IT部門をコストセンターから価値創造の中核へ 眠る「DX能力」を引き出す方法日本のIT部門はなぜDXに失敗するのか 過去25年の呪縛から学ぶ

全社DXを実現するためには、従業員を単なる労働力ではなく、才能、スキルを投資する「共創資本」と捉え直す視点転換が不可欠だ。本稿は、IT部門が「共創の触媒」として再生し、組織全体の価値創造を駆動する具体的な方策を提示する。

» 2025年11月20日 07時00分 公開
[櫻井敬昭フォーティエンスコンサルティング]

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この連載について

過去25年間にわたる、IT部門のコスト削減や効率化を目的とした合理的判断の連続が技術力の空洞化を招き、DX推進の期待に応えられないという不合理な結果を生んだ。

さらに、多くの企業が既存IT人材を事実上の消耗品として扱っているとしたら、それは部門の生気や覇気を奪う「呪縛」とも言える。

本連載は、この古い常識を問い直し、従業員を資本家と捉える「共創資本」という新たな考えを提示する。

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 これまでの連載で明らかにしたのは、日本企業のIT部門が直面する深刻な構造的危機だ。しかし、危機の先にこそ真の変革の機会が待っている。従業員を単なる「労働力」ではなく「資本家」として捉えなおすとき、全く新しい世界観が見えてくる。従業員は自らの才能やスキル、情熱、時間という貴重な「資本」を企業に投資してくれる存在であり、この視点転換こそが真の全社DX推進を実現する鍵となる。

連載を振り返る 「不合理な結果」から「共創資本」へ

 連載第1回は、日本のIT部門が過去25年間にわたって経験した「合理的判断の積み重ねが招いた不合理な結果」を検証した。2000年代初頭のオフショア開発の導入から始まり、リーマンショック後のコスト削減圧力、機能別組織によるスペシャリスト化の推進、アウトソース依存の拡大という一連の「正しい」経営判断が、皮肉にも技術力の空洞化とビジネス理解力の低下を招いた。その結果、急速に高まるDX推進ニーズに応えられない組織となってしまった現状を明らかにした。

 連載第2回は、このような状況下で企業が採用する4つの対応パターンを分析した。既存組織型、ジョイントベンチャー型、社内出島型、ベンチャー企業との人材交換型のいずれも、優秀なDX人材の多くがIT企業やコンサルティングファームに流出している現実の前では根本的解決に至らず、むしろ既存IT人材の疎外感を深める結果となっている。そこで提起したのが、「従業員を投資家として捉える」ことと「共創資本」という新たな視点であった。

視点転換の核心 従業員は資本家

 経済産業省の調査結果が示すように、日本企業の人的資本経営はまだ道半ばだ。しかし、この現状こそが変革の出発点となる。従来の「人的資源管理」から「共創資本経営」への転換は、単なる人事制度の改革ではない。組織全体の世界観を根底から変える発想だ。

 従業員が新たなプロジェクトに参画する際の心理が、「指示された業務をこなす」という受動的な姿勢から、「どうすれば自身の資本に対する最大のリターンが得られるか」という能動的な判断へと転換する。この変化により、DX推進は「技術的な変革」から「全従業員の資本を活用した共創」へと性格を変える。

一般的な資本主義や人的資本主義と比較した筆者の考え(出典:櫻井の提供資料)

あるべき世界観 6つの変革の軸

1.共創資本という新たなレンズ

 営業部門の顧客洞察力、製造現場の改善への情熱、事務担当者の業務効率化の知恵、セキュリティ担当者のリスク感度。これらは単なる職務遂行能力ではない。組織の未来を創造する貴重な投資資本だ。そして、この投資資本は企業と従業員が共有し、協力して増やす資本だ。この認識転換により、従来の部門別最適化から全社最適化への道筋が見えてくる。

2.組織に眠る多様な才能の活用

 組織の中には、肩書や部門を超えた「隠れたDX推進者」が存在する。人事部門で働きながらプログラミングスキルを持つ人、経理部門にいながら高度なデータ分析をする人、総務部門で働きながら優れたデザインセンスを持つ人。彼らは「隠れた資本」の保有者だ。

 実際、経済産業省の調査では、リスキリング・学び直しの機会を提供している企業は72.6%に達し、その効果として専門性強化を実感している企業が50.0%存在する。ただし、重要なのは形式的な研修ではなく、個人の潜在的な才能と組織のニーズを結び付ける「才能発掘」のメカニズムだ。

 特に価値が高いのは、技術的な専門知識と現場の実務知識を橋渡しする人材だ。共創資本の視点では、彼らの「橋渡し能力」は極めて高い投資資本となる。彼らこそが、デジタル技術と現場の分断を解消し、真の全社DX推進を実現する鍵となる。

3.1+1=3になる組織メカニズム

 価値創造のメカニズムが「指示による実行」から「自律的な共創」へと変わる。共通の課題やテーマに興味を持つ自律的チームが基本単位となって、それらが互いに協力、補完し合いながら課題を解決し、ありたい姿を実現していく。重要なのは、メンバーの参加が独自の「投資判断」に基づくことだ。

 この過程で予期しない組み合わせが生まれ、1+1が3にも4にもなる創発的なアイデアや価値が生まれる。この変化により、従業員はDXの「受益者」から「共創者」へと立場を変え、エネルギーの向け先も現状維持バイアスの堅持から創発へと転換されていく。

 例えば、財務部門の担当者が、さまざまなコミュニティーが登録されているWebサイトで「RPA推進コミュニティー」を発見する。自身の「業務効率化への情熱」を資産として参加し、財務プロセスの課題を具体的に提示し、RPA開発に長けたメンバーの支援を得ながらRPAツールの使い方を学習する。そして、彼は新たに「プロセス自動化スキル」を獲得し、財務部門全体の月次決算業務を40%短縮する自動化システムを構築するといったことが起きる。

4.集合知による洞察力の獲得

 多くの従業員が自分の興味や専門的知見に基づいて、新たな考え方や事例などの情報を収集している。これらの情報は、世の中の変化の「兆し」であり、それぞれが異なる視点から未来の変化を感知するという、多様な視点の集合こそが豊かな「未来洞察」を生み出す。

 個人が収集した情報をデジタル・IT部門が主体、旗振り役となって持ち寄り、対話を通じて未来のシナリオを創造する文化が生まれる。これまでの一方通行な事例紹介や最新技術動向紹介ではなく、参加者全員の知恵を引き出し、集合知を創造する対話の場が形成される。

 この未来洞察活動を通じて、従業員は世界の変化を受動的に受け入れるのではなく、自分たちが思い描く世界に向けた能動的な活動家となる。そして、従業員たちの将来に対するベクトルがそろい、組織全体が未来の共創者になる。

5.人間性を拡張するDX

 テクノロジーは「高度な道具」ではなく「全ての従業員の可能性を拡張する存在」になる。イノベーションは組織全体によって民主化され、生成AIやAIエージェントによりルーティンワークは自動化される。そして、全ての従業員が変化の察知や、その背後にある価値観の変化、さらにその価値観を捉えたビジネスの実現などの創造的な対話に時間を費やせるようになる。

 従来はイノベーションとは無縁と思われていた業務部門の従業員からも実用的で価値の高いアイデアが生まれ、彼らの現場感覚と技術の組み合わせこそが、真に顧客価値を創造するイノベーションの源泉となる。

6.循環型の成長モデル

 個人の成長が組織や他者の成長を促し、それが再び個人に還元される循環型のシステムが生まれる。この循環は従業員の潜在能力を引き出すことに重点を置くことで、短期的な利益追求だけでなく、長期的な価値創造と社会的インパクトの創出を目指し、利益追求と社会貢献が相互に強化し合う関係となる。

あるべき世界観を実現するための6つの方策

1.個人の才能、志発掘とジョブクラフティング

 まず、個人が自らの「資本」を自覚し、それらを能動的に活用する文化基盤を構築する必要がある。このため、従業員一人一人の隠れた才能やスキル、思いなどを深く掘り下げ、それを組織の目的と結び付ける機会を提供する。単なるジョブクラフティング(従業員が仕事に対する認知や行動を主体的に修正する手法)ではなく、個人の才能や志に根ざしたジョブクラフティングをすることで、より自律的な能力開発につながる。

 例えば、人事部で働く人材が経済学部在籍中に統計解析に熱中していたことを再発見し、HR-Tech導入プロジェクトを思い立つといったことが、組織変革の起点となる。

2.全社DXリテラシーの構築

 多様な個人の「資本」を組み合わせて新たな価値を創造するには、関係者が「共通言語」を持つ必要がある。従来の技術研修を超えて、全ての従業員がデジタル技術を「自らの資本価値を最大化するツール」として理解できる教育プログラムを整備する。「共創資本」の視点では、DXリテラシーとは、互いの資本を最大限活用できるようにするデジタルに関する「共通言語」だ。

 単なる技術習得ではなく、各自の専門性とデジタル技術を融合させる「翻訳力」の育成が重要だ。

3.自律的な共創コミュニティー基盤の構築

 各自が「資本」を自覚し「共通言語」を獲得したのちに、それらの資本を投資し、増やせる「場」を設ける。共通の課題や関心事をもつ個人が集い、対話を通じて課題解決やアイデア創出などをするオンライン、オフラインのコミュニティーを組成する。コミュニティーでの議論内容やアイデアを生成AIなどを活用して随時可視化し、コミュニティー外にもオープンにすることで、新たなメンバーを誘引したり、コミュニティーを横断した議論を誘発したりする。

 このオープンなコミュニティー間の連携により、それまで組織の壁に阻まれて小さく収まりがちだった改革やアイデアが、より大きくスケールする。さらに、非公式なコミュニティーから出たアイデアを素早く実現するために、役員層がパトロン兼メンターとなって予算や権限を付与する制度も有効だ。

4.未来洞察と対話型セッション

 共創コミュニティーは主に顕在化している課題や環境変化へ対応するものだが、より未来に目を向けさせるイベントを定期的に開催する。

 各従業員やコミュニティーが関心ある分野の先進的な記事や情報をクリッピングして、「未来の兆し」を組織全体で共有、活用するプラットフォームを構築する。収集した「未来の兆し」情報を基に、社会の未来シナリオを創造する対話セッションを定期的に開催する。

 洞察をビジュアル化して全社で共有することで、自然と組織の方向性が調整される。これにより、トップダウンの戦略策定ではなく、ボトムアップの戦略創発が可能となる。

5.組織ネットワーク分析による影の主役の発掘

 個人の才能や志を基にコミュニティー活動や未来洞察を通じて描いた、ありたい未来やアイデアを実現するには、その将来像が大きなものであるほど、リーダーの存在や既存組織の力が必要になる。

 このために、従来の組織図や肩書では見えない、真の影響力を持つ人材を特定する。「技術的な質問を誰にするか」や「組織間の調整で誰を頼るか」という情報を基に、隠れたDX推進者や組織横断DXコーディネーターを発掘する。

 これは、組織の「見えない血管」を可視化し、共創資本のネットワークを活性化する戦略的な取り組みだ。これらの影響力を持つ人材を活用してネットワークを活性化できるかどうかが、既存組織を跨る大きな変革の成否を左右する。

6.成長投資型報酬システム

 従業員の個人的な「資本」や「共創資本」を増大させる報酬設計をする。報酬は金銭的なものである必要はなく、むしろ個人の資本増大に直接関わるもののほうが良い。個人の学習、研修に使える学習投資枠、新規プロジェクトや海外赴任への挑戦優先権、社外コミュニティーへの参加助成、副業などの働き方の選択権などが考えられる。

 実際、経済産業省の調査では、副業・兼業を認めている企業は82.0%に達し、その効果として「従業員のモチベーションやエンゲージメントの向上」(57.0%)や「従業員のスキル向上や能力開発」(62.1%)を挙げている。これは共創資本の理念と合致する動きだ。

デジタル・IT部門が「共創の触媒」として再生する現実的な道筋

 連載第1回で明らかにした技術力空洞化、ビジネス知識希薄化、アウトソース依存という構造的課題を、「共創資本」の理念で解決する現実的な道筋を示そう。理想論ではなく、現在のデジタル・IT部門の立ち位置から始められる実践的なアプローチだ。

アプローチ1.DXリテラシー教育の社内講師として立つ

 デジタル・IT部門の最大の資産の一つは、長年の「技術と業務の翻訳経験」だ。システム要件を業務要件に置き換える、ベンダーの技術提案を経営層に説明する、複雑なIT課題を分かりやすく整理する、こうした経験こそが、全社のDXリテラシー向上において極めて価値の高い「翻訳力」となる。

 デジタル・IT部門メンバーがDXリテラシー教育の社内講師として、各部門のデジタル理解度向上を支援する。単なる技術習得ではなく、「デジタル技術をいかに業務に活用するか」という実践的な翻訳力を生かすことで、デジタル・IT部門は組織内での評価を段階的に向上させる。

アプローチ2.アウトソース関係の技術移転投資化

 既存のアウトソース契約を「技術力投資の機会」として再定義する。外部ベンダーとの関係において、従来の「丸投げ発注」から「技術移転前提の共創パートナーシップ」への転換を図る。

 具体的には、開発プロジェクトなどの契約に「技術移転」条項を盛り込み、IT部門メンバーがハンズオンで開発プロセスなどに参画する体制を構築する。これにより、アウトソースコストが「デジタル・IT部門の技術資本蓄積への投資」に転換される。蓄積された技術資本は、次のアプローチで威力を発揮する。

アプローチ3.ビジネス部門との「未来洞察セッション」共創

 アプローチ2で獲得した新たな技術知見を武器に、各ビジネス部門との関係を「ベンダーとの調整窓口」から「業務変革パートナー」へと転換する。IT部門メンバーが各部門の「未来洞察セッション」に積極的に参加し、技術的視点から業務の可能性を拡張する提案を展開する。

 重要なのは、単なる「システム提案」ではなく、増強された技術資本に基づく「業務変革シナリオ」の共創だ。この段階で、デジタル・IT部門の存在は「調整窓口」から「変革エンジン」へと完全に転換される。企業全体としての「共創資本」も、この相互作用によって飛躍的に増加する。

アプローチ4.組織横断DXコミュニティーの事務局機能

 デジタル・IT部門が「全社DXコミュニティー」の事務局として、各部門に眠る「隠れたDX推進者」をネットワークにする。従来の機能別組織の制約を逆手に取り、各専門領域(開発や運用、インフラ、セキュリティなど)の知見を統合した部門横断課題解決チームを編成する。

 デジタル・IT部門メンバーは「DXファシリテーター」として、技術専門知識と組織調整能力を融合させた独自価値を提供する。これまでの「調整業務」が、組織変革の中核機能として再評価される。

アプローチ5.変革成果の可視化と拡散

 デジタル・IT部門主導で立ち上げた共創プロジェクトの成果を定量的、定性的に可視化し、組織全体の変革モメンタムを創出する。成功事例を社内で戦略的に発信し、「デジタル・IT部門が変わった」「デジタル・IT部門と組むと革新的なことができる」という認識を組織全体に浸透させる。

 この段階で、デジタル・IT部門は「コストセンター」から「価値創造の中核」へと完全に生まれ変わる。

実践的な導入ステップ

 「共創資本」という概念は、これまでの人材に対する認識を抜本的に変えるものであるため、以下のような段階的導入が多くの日本企業にとって現実的だ。

フェーズ1.現状分析と意識醸成(3〜6カ月)

  • 全社DXリテラシーの調査
  • 組織ネットワーク調査
  • 小規模な社内勉強会の開催

フェーズ2.パイロットプロジェクト(6〜12カ月)

  • 少数の限定的な組織やプロジェクトで「共創資本」の考え方を試行
  • 成果と課題の定期的な評価
  • 成功事例の社内共有

フェーズ3.段階的拡大(12〜24カ月)

  • 成功したアプローチの他部門への展開
  • 人事評価制度への段階的反映
  • 全社的な風土改革への発展

 この段階的アプローチにより、以下のメリットが期待できる。

  • 失敗リスクの最小化
  • 組織の抵抗感の軽減
  • 継続的な改善と学習の機会
  • 経営陣への説明責任の明確化

 各段階での成果を定量的に測定し、次の段階の実施判断や修正をすることも肝要だ。

最後に

 上記のような世界観やそれを実現するための施策を実施することで、DX推進は一部の選抜エリートが考え、その他大勢の従業員が実行するというトップダウン型から、全従業員が主役となり集合知を生かした全員参加型へと変わる。

 会社も「共創資本」の観点から、従業員に対して市場価値の高いスキル獲得や経験をさせようとするため、デジタル・IT部門も、アウトソースを活用するとしても、これまでのような丸投げではなく、自らの能力を伸ばすような「教師型支援」を志向するようになるだろう。

 デジタル・IT部門のメンバーは、元来、ITへの洞察力はもとより、業務と技術をつなぐ翻訳力やプロジェクトマネジメントなど、多様なスキルや才能を持っている。これらを再発見して、それを磨き上げていく仕組みにより、再び、ビジネスの推進役として、忙しいながらも、日々ワクワクを感じながら生き生きと業務を語れるようになる。

 連載第1回で指摘した技術力空洞化、ビジネス知識希薄化、アウトソース依存という「構造的課題」は、実はデジタル・IT部門が組織の共創触媒として再生する絶好の機会であった。過去25年間で蓄積された翻訳経験と組織調整力は、共創資本の理念のもとでは極めて価値の高い投資資本となる。デジタル・IT部門こそが、全社的なDX推進の要となる存在なのだ。その時、技術と人間性が融合した、これまでにない企業文化が花開くはずだ。そして、DX成功の鍵は、すでに組織の内部に眠る「共創資本」の総和なのであり、見方を変えれば、人材不足に嘆くことはないはずだ。

筆者紹介:フォーティエンスコンサルティング 櫻井敬昭氏(プリンシパル)

デジタル・IT部門の組織変革をリード。

インフラエンジニア出身で、2001年にコンサルタントへ転身。2009年にフォーティエンスコンサルティング(旧クニエ)へジョインし、25年超の実務経験。

ERP導入などシステム領域からIT戦略策定・ルール整備など幅広いテーマでデジタル・IT部門の変革を支援し、近年は組織ビジョン策定や人材育成に注力。

神経科学・成人発達理論・哲学などをヒントに、現場に根ざした新たなアプローチの探究を続けている。

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