「うちの会社でも使えそう」な事例を紹介 ブロックチェーン活用サービスの最前線【後編】アナリストの“ちょっと寄り道” 調査データの裏側を覗こう(2/2 ページ)

» 2023年09月22日 15時30分 公開
[山口泰裕矢野経済研究所]
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ブロックチェーンが「非競争領域のインフラ」になる可能性は?

1、非競争領域での協業の背景

 三菱UFJ信託銀行はブロックチェーンを基盤としたデジタル通貨やデジタル証券の発行基盤「Progmat」(プログマ)を分社化するとともに、三菱UFJフィナンシャル・グループとみずほフィナンシャルグループがこの枠組みに参画するというニュースが話題となった。発行基盤自体は非競争領域として協業していく狙いがあると筆者はみている。

 このようにプレイヤーが多い中で、ゼロから非競争領域となる新たな基盤を構築する際にブロックチェーンは力を発揮する。ここからは試案として自動車業界におけるブロックチェーン活用について考えてみたい。筆者は直近、車載用バッテリーを巡るデータのオープン化に際してブロックチェーンを活用した仮説を提示した

 現状、電気自動車(EV)の車載用バッテリー(電池と車載充電器などの車載電池システム)には正極材に使われるニッケルやリチウム、コバルト、グラファイトなど数種類のレアメタルが含まれる。こうしたレアメタルの産出地域は世界的に偏在しており、供給の安定性や確実性に課題があるとされる。

 こうした状況を改善しようと、廃棄された電子機器などからレアメタルを回収して再利用につなげる動きが積極化してきている。車載用バッテリーに含まれているレアメタルについて、採掘から製造、販売、リユース、リサイクルに至るまでの一貫した流れをトレースするための手段の一つとして、ブロックチェーンが適するとされている。MOBI(Mobility Open Blockchain Initiative)を筆頭にさまざまな事業者が取り組みを始めている。

2、車載バッテリーに関係する劣化診断データの保管場所

 そうした中、筆者は車載バッテリーの劣化診断に焦点を当ててブロックチェーンの適用を考えた。自動車メーカー各社は車載用バッテリーについて環境条件や充放電などの使用条件を車載用バッテリーの使用履歴データベースとして蓄積して劣化状態を評価している。ただし、計測データには走行履歴情報が含まれており、個人情報保護の観点から開示が困難としてデータが共有されていない。

 また、故障時におけるデータは、整備工場でOBD2(車載故障診断装置)から取得する電子制御に関するデータから原因や点検項目を確認している。しかし、自動車メーカーは系列ディーラー系工場に自社製の独自計測ツールを提供していることから、各社で異なる計測ツールが使われている。一方、外資系自動車メーカーをはじめとした複数メーカーの車種の整備については、系列工場を有していないことから、対応可能な整備工場が汎用の計測ツールを利用して修理を実施している状況だ。

3、車載バッテリーのデータ流通基盤にブロックチェーンを採用したら?

 そこで、自動車メーカーごとのピラミッド構造に組み込まれているクローズドな車載用バッテリーのデータについて、データのオープン化を前提にブロックチェーンを用いたデータの活用方法を考えてみた。具体的にはブロックチェーンを中央に据えて、左側は「データの提供領域」とし、右側は「データの活用領域」とする。左側のデータの提供領域は車載用バッテリーメーカーや自動車メーカー、整備工場、充電ステーション運営事業者などを位置付けた。同領域の事業者は次に示すデータをブロックチェーンに提供することを想定した。

登録対象として考えられる主なデータ

  1. 車載用バッテリーメーカー:出荷検査時の充放電データ
  2. 自動車メーカー:受入検査や出荷前の充放電検査データおよび走行中の車載用バッテリーデータ、SOH(State of Health:劣化状態)情報
  3. 整備工場:修理対応に関わるデータ
  4. 充電ステーション:車載用バッテリーの残量データ

 一方、ブロックチェーンに登録されたデータを活用する右側は、主に「データの活用領域」と「データの取引領域」に大別されると考える。データの活用領域については劣化診断や寿命予測を中核情報として、診断結果や寿命の情報をベースにBaaS(Battery as a Service)(注1)サービスや中古車の査定、リユース電池への活用、保険、そしてV2H(Vehicle to Home:電力を自動車から家庭へ、家庭から自動車への双方向でやり取りするシステム)などに拡充するだろうと筆者はみている。

 なお、データの活用に当たって、車載用バッテリーは自動車メーカーにとって大きな差別化要因となるため、競合同士のデータが見られないよう閲覧権限を付加した形が望ましいと考える。いわゆる競争領域と非競争領域を適切に分ける考え方だ。

 次に「データの取引領域」が出てくるとみる。現状、EVバッテリーに蓄えられている電力は住宅の分電盤に接続し、家庭内の照明や家電製品などを動かす電力として使用することが一般的だ。将来的には、エネルギーリソース間のデータ取引基盤をブロックチェーンが担うことで、V2Hが実現すると考えられる。

 筆者は、車載用バッテリーを巡るデータのオープン化について、ブロックチェーンを活用して非競争領域を創り出すことで、さまざまなビジネスが創出される可能性があると考えている。

図3 ブロックチェーンを適用した場合の車載用EVバッテリーデータの流れに関する仮説(出典:矢野経済研究所のニュースリリース「車載用EVバッテリーにおけるブロックチェーン活用可能性に関する調査を実施(2023年)」) 図3 ブロックチェーンを適用した場合の車載用EVバッテリーデータの流れに関する仮説(出典:矢野経済研究所のニュースリリース「車載用EVバッテリーにおけるブロックチェーン活用可能性に関する調査を実施(2023年)」)

当たり前のインフラ技術の一つとなることを期待

 2回にわたってブロックチェーン活用市場を取り上げたが、いかがだっただろうか。現在、ブロックチェーンを採用すると話題となり、注目を集める。しかし、ブロックチェーンは本来は基盤であり、裏方の技術だ。ニュースリリースではわざわざ「(NoSQLやリレーショナル型の)データベースを実装しました」とは記載しない。基盤として当たり前のように利用されているからだ。

 ブロックチェーンが本当に普及した段階では、エンジニアの間では話題になったとしても、ニュースリリースやメディアでは大きく取り上げられることはなくなるだろう。個人的には市場規模自体は当面の間は伸び続けるとみている。ある程度普及して伸びが横ばいになるのはいつ頃になるかにも注目している。

(注1)EVユーザーが車の車載用バッテリーを保有するのではなく、交換ステーションで充電済みの車載用バッテリーと入れ替えながら利用する仕組み

筆者紹介:山口 泰裕(矢野経済研究所 ICT・金融ユニット 主任研究員)

2015年に矢野経済研究所に入社後、主に生命保険領域のInsurTechやCVCを含めたスタートアップの動向に加えて、ブロックチェーンや量子コンピュータなどの先端技術に関する市場調査、分析業務を担当。また、調査・分析業務だけでなく、事業強化に向けた支援や新商品開発支援、新規事業支援などのコンサルティング業務も手掛ける。


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