生成AIの導入が加速する中、その成否は技術力だけでは決まらない。AIを使いこなし生産性を向上させる人材をどう確保・育成すべきか。これから多くの企業が直面するであろうこの課題に対し、新たな人事戦略の要点を解説する。
現在、多くの企業で生成AIの導入が重要なテーマとなっています。本稿は、生成AI推進の担当者や人事担当者を想定読者とし、生成AIを活用し、企業の生産性改善を主導するリーダー人材を確保するための人事戦略について考えたいと思います。
これまでの記事では、生成AIを活用したデータマーケティング業務の実証検証や、人間とAIの最適な役割分担について、技術的な観点から解説してきました。
本稿では、これらの技術的要件を踏まえ、実際に企業で生成AI活用を推進するために不可欠な「人材戦略」に焦点を当てます。生成AIの技術的な可能性を理解するだけでなく、それを実際の業務で活用し、企業の競争力向上につなげるためには、適切な人材の確保と育成が欠かせません。
なお、本稿の内容は執筆時点の情報に基づいています。技術が頻繁にアップデートされるため、時間経過により情報に齟齬(そご)が生じる可能性がある点にご注意ください。
インキュデータ株式会社 R&D室、筑波大学 非常勤講師
京都大学総合人間学部(学士)、筑波大学社会人大学院(博士、システムズ・マネジメント)。情報処理学会、人工知能学会などに論文採録実績。Web広告代理店にて広告設計と効果改善業務。リクルートにてデータサイエンティスト、エンジニアとしてAIアルゴリズムを開発。2021年よりインキュデータに参加し、新規事業開発を担当。
大手メディアにおける広告効果の可視化BIツール開発、結婚情報誌に掲載されている画像の解析アルゴリズム、アルバイトのシフトを自動配置するアルゴリズム開発を担った他、深層学習を使った競馬の着順・回収率予測やChatGPT3.5を使った競馬の予測コメント自動生成で実績。インキュデータではデータクリーンルームを使った分析手法の開発や生成AIをつかった新規事業/業務効率化の検討に従事する。
生成AIを活用した業務は、従来の業務と大きく異なります。 生成AI時代の人間の役割は、AIに目的を与え、AIが代行する業務結果を確認・承認することです(詳細は前回の記事で言及しています)。 このため、生成AI活用に適した人材要件を見直す必要があります。
本来であれば人材要件は組織や役割ごとに定義されるべきですが、本稿では、汎用(はんよう)的な項目において、生成AI活用を前提にすると既存の要件がどのように変わるかを示します。
| 項目 | 従来の人材要件 | 生成AI活用に向けた人材要件 |
|---|---|---|
| 思考力 | 論理的思考・分析力・企画立案力 | AIに入力する業務目標の言語化能力・AIの出力結果を評価する思考力 |
| 実行力 | 業務知識・スキル・経験 | AIにタスク実行を制御するプロンプト設計力 |
| 対話力 | コミュニケーション・調整・合意形成 | 変更なし |
| 業務姿勢 | 責任・品質保証・信頼性 | AI出力の最終責任・倫理的配慮・リスク管理力 |
変更点をまとめると、以下の通りです。
この背景には、生成AI活用によって新たに出現した「その人材が生成AIを活用すると、本人が習熟していないスキル(プログラミングなど)が拡張される。その拡張されたスキルの実行結果に対して、人材はどのように責任を負い対応するか?」という問題があります。
具体的な課題として、生成AIが生成したプログラミングコードの実行結果をレビューするための思考力が挙げられます。 これに対応するためには、人材に真のクリティカルシンキング(批判を目的とした思考ではなく、多面的に考え問い続けるための思考)が求められますが、その人材育成はかなり難しいでしょう。
それでは、社内で生成AI活用のロードマップから検討してみます。
人材要件を決める前に、「どのような役割の人材が、どのように連携して業務を遂行するか」という組織体制の見直しが必要となります。
ただし、生成AIの導入フェーズによって、この組織体制さえ段階的に変える必要があります。 導入フェーズでは「生成AI活用推進室」のような臨時の横断組織を設定し、社内の各部門から人材を集めて、生成AI活用の実証検証を実施します。 その後、部署ごとの業務に生成AIを活用するフェーズでは、各部門に生成AI活用のリーダーを配置し、業務プロセスの再設計とAIツールの導入を進めます。このとき、生成AI活用推進室は、各部門のリーダーを支援する役割に移行しながら、このまま横断組織を維持するか、各部門に統合するかを検討していきます。
組織体制の代表的な例を以下に示します。
このフェーズでは、生成AIの可能性を探り、有効性を実証することを目指します。組織体制と役割は以下の通りです。
このフェーズでは主に、パイロットプロジェクトや、各部門での生成AIツールの導入支援、生成AIの研修トレーニング、セキュリティ・コンプライアンス基準の策定などを実施します。
このフェーズでは、効果が実証された業務領域での本格展開と標準化を目指します。組織体制と役割は以下の通りです。
このフェーズでは主に、業務プロセスの再設計や、AIツールの選定、部門別業務システムとAIの連携開発などを実施します。
フェーズ3については、執筆時点では様々な技術革新が提案されており、まだ定義することが困難です。 例えば、以下のような新技術が検討され、巨大テック企業による投資が進められています。
これらの技術革新によって、体制や人材要件も大きく変わるため、フェーズ3の体制と役割定義は、今後の技術革新に応じて柔軟に見直す必要があります。
本稿で説明した組織体制を前提とした場合、生成AIを活用する人材に求められる役割や要件は以下の通りです。
それぞれのキャリアパス、役割、レベルごとに主な業務内容を下記の通り示します。
| キャリアパス | 役割 | レベル | 主な業務内容 |
|---|---|---|---|
| 設計者/管理者 | 担当役員 | 経営者 | 経営視点からの中長期的な判断・投資意思決定・組織体制設計 |
| プロジェクトマネジメント | 横断マネジャー | AI推進戦略の立案・フェーズ管理・リスク統制・ROI評価 | |
| 部門リーダー | 部門業務のAI活用設計・現場推進・効果測定・人材育成 | ||
| 専門家 | 生成AIエンジニア | レベル1 | AIツール選定・プロンプト設計 |
| レベル2 | 業務特化AIエージェントやMCPの設計・実装 | ||
| インフラエンジニア | レベル1 | 既存のデータとAIを連携するためのインフラ改修、データ品質管理 | |
| レベル2 | AI用データ基盤、開発プラットフォームの設計・管理 | ||
| オペレーター | AIオペレーター | レベル1 | 日常業務でのAI活用・出力品質チェック・業務効率化 |
| レベル2 | AI駆動業務の標準化・新人指導・プロセス改善提案 | ||
これらはまだ抽象的な定義であり、本来は部門ごとに役割とレベル定義をする必要がありますが、どのような部門であっても、設計者/管理者、専門家、オペレーターの3つのキャリアパスを定義し、各パスごとに役割とレベルを定義することが重要だと考えます。
一般的には、部門ごとの業務に特化したAIエージェントの設計は設計者/管理者が担い、その開発は専門家が担います。開発されたAIエージェントを業務で活用するのはオペレーターとなります。
例えば、プロンプトエンジニアリングと呼ばれる生成AI活用スキルが注目されていますが、このスキルのうち、チャット欄への入力テキストや指示プロンプトの設計は、オペレーターのレベル1〜2に相当します。一方で、同じプロンプトエンジニアリングでも、RAG(Retrieval Augmented Generation)やMCP(Model Context Protocol)といった高度なAI連携を実現するためのプロンプト設計は、業務横断で管理すべきシステム要件となり、専門家のレベル2に相当します。
導入初期では、これらのパスごとに人材が分かれていることはまれで、やる気のある人材が複数の役割を兼ねることも多いですが、将来的にはパスごとに人材定義し、評価・育成しなければ長続きはしません。 また、内部育成が困難な場合は、専門家パスの業務を外部に委託することも検討すべきでしょう。
本稿では、生成AI活用を成功させるための人材戦略について解説しました。
生成AI活用では、従来の業務とは異なる人材要件が求められ、AIへの指示や出力評価、出力結果への責任感といった新たな要件が必要になります。また、導入フェーズに応じて組織体制を段階的に進化させ、「設計者/管理者」「専門家」「オペレーター」の3つのキャリアパスを明確に定義することが重要です。
AI出力の責任については、個人に責任を求めるだけでなく、組織全体のガバナンス体制とセキュリティシステムの構築も不可欠です。この高度なガバナンス設計は、設計者/管理者と専門家がよく協議して取り組む必要があります。
生成AI活用の成功は、技術導入だけでなく、適切な人材戦略と組織設計によって決まります。企業は長期的な視点で人材育成と組織体制の整備を進めることが、競争優位性の確立につながるでしょう。
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