「オンプレに投資は行わない」 SAPにおける生成AI、クラウド、日本の競争力強化への取り組み

SAPジャパンは「SAP NOW Japan」を開催した。同社の生成AIやクラウドにかける期待に加え、国際競争力が低下している日本が取るべき打開策が分かる。

» 2023年10月04日 08時00分 公開
[高橋睦美ITmedia]

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 SAPジャパンは2023年9月22日、「現場を変える、会社を変える、未来が変わる。〜Future-Proof Your Business〜」というテーマを掲げてイベント「SAP NOW Japan」(以下、SAP Now)を開催し、どのように日本社会に貢献していくかを紹介した。

 ウクライナ情勢や気候変動、資源高など、世界はかつてない“不確実性”に直面している。日本もかつてはOECD(経済協力開発機構)諸国の中でトップを走っていたが、「失われた30年」を経て、「安い日本、貧しい日本」が現実になりつつある。

 こんな状況を脱却し、明るい未来を実現するには、労働生産性の向上と付加価値の創造が不可欠だ。その手段として不可欠なのがデジタリゼーションやDX(デジタルトランスフォーメーション)だ。

クラウド基盤を活用し、真の業務の共通化を推進

SAP Asia Pacific Japanのポール・マリオット氏

 SAP Nowに合わせて来日したSAP Asia Pacific Japanのポール・マリオット氏(プレジデント)は講演の冒頭、年次カンファレンス「SAP Sapphire」でのメッセージを踏襲し、SAPが取り組んでいる3つのイノベーションを説明した。

 1つ目は「生成AI(人工知能)の統合」だ。

 マリオット氏は生成AIについて「業界に大きなインパクトをもたらし、かつてないほどエキサイティングな時代を迎えている。SAPも責任ある生成AIを『SAP Business Solution』に統合している」と話した。さらに、MicrosoftやGoogle、IBMなどとパートナーシップを結び、多額の投資を行っていることも触れた。

 「SAPのサービスであれば、迅速に生成AIを活用できる。ビジネスのために構築された生成AIとこれまで培ってきたビジネスの経験を生かしているからだ」(マリオット氏)

 具体的には「サプライチェーンの高度化」「人事採用プロセスの加速化」「顧客経験のパーソナライズ」といった形で活用できるという。

 2つ目のイノベーションは、企業の炭素会計を支援する「SAP Green Ledger」だ。これは「SAP S/4HANA Cloud」で提供され、財務や会計と同様の手法でカーボン排出量の管理を行い、正確な報告書の作成を実現する。

 3つ目は、強靱なサプライチェーンの構築を支援する「SAP Business Network」だ。組織内のプロセスの自動化のみならず、サプライチェーンプロバイダーとの関係を自動化し、柔軟で透明性のあるサプライチェーンを実現する。

 「顧客それぞれの変革に向けた取り組みを理解し、それに即したロードマップを提示する。ビジネス要件やニーズを満たし、最終的に成功を収めるための支援をこれからも継続していく。日本はこれまで多くのイノベーションを起こし、さまざまな企業が世界のトップを走ってきた。しかし、よりアジャイルな方法でプロジェクトを進めることで、イノベーションをさらに加速し、日本市場の競争力が高まると確信している」(マリオット氏)

SAPジャパンの鈴木洋史氏

 続けて、SAPジャパンの鈴木洋史氏(代表取締役社長)が登場し、SAPのクラウドについて説明した。

 「SAPは今後、クラウドを通してS/4HANAをはじめとする製品を提供していくと明確にしている。多少乱暴に言うならば、今後の新規投資はオンプレミス製品には行わず、クラウド製品に集中するということだ。従って、新規機能もクラウド製品にのみ実装する」(鈴木氏)

 SAPは創業以来、さまざまな業務の共通化や標準化を支援してきたが、これについて鈴木氏は「オンプレミスの時代におけるERPパッケージは、共通化されていても稼働インフラや保守運用要員はお客さまが用意しているため、スケーラビリティがあまりなく、共通化のメリットを十分に享受できているとはいえなかった」と語った。

 しかし、クラウドを利用することでこの状況は大きく変わる。インフラはもちろん、保守や運用もSAPが行うことで、スケーラビリティの向上に加え、新機能の自動追加も可能になる。

 「真の共通化を実現する。SAPにとってはいわば、“原点回帰”が可能になったといえる」(鈴木氏)

 鈴木氏はさらに「日本企業の労働生産性の低さは、日本企業の業務への『こだわり』にあるのではないか」と指摘する。「全ての業務にこだわる必要はない」とし、非競争領域については徹底的にSAPの標準機能を使い倒し、浮いた手間や時間を競争領域に振り向けることで、生産性の向上を実現できるとした。

日本停滞の要因はデジタル技術について行けなかったこと

経済学者の野口 悠紀雄氏

 SAP Nowには「『超』整理法」シリーズの著者としても知られる経済学者の野口 悠紀雄氏も登場し、「日本の現状と未来—生産性の向上をめざして」と題する講演を行った。

 野口氏はまず、一人当たりのGDPや賃金、利潤の元となる法人企業の付加価値といった数値が1970年代から上昇し、先進国の仲間入りをしたこと、その後一時はトップに立ったが、1990年代中頃から停滞し、このままでは将来的に韓国などにも追い抜かれる状況にあることを示した。

 「日本は約50年間も先進国としての地位を維持してきたが、現在はそれが変わるかもしれないという非常にクリティカルな状況にある」(野口氏)

 同氏によれば、日本が1990年代からこうした状況に陥った要因は2つある。

 1つ目は中国が工業化に成功し、日本が得意としてきた製造業の分野で輸出を増やしたこと。2つ目は1980〜1990年代にかけ、米国を中心に登場してきた新たな技術による変革、すなわち「IT革命」に対応できなかったことだ。

 野口氏はOECDの経済成長予測に基づいて、「経済成長を実現する要因は何か」を考察した。

 1つ目の要因は「労働力の成長率」だ。少子高齢化に直面している日本では、若年層労働力が減少しており、今後もGDPの成長力は低くとどまると予想される。ただこの点について野口氏は「人口の成長率がマイナスな国は日本だけではない。韓国も出生率が低く、労働力の成長率はマイナスだが、将来の成長率の見通しは高くなっている。なぜかというと、今後非常に高い技術革新が見込まれるからだ」と話す。技術革新のスピードが十分でないという課題をいかに解決するかが今後の日本には重要だと示した。

 スイスのIMD(国際経営開発研究所)の調査によると、日本の国際競争力は2023年時点で35位だ。これもやはり、IT革命に対応できなかったことが大きな原因だという。

 「しかし、日本が変革に全く対応できなかったわけではない。IT革命の前に起きた大型コンピュータの時代には、銀行のオンライン化をはじめ、日本のデジタル化は世界でもトップだった」(野口氏)

 問題は、その後の新たなデジタル技術を採用できなかったことであり、それには日本企業の仕組みや産業構造が深く関わっているという。

 「こうした問題を克服すれば、日本はデジタル化に成功し、再び高い技術革新を実現できる。1980年代のような高い成長率を取り返すことは十分可能だと考えている」(野口氏)

 現在、AIやブロックチェーンなどの技術に注目が集まり、労働力の自動化のみならず、経営者の判断までも自動化できる環境が整いつつある。

 野口氏は「生成AIの登場によってさまざまな業務を効率化するだけでなく、専門家以外の人々、例えば経営者でも、企業のデータベースに容易にアクセスし、多くのデータを知れる世界が実現される」と話す。

 生成AIを介し、ブロックチェーンで実現されるスマートコントラクトにデータを反映させることで、自動的に運営される企業や完全に自動化された企業も誕生する可能性があり、そういった企業こそ成長するのではないかと期待を寄せた。

 「今の世界は大きな変革期に直面している。変革期というのはチャンスだ。悲観的な予測が目立つ日本の将来だが、日々の仕事の中で新しい技術をどう使い、新しいビジネスモデルをどのように作り上げるかを考える中で、日本の未来が築かれ、悲観的な傾向を一気に覆すと期待している」(野口氏)

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