なぜ、“ハンコ屋”のシヤチハタが「赤字のIT事業」を続けてきたのか? 社長に聞いてみた【前編】シヤチハタ社長インタビュー(1/2 ページ)

かつてスタンプ型ネーム印「シヤチハタ」でビジネスシーンに大きな変化をもたらしたシヤチハタ。ハンコ文化にイノベーションを起こした同社は、デジタルの時代にどうビジネスを進めているのだろうか。

» 2024年03月14日 08時00分 公開
[田中広美ITmedia]

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 DXに取り組む企業が増加している今でも、「うちはITやデジタルとは無縁だ」と考える企業はまだ多い。その中で、「シヤチハタ印」で知られる老舗文具メーカーであるシヤチハタは、なぜ赤字だったIT事業を継続したのか。社長である舟橋正剛氏に聞いた。

 シヤチハタは「舟橋商会」として1925年に名古屋市で創業し、1941年にシヤチハタ工業、1999年にシヤチハタに社名変更した。使うたびにインキをしみこませる必要のない「万年スタンプ台」、金属やプラスチック、ガラスなどに押せる「不滅スタンプ台」、スタンプ台不要で連続して押せる「Xスタンパー」「Xスタンパーネーム」、ネーム印とペンが一体になった「ネームペン」などを販売。1995年からはIT事業に乗り出し、電子印鑑システム「パソコン決裁」、電子決裁サービス「Shachihata Cloud」を提供している。

シヤチハタネーム9(出典:シヤチハタの提供画像) シヤチハタネーム9(出典:シヤチハタの提供画像)

 以下、一問一答でお届けする(敬称略)。

ずっと「失敗を評価する」と言ってきた

――老舗企業でありながら、IT事業に挑戦し、赤字にもかかわらず継続されてきたことに驚く読者も多いと思います。従業員の方々には「失敗を恐れるな」とおっしゃっているとか。

シヤチハタの舟橋氏 シヤチハタの舟橋氏

舟橋: シヤチハタは2025年に100周年を迎えますが、文具業界には100年超えの企業が多いので「やっと100周年」という感じもありますね。

 私は他社での勤務を経て1997年に入社したのですが、当時の当社には古い企業文化がありました。生産や開発、営業、企画、管理といった部門の壁があって、「お互いに話をせずに、よく製品が完成するな」というほど風通しが悪かったですね。ちょっと成功した企業にありがちな、それまでの仕事のやり方を「正しい」と考えて変えたがらないところがありました。

――そうした中でどのように企業文化を変えたのでしょうか。

 数年前に経営理念やビジョン、バリューを設定し直したときに「挑戦」という文言を入れました。経営幹部には「『失敗していいよ』とあまり言うのはダメだ」と言われますが(笑)、「何かに挑戦して失敗することを評価します」とずっと言ってきました。

 というのも、チャレンジして失敗するということをポンポンと実行する人はなかなかいないですよね。当時のシヤチハタにも、仕事の枠を自分で決めて「失敗しないようにしよう」と考えて仕事を進めている人が多いように見えました。

 「挑戦して失敗することを評価します」と言い続けることで、「こんなことをやりたいです」と言う従業員が出てきます。挑戦する過程で苦労することももちろんありますが、これは言い続けるしかないと思っています。

 社長としてもう一つは、組織をフラットにして風通しを良くしようと取り組んできました。管理職のポストを減らして若手を抜てきし、新しい評価制度も入れました。まだまだ年功序列のところもありますが、そういった複合的な施策で組織を変えようとしています。

――歴史のある企業でこうした施策を実施されるのには、昔から働いている従業員の方には戸惑いもあったのではないですか。

 舟橋: もしかしたらそう感じた人もいたかもしれませんが、あまり対立することはありませんでした。というのは、シヤチハタはもちろんベンチャー企業ではありませんが、ベンチャー企業のような思いでやらなければいけない状況にあったからです。

 私が入社した1997年当時のシヤチハタは「定番品」といわれる商品群に売り上げと利益の7〜8割を依存していました。しかし、デジタル化が進む中でこれらの商品は成長を見込めないので、次の20年、30年、そしてその先も成長する企業体であるためには、創業100年の企業でもベンチャースピリットでなければやっていけないと考えました。

 今の20〜30代前半の従業員は志が高いし、積極的に発言してくれます。ただ、若い人の話ばかり聞くと齟齬(そご)も出てきますからバランスを見ています。20〜30年働いた40〜50代に「仕事のやり方や考え方を変えてくれ」というのは難しいことです。頭では分かっているけれども、行動できていないことに悩む人は多い。どのようにに変わってもらうか、考え方を広げてもらうかは今でも課題です。40〜50代の人たちの経験値がなければやっていけないこともあるので、世代間で補完できるといいなと思っています。

――貴社の中でIT事業はどのように位置付けられているのでしょうか。

舟橋: MicrosoftがOS「Windows 95」を発売した頃から、われわれの主力商品であるスタンプやネーム(認印)で書類に印を付けるという行為は、将来的にはデジタルサービスに半分以上置き換わるかもしれないと危惧してきました。そこで、「手軽に認証できるサービスを提供する」という考えに基づいて1995年からIT事業を始めたのです。

 他社と連携しつつ、人材教育や製品開発に地道に取り組んできました。しかし、1990年代から2000年代にかけてはまだデジタル決裁サービスが市場として確立しておらず、苦しい時期が続きました。

 その後はOSやデバイスを選ばずに主力の認証サービスを使えるようにしたり、最近はクラウド化したりサブスクリプションサービスにも対応したりと時代の流れに合わせてやってきましたが、Shachihata Cloudの売り上げはさほど伸びず、事業としてはずっと赤字でした。

 それでも「いつかはアナログからデジタルに一気に置き換わる時期が来る」「もし辞めたら、いつかやらなければいけないタイミングが来たときに絶対に後悔する」と考えて、鳴かず飛ばずの中、いわば無理やり続けてきたんです。

 皮肉なことにコロナ禍で出社がままならない状況を追い風に日本でもデジタル化が進み、今当社のIT事業は伸び悩みの時期と比較すると約10倍の規模になりつつあります。

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