事業規模の大小を問わず、CO2削減の取り組みが求められるようになってきたが、「CO2排出量をどう測るか」という“入り口”で足踏みしている企業も多い。富士通が社会実装に成功したCO2排出量算出の取り組みを見てみよう。
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近年、欧米の先進企業だけでなく日本企業でも部品のサプライヤーや製品の配送業者などの取引先に二酸化炭素(CO2)排出量の削減を求めるケースが増えてきた。
日本政府は2050年にCO2排出量を実質ゼロにするカーボンニュートラルの実現を目指しているが、「事業活動で排出されるCO2をどのように測るか」についてはあいまいな部分が残る。企業レベルでは環境省などがサプライチェーン排出量の算出ルールと方法論を示しているものの、自社の努力では削減できない購入部材に関連するCO2排出量を「どのように下げるか」について明快な施策を打てていないのが現状だ。
製品のカーボンフットプリント(以下、PCF)の算出などによる取引先とのやりとりが検討され始めたが、統一された方法論ではなく、各企業が自社基準でそれぞれ算出しているのが実態だ。
さらに、規模の小さい企業ではCO2排出量の算出への取り組みが遅れていることから、サプライチェーン全体における実際の排出量を「測れている」とは言い難い。
大気中に排出されるCO2の量と大気中から吸収、除去されるCO2の量がプラスマイナスゼロの状態を指す「ネットゼロ」(注1)を実現するためには、「CO2排出量をいかに測るか」に関する国際的なルール作りと取引先企業の協力が欠かせない。
富士通は2023年9月13日、実際のサプライチェーン全体におけるCO2排出量の可視化に成功したと発表した。サプライチェーン全体における可視化と、データ連携を通じてネットゼロを目指すという目標に向けて、PCF情報の企業間データ連携の実現に向けた社会実装プログラム「PACT Implementation Program」(注2)にリードカンパニーおよび、ソリューションプロバイダーとして参画した成果だ。
この取り組みは富士通がWBCSD(World Business Council for Sustainable Development:持続可能な開発のための世界経済人会議)が主催するPACT(Partnership for Carbon Transparency:炭素の透明性のためのパートナーシップ)のメンバーとして実施したものだ。同社は、WBCSDのPACTの方法論に基づいたリアルなサプライチェーンでの社会実装は、今回が世界初になるとしている。
今回の実装プログラムの特徴について、富士通の永野友子氏(Solution Service Strategic本部 SX事業企画統括部 オファリングデザイン部 マネージャー)は「当社ノートPCの筐体のサプライチェーンを実例に、複数のサプライヤーが部品や素材を製造する過程で発生した電力消費量などのデータを吸い上げてPCFを算出した。その数値と、製品を輸送する際に走行した距離の実測値を基に計算したCO2排出量を足していくことで、理論値ではなくリアルなサプライチェーンのCO2排出量を算出し、サプライチェーンの上流から企業間をデータ連携することができた」と話す。
富士通は今回の取り組みに当たって、CO2排出量を算出する際の方法論をグローバルで統一することに貢献した。JEITA(電子情報技術産業協会)が運営する「Green x Digital コンソーシアム」見える化ワーキンググループ(WG)におけるデータ連携フォーマットや連携データ交換の方法論の確立についてWBCSDとPACTの取り組みを取り入れて方法論を統一した。グローバルに展開する各メーカーのCO2排出削減活動の状況を客観的に把握できるようになる。こうしたデータは、富士通のような大手ブランドオーナーがCO2排出量削減に積極的に努力する取引先を選ぶ判断材料の一つとなるわけだ。
今回の取り組みでサプライヤーのCO2排出量の把握に焦点を当てたことについて、永野氏は「当社自身が排出しているCO2を削減するだけでなく、サプライチェーン全体で削減するためにはどうすればよいかを考えたときに、ネックになっていたのがScope3(取引先から購入する原材料やその輸送で発生する排出量)のカテゴリ1だった」と、サプライチェーン全体におけるCO2排出量の考え方を整理した。
さらに、「同じScope3のカテゴリ11(ユーザーが製品を使用する際に発生する排出量)の方が全体に占める割合は大きいものの、当社の製品を省エネ設計にしたり、使用電力に再生可能エネルギーを利用するクラウド化を進めたりなどで、この部分はCO2排出量を削減できる。しかし、サプライヤーが部品や素材を製造する過程や、それらを輸送する過程で発生するCO2を削減することは取引先の協力なしでは難しい。今回の社会実装でサプライヤーのCO2排出削減の努力を反映できる仕組み作りに大きな一歩を踏み出せた」と意義を語った。
同社はバリューチェーン全体(Scope3)におけるCO2を含む温室効果ガス(GHG)排出削減(サプライチェーン上流・下流)で2040年度のネットゼロを目指し、2023年6月にはSBTiネットゼロ認定を取得している。「当社は自社の取り組みだけではなく、社会の仕組みづくりに本気で取り組んでいる」(永野氏)
サプライチェーン全体におけるCO2排出量を把握するためには、「どう測るか」だけでなく、「測ったデータをいかに連携するか」が重要だ。今回の社会実証におけるデータ連携について、富士通の塩入裕太氏(クロスインダストリー事業本部 Transformation事業部 シニアマネージャー)は「当社が提供する『Fujitsu Track and Trust』というプラットフォームで実施した。Fujitsu Track and Trustはブロックチェーンの技術がベースになっており、改ざん困難で高信頼な履歴情報を管理する。CO2削減という社会課題の解決に向けてこうしたデータドリブンの取り組みが必要だ」と話した。
富士通は今回の社会実装を基に、部品サプライヤーや運送業を含めたサプライチェーン全体のCO2排出量を可視化するだけでなく、製造業・輸送業といった業界を超えてデータを連携することで、将来的なネットゼロを目指すとしている。
そのために必要なのが、製造業の99.5%を占める中小企業との連携だ。「中小企業におけるCO2排出量の算出はまだ進んでいない。今回の経験に基づいて、ソリューションの適用だけでなく、伴走支援の重要性を認識した。ルール作りだけでなく実社会での仕組みづくりにつながるSustainability Transformationに資するオファリング(支援)を展開していきたい」(永野氏)
今後、同社はデータ連携や方法論の標準化に基づくリアルなサプライチェーンでのデータ連携の社会実装で得たノウハウを同社のグローバルソリューション「Fujitsu Uvance」のESG経営プラットフォームサービスやデジタルサプライチェーンサービスとして順次提供する。2023年9月19日(現地時間)には米国ニューヨーク市で開催予定の「Climate Week NYC」の「Scope3 Summit―From uncertainty to imPACT」で今回の社会実装について報告する予定だ。
(注1)「カーボンニュートラル」や「実質ゼロ」とほぼ同じ意味で使われる。
(注2)企業とそのサプライヤーがバリューチェーン全体で標準化されたデータを共有し、実データに基づく炭素情報を参考にした意思決定を可能にする取り組みを指す。異なる業種のリアルなサプライヤーとPCFのデータ連携の取り組み課題の抽出と、PACT準拠ソリューションの適応と実効性の確認を目的とする。実施期間は2023年4〜9月、Lead Company8社、PACT 準拠ソリューション11社(2023年9月時点)、サプライヤー約500社が参加する。
(注3)ソリューションの相互運用性に基づいた、企業間での排出量データの機密かつ安全なデータ交換のための国際的な技術仕様書。同技術仕様書に適合したソリューションは、PACT準拠ソリューションとして、PACTオンラインカタログに掲載される。
(注4)事業活動を価値創造のための一連の流れとして捉え、原材料や部品の調達活動、商品製造や商品加工、出荷配送、マーケティング、顧客への販売、アフターサービスなどの事業工程を可視化して分析する考え方。
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