「うちの会社でも使えそう」な事例を紹介 ブロックチェーン活用サービスの最前線【後編】アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(1/2 ページ)

「まだうちの業界には関係ない」と思う人も多いブロックチェーン。しかし、さまざまな業界で活用事例が増えている。認証やサプライチェーン管理の事例を紹介しつつ、非競争領域のインフラとしての可能性も探る。

» 2023年09月22日 15時30分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]

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この連載について

 読者の皆さんは日々さまざまな記事を読む中で「〇年には△億円に拡大する」といった市場規模推移予測データを日々目にしているだろう。文字数が限られるニュースリリースでは予測の背景や市場を構成するプレーヤーの具体的な動きにまで言及するのは難しい。

 本連載では調査データの“裏側”に回り込み、調査対象の「実際のところ」をのぞいてみたい。ちょっと“寄り道”をすることで、調査対象を取り巻く環境への理解がより深まるはずだ。

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 連載第3回は前回に引き続き、ブロックチェーン(分散型台帳)活用サービスの実態のうち、非金融領域について取り上げたい。

ブロックチェーンは「縁遠い」? 意外に広がってきている事例を紹介

 ブロックチェーンは当初、暗号資産の基盤として知れ渡ったため、金融領域以外には関係ないと思われていた。しかし、今は非金融領域でも応用が拡大している。金融と非金融の構成比はどうなっているかと言うと、2019年度以降は商流管理を中心に非金融領域の案件数が伸長しているものの、非金融領域での活用はまだ一部にとどまっている。現在も「自分には縁遠いもの」と捉える読者も多いだろう。

 そこで、本稿では非金融領域としてさまざまな事例を取り上げながら、「あれ、うちの業界だったらこんなところで使えるのでは?」といったアイデアのヒントとなる事例を紹介する。周辺業界でも活用事例が出ていたり、将来のビジネス基盤の一つになる可能性を秘めていたりすることを気付いていただければ幸いだ。

非金融領域に関する動向

1、「認証」 IDや真贋証明に利用

 認証領域では、デジタルIDや真贋(しんがん)証明、電子証明書などの利用が広がっており、応用範囲は広いと考えられる。中でもデジタルIDや電子証明書はマイナンバーの普及と相まって全国の自治体で今後普及すると想定される。ただし、どのような便益を得られるかが問われており、自治体の工夫が求められる。

 デジタルIDはインターネットで身分を証明する身分証明書の一つであり、スウェーデンやエストニアなどが推進するデジタルガバメント(電子政府)の構成要素の一つとなっている。石川県加賀市や兵庫県三田市をはじめとする地方自治体が、民間事業者の提供によるブロックチェーンを活用したデジタルIDアプリと連携してデジタル化を推進して注目を集めている。

 真贋証明としては、美術や宝飾品、デジタルコンテンツなど多彩な領域で模造品もしくは海賊版対策の目的で利用されている。デジタルコンテンツ領域では、集英社がデジタルアーカイブを生かしつつ、マンガの新しい可能性として「アート」の価値を持たせるプロジェクトとして、2021年3月からマンガアートの世界販売事業「SHUEISHA MANGA-ART HERITAGE」を手掛けている。販売Webサイトではエディションの管理や来歴の追跡を重視してスタートバーン社のブロックチェーン証明書発行サービス「Startbahn Cert.」を導入している。

 教育の領域では、真正性を確保することを目的としてブロックチェーン証明書の世界標準規格「Blockcerts」に準拠した証明書を発行する動きが活発化しつつある。米マサチューセッツ工科大学や香港科学技術大学、豪メルボルン大学などがブロックチェーンを活用した卒業証明書等を発行している。

 日本でも2020年頃から慶應義塾大学や九州工業大学を中心にペーパーレス化や新型コロナウイルス感染症(COVID-19)拡大を機に履修証明書などの電子発行に向けてブロックチェーンを活用した共同実験が実施されている。

2、「商流管理」 ブランド毀損を回避する施策でも

 商流管理は最も適用が拡大している領域だ。参入事業者は一律に「多くの引き合いがきている」とコメントしており、サプライチェーンやトレーサビリティー、著作権管理など応用の幅は多岐にわたる。

 資生堂は、2021年6月から高級ライン「ザ・ギンザ」(THE GINZA)のスキンケア10製品のリニューアルに合わせて、ブロックチェーンやRFID(Radio Frequency Identification)を活用してマーケティングとSCM(Supply Chain Management)の実現に取り組んでいる。同社はこれをユーザーに安心感を提供するとともに、ブランドの毀損(きそん)を回避する上での施策と位置付けている。ザ・ギンザは空港の免税店を主力販売チャンネルとしており、出張や旅行のお土産として購入する顧客が多い。購入者と商品の使用者が異なるケースが多く、エンドユーザーとの関係構築が難しいのが課題だ。

商流管理(出典:矢野経済研究所作成) 商流管理(出典:矢野経済研究所作成)

 そこでエンドユーザーとの関係を構築するために、資生堂は接点づくりを試みている。ザ・ギンザの商品箱には開封後に現れる「正規品証明書とポイント」と記載されたシールが貼られている。これをはがすと、各製品の独自コードを含むQRコードが現れる。QRコードを読み取って会員登録した後にログインすると、ブロックチェーンを活用した正規品証明書を登録、確認できる。正規品登録書を登録する見返りとして、ユーザーにはアイテムごとにポイントが付与される。ブロックチェーンとCRMを組み合わせた施策だ。

 トレーサビリティーの事例を紹介する。九州農産物通商はブロックチェーンを利用したアプリケーションなどを提供するChaintopeとともに、ブロックチェーン技術を活用して産地出荷から消費者が購入するまでの流通工程におけるトレーサビリティーの実証を手掛けてきた。産地偽装を防止し、産地を証明することによるブランド価値の向上を目的としている。福岡産の巨峰やシャインマスカット、あまおうを対象としており、福岡と香港や台湾間といった既存サプライチェーンで実施している。

 具体的には、各産地の出荷担当者がスマートフォンアプリを利用してトレーサビリティー情報を記録する。市場などの各中継地点の事業者が同商品を取り扱ったことを証明するためにQRコードをスキャンする形でトレーサビリティー情報を記録した後、九州農産物通商を経由して輸出し、香港や台湾の青果店に届けた。

 青果店では、顧客がぶどうのパッケージに貼り付けたQRコードをスキャンし、産地や生産日、出荷日などのトレーサビリティー情報をチェックできる。両社によると、トレーサビリティー情報の有無による「顧客の購買行動や意識の変化」に関するアンケート調査を実施したところ、おおむね満足する結果が得られたという。

 著作権管理についても触れておこう。JASRACは従来、楽曲名とアーティスト名で名寄せする手法で楽曲とひもづけてきた。2019年にJASRACはソニー(現ソニーグループ)とともに、ソニーが開発したブロックチェーンによる存在証明機能を活用して、データの信頼性向上とビジネスプロセスの効率化に向けた実証実験に取り組んだ。楽曲が創作された時点で存在を証明する仕組みを採用することで、各コンペに同じ楽曲を同時に提出する「二重ポスト問題」を回避できるため、レコード会社やクリエイターにメリットを提供できると考えた。

 そこで2019年2月以降、複数の実証実験を実施し、日本音楽出版社協会やクリエイターなどの協力を得ながらプロトタイプを試用、評価した。その後、JASRACは2022年10月から正式サービスとしてブロックチェーン技術を活用した存在証明機能とeKYC(オンラインによる本人確認)機能を備える楽曲情報管理システム「KENDRIX」の提供を開始した。

「スマートシティー」 地域間連携で本領発揮

 スマートシティー領域でもブロックチェーンはインフラとして活用が期待されている。実際にスーパーシティーおよびデジタル田園健康特区において、市町村関係なく空き家の流通基盤や健康・医療関連のデータ共有基盤、選挙への活用など、ブロックチェーンを活用したデータ流通基盤の構築に向けて取り組む事例が多く出てきた。

 現在は地域ごとの取り組みに閉じているものの、地域間の連携が広がれば、いよいよブロックチェーンの本領発揮となるだろう。特に不動産領域であれば土地取引に絡む登記システム、医療であれば医療機関間での診察上必要な診療情報の共有など、さらに広がっていくことは想像に難くない。

図表2 ブロックチェーンの活用事例(出典:矢野経済研究所作成) 図表2 ブロックチェーンの活用事例(出典:矢野経済研究所作成)
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