度に金融と非金融の構成比が半々程度となり、2019年度以降は商流管理を中心に非金融領の案件数が伸長した。その後は非金融領域に決済を筆頭に金融領域が組み込まれる形で5割程度で推移すると考えるのが妥当だと筆者はみている。

図1 企業規模別に見たブロックチェーンの普及段階(出典:矢野経済研究所の提供資料) 図1 企業規模別に見たブロックチェーンの普及段階(出典:矢野経済研究所の提供資料)

 次に、ブロックチェーン活用サービス市場の“裏側”をみていこう。本稿で金融領域としてデジタルアセット(暗号資産、セキュリティトークン、STO《Security Token Offering》、NFT)の動向を取り上げ、次回は非金融領域での活用動向を取り上げたい。

リスク管理体制整備で負担が増す「暗号資産」

 まずは暗号資産に触れる。現在、金融庁に登録されている暗号資産交換業者は29社に上り、毎年数社が金融庁に登録している。

図2 暗号資産交換業者の新規登録数(出典:矢野経済研究所の提供資料) 図2 暗号資産交換業者の新規登録数(出典:矢野経済研究所の提供資料)

 他社との差別化戦略としては、暗号資産の取扱数や各種手数料、ブランド力、UI(User Interface)・UX(User experience)などに限られており、競争は激化の一途をたどっている。直近、複数社に対して体制整備の不備に伴う行政処分が行われるなど、システムリスク管理体制の整備に伴う負担も増している。

 こうした結果、外資系事業者を中心に「退場」する動きもある。2022年2月にはディーカレットホールディングスが暗号資産取引所を運営するディーカレットをアンバー・グループに売却した。2022年末には暗号資産取引所を運営するクラーケン・ジャパンが、2023年1月にはやはり暗号資産取引所を運営する米コインベースが相次いで日本撤退を表明した。

 こうした中、筆者はエコシステム内での連携に注目している。特にZホールディングス傘下のLINE Xenesisや楽天傘下の楽天ウォレット、暗号資産取引所を運営するコインチェックを傘下に持つマネックスグループは、ポイントの相互利用や各種連携サービスをはじめとしたグループ内のエコシステムの強化を進めている。

 暗号資産を取引するユーザーの状況にも触れておきたい。日本暗号資産取引業協会(JVCEA)が2022年9月に発表した「暗号資産取引についての年間報告2021年度」(2021年4月〜2022年3月)によると、暗号資産の取引状況について、2021年度は現物取引が28兆5098億円となり前年度比138.3%と大きく伸長した一方、暗号資産にかかる証拠金取引は、証拠金取引に関する金融商品取引法の改正による影響を受け、同38.2%の37兆1821億円となり大幅減となった。

 また、設定口座および稼働口座は増加傾向にある(図3)。ただし、稼働口座状況としては、預かり資産額10万円未満の講座が7割以上を占めており、過去4年推移でみた場合、預かり資産額10万円以上の口座割合は減少する結果となった。

図3 暗号資産の取引状況と、設定口座および稼働口座の推移(出典:「暗号資産取引についての年間報告2021年度」《2021年4月〜2022年3月》) 図3 暗号資産の取引状況と、設定口座および稼働口座の推移(出典:「暗号資産取引についての年間報告2021年度」《2021年4月〜2022年3月》)

空き家活用にも利用されるセキュリティトークン「STO」

次にセキュリティトークンである。資金決済法について2016年の改正により暗号資産および暗号資産交換業が法的に位置付けられた。その後ICO(Initial Coin Offering:新規暗号資産の公開)が世界的に急増する一方、詐欺的事案が多発した。2019年に改正された各種規制に従う形で実施されるSTO(Security Token Offering)への注目が高まった。STOとは、ブロックチェーン上で発行されたセキュリティトークン(証券型トークン)を用いて資金調達を行う手法だ。

 この法改正を振り返ると、2018年3月に公表された「仮想通貨交換業等に関する研究会」報告書を踏まえて2019年に「資金決済法および金融商品取引法」が改正され、同年5月に施行された。同改正により有価証券のうち、トークンに表示される権利を「電子記録移転権利等」と定義した上で、株式や社債を含むトークン化有価証券の発行や取り扱いに関する規定整備を行った。

 STOについては株式や社債、受益証券などさまざまなスキームがある。特に活発に取引きされているのが、不動産STO(ブロックチェーンを利用することで不動産をデジタル証券化し、自由に売買する仕組み)だ。不動産STOを活用した国内案件の調達額を合計した累計額は約309億円(2023年5月時点)で、2023年も引き続きさまざまな案件が登場している。

 興味深い事例として、空き家の活用に不動産STOを適用する動きがある。2018年に実施された総務省「住宅・土地統計調査」によると、全国の空き家は848万9000戸で、総住宅数に占める空き家の割合は13.6%を占める。特に建物担保評価の低い古家(古い家屋)は金融機関からの借り入れによる資金調達が難しい状況にある。

 不動産情報サービスを手掛けるLIFULLは、デジタル証券の発行や管理プラットフォームを提供するSecuritize Japanの不動産特定共同事業者向けSTOプラットフォームを活用して、不動産会社であるエンジョイワークスのプロジェクト「葉山の古民家宿づくりファンド」を対象に一般投資家向け不動産STOとして実施した。

 ただし、STOにも課題がある。電子記録移転権利にかかる所得税の扱いにおけるスキームごとの差異や、権利の移転における第三者対抗要件の具備などがそうだ。今後はSTOの普及に向けて、国内のみならず海外不動産の取引きも含めて今後の環境整備に期待したい。

コンテンツやアートで活用広がる「NFT」

 最後にNFTに触れる。NFTとは代替不可能で唯一性のあるトークンを指す。トークンに識別子を含めることで、デジタルデータであるトークンを他のトークンと区別できる。売買はNFTマーケットで行われている。

 NFTを暗号資産と比較すると、発行量が限定的である点に加えて、複製や偽造が困難な点や国境に関係なく誰もが自由に取引きできる点が共通している。一方、代替性の有無に違いがあり、先述のようにNFTは代替性を有しておらず、暗号資産は代替性を有している。

 NFTは現状、3つのデジタルアセットの中では応用範囲が最も広い。実は筆者は2023年3月18日に開業した日吉駅から新横浜駅までを結ぶ東急新横浜線の開業記念として発行された限定デザインのNFTをたまたま入手した。市場規模の項で記載したように、ゲームのようなコンテンツやアートを中心に広がっているNFTの配布は、NFTの普及にポジティブな影響を及ぼしている。

 しかし、NFTの法的な枠組みは明確になっておらず、機能や取引実態によって判断する必要がある。日本暗号資産ビジネス協会(JCBA)が公表している「NFTビジネスに関するガイドライン」の中には「NFTの法規制にかかる検討フローチャート」が掲載されているが、「このフローチャートを根拠としてNFTの法的性質が決定されることを保証するものではない」と付記されている。

 それでもブロックチェーンの活用分野は広い。特にNFTは金融領域にとどまらず、非金融領域でも多くの活用事例があり、先ほどの限定デザインのNFTのように多くの事例がある。変わったところではLouis VuittonやBurberryといったラグジュアリーブランドを中心にファッション業界でも活用が広がってきている。直近では、住民主体の地域づくり団体である山古志住民会議によるニシキゴイアートをシンボルとしたNFTアート「Colored Carp」の販売といった地方創生領域の事例も登場した。医療領域では健診データの安全な利用や再生医療にNFTを活用するなど、応用の幅が広がってきている。

 次回は、非金融領域の動向について取り上げるとともに、2023年3月に筆者が調査したモビリティ業界におけるブロックチェーンの活用可能性に関する調査内容にも触れてみたい。

筆者紹介:山口 泰裕(矢野経済研究所 主席研究員)

2015年に矢野経済研究所に入社後、主に生命保険領域のInsurTechやCVCを含めたスタートアップの動向に加えて、ブロックチェーンや量子コンピュータなどの先端技術に関する市場調査、分析業務を担当。また、調査・分析業務だけでなく、事業強化に向けた支援や新商品開発支援、新規事業支援などのコンサルティング業務も手掛ける。


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