オラクルのクラウドERP「NetSuite」の技術責任者への取材を基に、NetSuiteのAI戦略と、その基盤となる単一データベースの強みについて解説する。また、日本企業が持つ「独自の業務プロセス」という特徴が、AI活用においていかに有利に働くかについても語る。
日本オラクルは2025年7月、同社のクラウドERPであるNetSuite製品のアップデートとユーザー事例を紹介する国内イベント「SuiteConnect Tokyo 2025」を開催した。本イベントに合わせて来日した、Oracle NetSuiteテクノロジーおよびAI担当シニア・バイスプレジデントのブライアン・チェス氏に話を聞いた。
チェス氏は、多くの日本企業が特定の業務プロセスにこだわり、標準化を嫌う傾向にあることを理解しつつも、この特徴はむしろAIの活用において有利に働くと語る。ERPが直面する課題をAIでどう解決し、企業に新たな価値をもたらすのか。
NetSuiteは当初、スタートアップ向けクラウドERPとして認知されていた。しかし近年はOracleのクラウドインフラ(IaaS)である「Oracle Cloud Infrastructure」(OCI)を基盤とすることで、最新機能やAI機能を採り入れてパフォーマンスを向上させ、大企業でも十分に使える能力となった。
また、NetSuiteを素早く導入し、効果を挙げるための業種別テンプレートである「SuiteSuccess」を展開し、金融や物流、非営利組織向けなどさまざまな業種向けのエディションをリリース。日本企業が利用可能なものも増えている。
今回の発表内容で目を引いたのはAI機能の実装だ。2024年に発表したビジネス文書の生成機能「Text Enhance」は2025年から日本でも利用可能になっており、22言語のテキストを自動翻訳できる。今回、アプリケーションのデータ入力フィールドに、AIが生成したテキストを提案する機能も追加している。加えて開発者向けに、NetSuiteの拡張機能にAIを組み込む作業を容易にするAPIも実装した。
NetSuiteのAI実装は、ユーザー体験の改善や機能の向上、開発者向け機能での自動化など、幅広い領域で進んでいる。とりわけ目立つのは、アプリケーション利用時の自動化、省力化などを実現する機能の強化だ。
チェス氏は「NetSuiteのAI機能はユーザーに対する『アドバイス』、あるいはユーザーを『アシスト』することに主眼を置いて開発している」と言う。
例えばText Enhance機能を使うことで、電子メールの本文エリアに顧客向けのキーワードを幾つか並べるだけで自動でビジネスメールを生成できる。また、製品カタログページの紹介コメントにおいて、製品の特徴を入れるだけで決められた文字数のテキストを自動生成できる。こうした支援によってユーザーが作業を効率化し、組織全体で活用することでより精度を高められる。
「アドバイスといっても、ユーザーがどのボタンを押せばいいかを示したり、商品のオススメを教えたりするような機能もあれば、役員会で財務データの分析結果から示唆を提示するものまでさまざまです。NetSuiteが実装するAIの目的は、全ての業務プロセスで成果を出す支援をすることです」(チェス氏)
多くのビジネスアプリケーションにAIが組み込まれる中、NetSuiteにはどんな優位性があるのか。チェス氏は次のように語る。
「NetSuiteは全てのデータを一つのデータベースで管理しています。そのため、NetSuiteで利用できる生成AIモデルと、統合された社内データをRAG(検索拡張生成)の手法で組み合わせ、ビジネスの文脈に沿ったAIの利用が可能になります」
これらの機能を、汎用AIと分散したデータベースを連携させることで実現するシステムも存在する。また汎用AIも膨大なデータを学習することで、専門性の高い問いにも対応できるようになってきている。しかしチェス氏は複数システムをつなぐ複雑さと、データのやりとりにおける連携の難しさは残ると指摘する。
「10年以上前のWebサービスの登場時に、将来、企業内の業務アプリケーションは全てWebサービスが取って代わるという見方がありました。しかし実際、そうはなりませんでした。同じように、AIがデータの複雑性をオーケストレーションできるという意見があります。将来的にはそうなる可能性もありますが、現在のところは統一されたデータモデルをベースにした統合ツールが合理的であり、パフォーマンスも有利と考えています」
AIモデルについても、チェス氏は汎用モデルの進化を認めつつも、個々の企業に特化した文脈の理解は不可欠だと話す。
「例えば『Balance(バランス)』という英語を片足立ちのときに使いますが、別の場面では銀行の残高を示すこともあります。ビジネス利用の場合、同じ言葉でも、使うシーンで違う意味を持つことを、企業ごとに理解させることが重要です」
こうしたデータの意味を、業務プロセス間の連携を取りながら理解させる際、信頼できるデータが一つの場所に存在することは、システム自体をシンプルに設計することにつながるという。NetSuiteが創業以来こだわってきた単一データモデルのメリットは、AI時代に強みになるというのがチェス氏の考えだ。
日本企業は特定の業務プロセスに対するこだわりが強く、標準的なプロセスを導入しにくいと言われる傾向がある。AIの活用でこの点は不利には働かないのか。チェス氏はこう答える。
「日本にだけ特別な業務プロセスがあるとは思いません。日本企業の特徴は、自社の業務プロセスをよく理解しているということです。これはむしろ、AIを活用する際、有利に働くと考えています」
NetSuiteがAIによって強化するビジネスの「アドバイス」と「アシスト」は、日本企業のそうした強みをどのように生かし、今後どのように発展していくのだろうか。チェス氏はこう答える。
「この2つのアイデアはまだ取り掛かりの段階で、これからもっと深く進められます。AIの進化に伴って、アドバイス、アシストをさらに高度化し、拡大できると考えています」
特にアプリケーションの画面内ですぐに呼び出せるText Enhanceの機能は、ユーザーの使い勝手を大幅に向上させる。AIによるアドバイスの適格さと同時に、画面のユーザーインタフェース(UI)改善にも力を入れている。
「AIによって、全ての業務プロセスを効率化し、価値を高めることができます。これまでシステム部門が担当していた機能の設定変更なども、ユーザー部門がAIに専門用語を使わずに問い合わせることで実施できます」(チェス氏)
NetSuiteユーザーが直面する課題をAIによって、より簡単に解決できる環境が整いつつつあり、そのことが業務プロセスをさらに早く回転させることにつながる。
チェス氏は、「既にAI機能がオンになっている(使える状態の)お客さまに対して、便利で生産性を高める機能が存在していることを、広く知ってもらうことが必要だと考えています」と、機能の開発やUIの改善とともに、ユーザーがAI機能を理解し、使いこなしてもらうための取り組みも重要だと語った。
Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.