「業務全体への組み込み」と「ガイドライン厳守」をどう両立した? 小売り大手のAI活用法CIO Dive

生成AIを従業員になるべく多くの業務で、しかも安全に使わせるためにどうすべきか。ある小売り大手の“二刀流”の取り組みとは。

» 2025年06月05日 10時45分 公開
[Lindsey WilkinsonCIO Dive]

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 2年間にわたって生成AIの活用を模索してきた小売り大手Walmartは、現在では業務全体に生成AIを組み込み、導入戦略を洗練させるとともに、従業員や開発者が使えるツールの幅を広げている。

「泥臭い取り組み」「MLプラットフォーム」の二刀流で進めるAI活用

 Walmartで企業向けビジネスサービスを担当するデビッド・グリック氏(シニアバイスプレジデント)は「CIO Dive」に次のように語った。「2023年当時、われわれは『AIに全力を注ぎたい』と考えていたが、正直なところそれが実際に何を意味するのかはよく分かっていなかった。企業向けの『ChatGPT』や『Gemini』は存在しておらず、データプライバシーの観点でも十分な水準に達していなかったからだ」

 こうした段階にあった同社は業務全体へのAIの組み込みや、非エンジニアの従業員に利用させる環境をどう整備したのか。同社が進めた泥臭く地道な環境づくりと、ML(機械学習)プラットフォームの構築という二刀流の取り組みを見てみよう。

 イノベーションとリスクのバランスをいかに取るかは、企業のリーダーにとって大きな課題だ。しかし、Walmartの幹部は、摩擦を悪いことだとは考えていないという。むしろ技術者や情報セキュリティの専門家、法務・コンプライアンス担当者との間で意見交換することで企業は正しい方向に進むのだ。

 「われわれは毎日前進と後退を繰り返しながら取り組みを進めている。私はAIを使いやすいものにするために交渉を重ねているが、法務チームやコンプライアンスチーム、情報セキュリティチームは安全性を確保するために懸命に取り組んでいる。われわれは多くの時間を共に過ごし、率直で忌憚(きたん)のない議論を交わしている」(グリック氏)

 どの企業もデータプライバシーの漏えいやAIに関する失敗でニュースに取り上げられることは望まない。一方、経営幹部は限界に挑戦し、革新を追求する価値を理解している。

 「ユーザーに提供するものが、ユーザー自身や企業に問題とならないようにする必要がある。この1年で大きく進展したが、今後も続く取り組みになるだろう」(グリック氏)

 この1年における改善点の一つが「Element」と呼ばれるML(機械学習)プラットフォームだ(注1)。これはチームにコストやガバナンス、責任ある運用の可視性を提供しながらスケールとスピードの両立を可能にする。

 Walmartでグローバルテクノロジープラットフォームを担当するスラヴァナ・カルナティ氏(エグゼクティブバイスプレジデント)は「Elementにより、当社のガイドラインに準拠したAIモデルだけを本番環境で使えるようにできる」と述べた。加えて、この仕組みによってプライバシーや情報セキュリティの基準が確実に満たされるようになっている。

 2025年に北米とインドで開発者向けのコーディング支援ツールや補完ツールの利用を拡大するにあたって、Walmartは正確性を確保してセキュリティ基準を守るために、複数段階の検証プロセスやその他の安全対策に頼っている(注2)。

 カルナティ氏によると、コードは正確性および情報セキュリティの順守、リネージなどの観点から検証される。同氏は「コードが本番環境に導入される前に、これら全てを確認している。生成AIツールを使うようになっても、それは変わらない。常に人間が関与する」と述べた。

 AIを活用したツールはバックグラウンドでも動作しており、コードを検査して潜在的な問題を特定し、必要に応じてコメントを追加する。

 「われわれは『パイプライン・ビジュアライザー』と呼ばれるツールを開発した。これは、開発者がデプロイメントのどこに問題があるのかを確認するためのものだ。生成AIを活用して、コードに実際に何が起こったのかを特定し、修正案の提示も受けられる」(カルナティ氏)

 最近、Walmartは拡充中の開発者向けツールキットにAIエージェントを追加した。そのうちの一つのエージェントは、コードにおけるアクセシビリティの欠陥を特定する機能に特化して設計された。

 「われわれは、eコマースとして提供するサービスを誰でも活用できるものにしたいと考えている。既存のコードを後から修正し、不備を見付け出す作業には手間がかかり、ミスも起きやすい。だからこそ、AIエージェントがこれらの領域で生きるのだ」(カルナティ氏)

AIとどう協働する?

 AIツールキットの拡充に伴い、Walmartの従業員の業務体験も進化している。

 「われわれは、コーディングやソフトウェア開発における大きな変化を目の当たりにしている。それは単にコードを生成し、テストし、コンパイルしてデプロイするというだけでなく、本番環境でシステムを運用する能力にも及んでいる」(カルナティ氏)

 開発者たちは、AIがワークフローに組み込まれることに適応しなければならなくなっている。

 調査企業であるGartnerは2028年までにソフトウェアエンジニアの約4人に3人がAI搭載型のコーディング支援ツールを利用するようになると予測している(注3)。また、AIの活用がスキル向上を促進し(注4)、ワークフローや職務内容の変化により、エンジニアの約5人に4人が影響を受けると見込む。

 エンジニアのプログラミング能力向上を支援し、求人情報を提供するHackerRankが2025年3月に発表したレポートによると、ソフトウェア開発者に対する期待が高まっており、多くの開発者がプロジェクトの早期完了に対するプレッシャーを感じているようだ(注5)。また、開発者は雇用の安定や自身の成長機会についても不安の声を上げている。

 「開発者はバランスよくそろっていなければならない。キャリア初期のエンジニアであれ、中堅エンジニアやベテランエンジニアであれ、全ての層が欠かせないのだ」(カルナティ氏)

 Walmartは開発者に対して「グローバルテックアカデミー」へのアクセスを提供しており、開発者はそこでさまざまなトレーニングリソースを利用できる。また、同社はシニアエンジニアとキャリアの浅いエンジニアや、異なるスキルセットを持つエンジニアをペアにする取り組みも実施している。

 同社のエンジニアは、プロンプトエンジニアリングの支援やAIに関する知識を共有するために従業員と連携している。

 「エンジニアやデータサイエンティスト、あるいはAIに詳しい担当者が他の従業員に『この技術はこういう課題に使えるかもしれない』『得意なことはこれ、苦手なことはこれだ』と説明している」(グリック氏)

 同社の目標は、AIをあらゆる場面で活用できるようにし、従業員が日常業務の一環としてAIを使うようにすることだ。その実現に向けて、リーダーは導入障壁を取り除き、アクセスの機会を増やす取り組みを進めている。

 グリック氏は「われわれは生成AIに対して広く門戸を開いている」と語った。

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