実証実験では生成AIを対話形式で容易に利用できる「生成AIアシスタント」を使って運用オペレーターがシステム監視中に発生する各種イベントへの対応を効率化できることを確認してきた。まず第一弾の機能をリリースした上で、今後さらに生成AIを用いた運用効率化と自動化の適用範囲を拡大し、最終的にIT部門の変革につなげる。
この取り組みは、JP1に生成AIの機能が実装される初の事例となるものだ。国内の多くのユーザーを抱えるJP1には、上述したように生成AIの実装を期待する声が多かった。そのなかで特に高い期待が寄せられていたのが「運用オペレーターの障害対応を支援する生成AIアシスタント」だったという。実証実験の開始直後、大坪氏は取材に次のように応じていた。
「実証実験は、2024年2月1日〜3月29日。環境としては、JP1 Cloud Serviceで提供するシステム管理(System Management)の機能と、それに接続する生成AI環境として『Azure OpenAI Service』『Amazon Bedrock』を用意した。実証に利用する入力データは、日立のマネージドサービス部門のシステム運用業務を想定した運用マニュアルなどのドキュメント類や疑似的に発生させる運用イベントなどの運用管理データだ。ITシステムの運用情報やお客さまのナレッジを基に運用を効率化、自動化し、IT運用そのものを変革していくことを目指す」(大坪氏)
JP1とJP1 Cloud Serviceは現在、相互に連携しながら既存システムからクラウドネイティブまでを統合して、どこからでもシステムを管理できる運用管理サービスに進化している。製品戦略としては、システムの「アジリティ」(Agility)と「レジリエンス」(Resilience)を実現することを目指しており、そのために「自動化」(Automation)、「オブザーバビリティ」(Observability)、「運用統合」(Operations Integration)などの機能を提供する。
生成AIアシスタントは、このうちのオブザーバビリティを実現する取り組みに位置づけられる。「運用オペレーターの障害対応支援」を第一弾として、今後、自動化や運用統合などの領域に拡大していくことになる。
生成AIアシスタントによる運用オペレーターの障害対応とは、具体的にどのようなものなのか。大坪氏は現状の障害対応の在り方と解決できる課題について以下のように話す。
「障害対応は、大きく『障害検知』『影響範囲確認』『原因究明&対策検討』『対処実行』というフェーズに分けられる。まず、障害検知では、散在する情報を個々に確認して障害を検知し、発見後は電話などで連絡している。次の影響範囲確認では、影響範囲を特定するために、システムの構成やジョブ実行予定など、さまざまな情報を突き合わせる必要がある。また、原因究明&対策検討では、そのために対策会議を実施するのが一般的だ。これらの作業は、生成AIを活用することで大幅に削減できると考えている」(大坪氏)
例えば、障害検知では、生成AIアシスタントの提案を受けながら、障害を自動的に検知して通報する。また、影響範囲確認や原因究明&対策検討フェーズにおいても、ITシステムの健全性をひと目で把握し、生成AIアシスタントの提案から選択するだけでよい。
実際には、これらをJP1 Cloud Serviceのシステム管理の中で、クリックしたり、質問文を日本語で投げ掛けたりするだけでいいという。大坪氏は作業イメージをこう説明する。
「JP1 Cloud Service システム管理では、何か運用に異常が発生したときに、画面内のグリーンの箇所がオレンジに変化し、障害を検知したことを自動で知らせる。運用オペレーターは障害の発生箇所を確認し、障害の対処のために生成AIのチャット画面をシームレスに呼び出せる。チャット画面には選択したアラートから『JP1/AJS3でジョブネットの開始が遅延しています。考えられる原因を教えてください』といった質問文が自動入力され、容易に生成AIの回答を得られる。回答は学習したマニュアル情報などを基にしている。運用オペレーターはさらに詳細を深堀りし、障害対処の詳細な手順を把握できる」(大坪氏)
このように、JP1の画面中に実装された生成AIアシスタントを必要に応じて呼び出しながら、障害検知から影響範囲の確認、原因究明&対策検討までの作業を大幅に効率化するというわけだ。障害対応の工数のうち2割を削減することも可能だという。
この運用オペレーターの障害対応のユースケースからも分かるように、生成AIアシスタントはさまざまな業務への応用が可能だ。
運用オペレーターからの短い質問文に対しても状況に応じた回答を生成でき、運用オペレーターからの問いかけに対しても、専門知識が必要とされる回答を作成できる。生成AIアシスタントが自然言語による対話形式でガイドするため、オペレーターに十分な知見やノウハウがなかったり、優れたオペレーターに頼らざるを得なかったりした現場にも適用することができるのだ。
「高度な専門知識が必要な業務の対応を生成AIアシスタントが支援することで、業務の省力化、サービス提供のための時間短縮、属人化の解消などが期待できる。『応答内容に誤りがないか』なども専門家が評価していく。まず質問応答機能を2024年4月に提供する。その後、障害対応支援の高度化や運用設計や運用自動化の支援などにも生成AIアシスタントを順次適用していく計画だ」(大坪氏)
障害対応支援の高度化というのは、生成AIを使ったインシデント対応における類似事例の抽出、ポストモーテム(要約レポート)の生成などだ。生成AIを活用した運用自動化コードの生成、それによるエンジニアスキルの補塡(ほてん)、対話形式の運用管理などにも取り組んでいく計画だ。
「生成AIを活用することで、簡単なケースに時間をかけずに済むようになる。また、初動対応を適切に素早く行えるようになる。膨大な散在したデータの収集や調査といった生産的ではない仕事に時間を奪われることは、オペレーターやエンジニアにとって大きな損失だ。生成AIを活用することで、つまらないことに人手を取られなくなり、より生産的な業務に集中することができるようになる。生成AIだけでIT運用の全ての課題が解消できるわけではないが、生成AIを組み合わせることで、大幅な効率化や自動化が可能になる」(大坪氏)
現在、他社を含むさまざまな製品やサービスに生成AIアシスタント機能が実装されはじめている。国内で多数のユーザーが利用するJP1への実装が進むことで、国内のIT運用の変革が加速することに期待したい。
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