「業務部門の意識が高すぎて、IT部門が周縁化」 “CASE”にまい進する自動車メーカーのDX事例から見る「中国企業のDX」(2/2 ページ)

» 2023年12月26日 13時30分 公開
[周 逸矢野経済研究所]
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吉利汽車集団の企業概要

 吉利汽車集団は1986年に設立された民営企業だ。自動車の生産を初めて手掛けたのは1997年なので、自動車メーカーとしては26年で比較的「若い企業」といえる。現在、全世界に14万人の従業員を抱え、資産5100億超人民元(約10兆円超)の上場企業だ(注3)。

 2023年12月現在、吉利汽車集団は13のブランドを傘下に収めており、うち5つのブランドはEV専用ブランド(文字が紺色のもの)だ。2022年の実績では、吉利汽車集団のBEV出荷台数は合計32万8727台(出荷台数全体の22.9%)に上がり、前年の6万3410台(同6.2%)の約5倍となった。それに伴って、2022年の売り上げは前年比45.6%増の1480億人民元(約3兆円)を記録した。

図3 吉利汽車集団傘下のブランド一覧(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成) 図3 吉利汽車集団傘下のブランド一覧(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成)

 吉利汽車集団がこれらの成果を出せたのは、DX(デジタルトランスフォーメーション)を社内に浸透させたことが最大の理由だと筆者は考える。では、同社において、どのようなDXを図っているのか見てみよう。

吉利汽車集団におけるDXの取り組み

 乗用車市場において、ファーウェイなどのサードパーティーベンダーとの提携事業を除き、中国ローカルメーカーの中で独自にDXに注力しているのが吉利汽車集団だ。

新規事業の開拓

 DXを推進するためには、自動車メーカー自身だけでなく、川上・川下のサプライヤーも含めた全体で迅速に対応する体制が構築できるかどうかが問われる。吉利汽車集団はこれまで数々のブランドを手掛けてきたのと同じように、DXの浸透に関わる新規事業を次々と誕生させることで、DXを進展させた。

図4 吉利汽車集団が立ち上げた新規事業の一覧(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成) 図4 吉利汽車集団が立ち上げた新規事業の一覧(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成)

 こうして、吉利汽車集団は新法人を作ったり既存事業をディスラプトしたりすることで新規事業に続々と挑戦した。この姿勢は「不破不立、不塞不流、不止不行」(いずれも、旧弊や誤りを取り除き、新しく正しいものを築くという意味)という同社会長のモットーを徹底するものでもある。

6つのDX改革方法論

 2021年以降、吉利汽車集団は「デジタルセンター」を設置し、DXに関する経験を体系的に整理し、以下の6つの「方法論」としてまとめた。

図5 吉利汽車集団のが整理したDXにおける「6つの方法論」(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団による公開情報を基に作成) 図5 吉利汽車集団のが整理したDXにおける「6つの方法論」(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団による公開情報を基に作成)

 これらの方法論によって、吉利汽車集団はIT部門よりも、DXを実際に導入する業務部門の方がDX推進により注力している。業務部門がIT部門に改善意見をフィードバックし、変化を求めるようになり、場合によって業務部門の担当がIT部門の幹部に成長するケースもある。逆に、DX意識の薄いIT部門は周縁化され、ただの「IT外注」と見なされている。

DX成果を評価する体制

 吉利汽車集団は、DXの成熟度を評価するためのモデル(GDMM、Geely Digitalization Maturity Model)を利用している。「DXガバナンス能力成熟度」と「業務能力DX化成熟度」という2つの評価軸に分けて評価している。

図6 吉利汽車集団がDXを評価する2つの軸(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成) 図6 吉利汽車集団がDXを評価する2つの軸(出典:矢野経済研究所が吉利汽車集団の公開情報を基に作成)

まとめ

 吉利汽車集団がわずか2〜3年で販売実績を大幅に伸ばすほどの成長を遂げた要因は複数あるが、その中でもDX推進が占める割合は大きいと筆者はみている。

 NOA(Navigate on Autopilot)だけでなく、車載AIやスマートコックピット、V2X(Vehicle to X)、高速充電、新型電池、高速回転モーターなど自動車市場における新技術の競争はこれからが正念場だ。CASE技術のコモディティ化に向けて、DXの土台を作り上げることは自動車メーカーにとってもはや必須条件である。吉利汽車集団の取り組みが参考になれば幸いだ。

(注1) 吉利汽車集団は2005年に香港証券取引所に上場した。銘柄コードは0175。

筆者紹介:周 逸 (矢野経済研究所)

2005年矢野経済信息諮詢(上海)入社。約300分野の合計約400件の調査案件を幅広く経験し、中日両国企業のビジネスマッチングも担当。xEVや自動車サプライチェーン、IT全般、商業施設および不動産、電子機械、化学素材などの調査を実施。ニッチな調査ニーズへの対応を得意とする。日本語学習歴は30年。


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