銀行の融資業務は属人化や事務負荷が根深い。この難題に対し、中国銀行と日立製作所がAIエージェントによる抜本的な変革に乗り出した。専門的な判断をどこまで自律化できるのか。“融資DX”の最前線に迫る。
この記事は会員限定です。会員登録すると全てご覧いただけます。
DXの重要性が叫ばれて久しいが、人手を前提としたプロセスで成り立っている業務も多い。とりわけ金融業務はその典型だ。紙の書類による手続きが依然として多く、入力や転記、確認といった手作業が各工程に残っている。
中でも銀行の融資業務は、その構造を最も色濃く残す領域の一つだ。融資先との交渉から稟議書の作成、契約・実行、そしてその後のモニタリングまで、各フェーズで書類確認や転記作業が発生する。しかも顧客との交渉や稟議書の作成は、担当者の経験や知識への依存度が高く、業務品質のばらつきと膨大な事務負荷という課題を業界全体が長年抱えてきた。
こうした状況を打開するため、中国銀行と日立製作所は2026年2月、融資業務へのAIエージェント活用に向けた協創を開始した。一連の業務プロセスにAIエージェントを適用し、人手に依存してきた業務の段階的な変革を目指す取り組みだ。AIエージェントは融資業務をどこまで自律化できるのか。中国銀行融資部と日立製作所の担当者に話を聞いた。
中国銀行で執行役員 融資部長を務める山岡幸彦氏は「融資業務が抱える構造的な課題は主に3つです」と説明する。
1つ目はスピードだ。融資業務は「交渉→申込・稟議→契約・実行→モニタリング」という流れで進み、この中で最も時間を要するのが交渉から申込・稟議までの工程だ。難易度の高い案件では、決裁まで平均約16営業日を要し、そのうち10〜12日が情報収集と稟議書の作成に費やされている。回答の遅れは他行との競争に直結するため、この前工程の短縮は長年の課題となっている。
2つ目は属人化だ。高度な専門性が求められる融資業務は「一人前の営業店融資担当者になるまで5〜10年が必要で、融資部で審査担当者として一人前になるまでにさらに3年が必要」(山岡氏)なため、経験の浅い担当者の稟議書では論点整理が不十分な場合があるという。その結果、差し戻しを招いて決裁までのリードタイムをさらに長くしてしまう。
3つ目は人材不足だ。少子高齢化に伴い人材が限られる中、融資案件は年間約1万5000件、財務分析は約2万件、融資実行の事務作業は約2万3000件に上る。財務知識、案件ごとのリスク判断、業種特性の理解など高度な専門性を持つ人材は慢性的に不足している。限られた人員で高度な業務を回すことには構造的な限界があった。
これらの課題を解決するため、中国銀行ではデジタル化を軸とした業務改革を進めている。2024年5月に策定した「ちゅうぎんDX戦略」のもと、グループ横断での業務プロセス改革に着手し、業務量の40%削減を目標に取り組んでいる。実際、住宅ローン審査を3日から30分に短縮するなど、デジタル化による成果も着実に現れている。
こうしたDXの取り組みをさらに高度化する中で、次のテーマとして浮かび上がったのが、融資業務へのAIエージェントの適用だ。特に財務分析やリスク判断、業種特性の理解など複数の専門領域における情報を参照して自律的に業務を遂行するエージェントの開発を目指す。では、実際にどのような形で導入を進めているのか。
今回の取り組みでは、融資業務の中でも人手による負荷が大きく、効果が見込まれる領域から段階的に検証を進める方針とした。対象となるのは次の3領域だ。
1つ目は稟議書に添付する審査用書面「担当者意見」の作成だ。中国銀行 融資部の寺元竜司氏は「多岐にわたる業種や申込情報を基に、実務に使える文章を作成できるかを検証しています」と説明する。
2つ目は「融資実行の事務作業」だ。申込情報から勘定系への転記・実行操作まで自律化する。現金が動く以上、誤りは許されない。日立製作所 金融デジタルイノベーション本部 第二部 主任技師の須山浩一氏は「AIにも人と同様に誤りはありますが、融資業務は誤りが起きてはいけない。それを確実に実装できるかどうかがチャレンジポイントです」と語る。
そして最後が「モニタリング時の財務分析」だ。決算書や試算表を読み取り、財務状況を分析する業務だ。書式の異なる書類をAIが高精度にデータ化できるかどうか、さらに読み取った情報を正しく解釈し分析に結び付けられるかが重要なポイントとなる。「書類をAIの目でデータ化できるかどうかと、読み取った情報を正しく分析できるかどうか。この2点がポイントです」(須山氏)。
これらの処理を支えるのが、書類の読み取りと知識蓄積を組み合わせたデータ処理基盤。起点となるのは「インテリジェントOCR」だ。融資業務では決算書や契約書など多様な書類を扱う。書式が異なる紙やPDFであっても高精度に読み取れることは、検証段階で既に確認されている。
読み取った情報は非定型フォーマットの構造化処理をへて蓄積され、行内の規定や事務取扱要領なども含めてRAG(検索拡張生成)の知識ベースとして利用される。AIはこの知識ベースを参照しながら回答を生成し、実務で利用できるレベルのアウトプットを出力する。活用するデータは、公開情報、行内の構造化データ、「Microsoft Excel」形式のデータやPDFなどの非構造化データの3種類だ。須山氏は「当初は活用が難しいとされていた非構造化データも、AIの精度向上により実務レベルで利用できるようになっています」と説明する。
その中でもっとも難易度が高いのが、ベテラン行員が持つ暗黙知の取り込みだ。アンケートや記述方式では“なんとなく違う” という感覚を言語化し切れない。そのためAIが生成した文章案に対して熟練者が修正を加え、その内容をRAGで参照するデータとして蓄積することで、経験に基づく判断基準をAIに反映させた。須山氏も寺元氏も「修正の積み重ねそのものがノウハウであり、それを蓄積することで精度を高めていくアプローチです」と口を揃える。
AIエージェントが稼働するシステムの基盤となったのは、日立製作所が2023年7月から提供している「融資DX推進サービス」だ。「Amazon Web Services」(以下、AWS)の東京リージョンにマルチバンク利用型SaaSとして構築されており、2026年2月時点で18の金融機関に採用されている。今回の取り組みでは、融資DX推進サービスにAI関連機能を実装し、AIエージェントを順次追加する構成とした。
利用する大規模言語モデル(LLM)は特定のものに固定せず、必要に応じて各社のモデルを使い分ける形とした。そのために、AWSだけでなく「Microsoft Azure」や「Google Cloud」とも連携するマルチクラウド構成を採用している。
現在、両社はAIエージェントを段階的に拡張し、融資業務全体の自律化を目指す以下のようなロードマップを描いている。
フェーズ1(FY25〜26)の「手作業からの変革」は現在の取り組みだ。AIエージェントを複数配置し、人手による業務負荷の大幅軽減を目指す。須山氏はこのフェーズを「まずは業務をAIに教えながら育てていく段階」と表現する。
続くフェーズ2(FY27〜28)は「適用領域の拡大」だ。AIが銀行業における判断基準を理解できるようになれば、複合取引という形で自律実行の範囲を広げる。融資業務の一連のプロセスをAIエージェントが遂行するフェーズへの本格移行を目指す段階だ。
フェーズ3(FY29〜30)の「自律深化」においては、AIが判断した結果を人が確認し、任せられる部分はAIに委ねる。融資関連業務の全方面でAIの自律化を進めることで、人間は、顧客との対話などのより本質的な業務へ回帰することを目指す。
2025年12月から検討を開始した今回の取り組みは早くも想定を超える手応えがあったという。財務分析においては書式が異なる決算書やPDF書類でも高精度に読み取れることが確認され、開始から1カ月でKPIを見直すほどの成果が出たと須山氏は振り返る。
AIがもたらす効果は、業務時間の削減といった定量面にとどまらない。精度の向上は、AIと人間の役割分担の在り方にも直結する。山岡氏は「担当者意見の生成結果は、想定をはるかに上回った」とし、以下のように説明する。
「(粉飾の疑いがあるような)融資部が慎重に判断するような難しい案件を使ってテストした際、AIが出してきた論点はどれも的確でした。問題点の整理の仕方がベテランの融資担当者と比較しても遜色がない。これはかなり大きいと感じました。AIが示す論点は、そのまま顧客への提案力強化にもつながります。例えば『在庫が多い』という指摘が出れば、確認やアドバイス、専門家の紹介といった次のアクションにつなげられます。つまり、経験の浅い行員でもAIの分析を足がかりに、的確な顧客対応の入り口をつかめるようになるのです」
寺元氏も「AIは即座に80〜90%の完成度の担当者意見を出力します。融資実行は現金取引が伴うため、リスクのある部分には必ず人間の最終チェックを設けますが、財務分析については確認負荷が大きく減るレベルの精度が出ています」と、その効果を強調する。
もちろん、コンプライアンス上の判断など、人間が必ず関与しなければならない領域は残る。中国銀行ではAIエージェントを「行員の隣にいるパートナー」と位置づけ、精度が十分に高まった領域から、段階的に自動化を進めていく方針とのことだ。
今後、中国銀行では音声入力によるメモやニアリアルタイムでの議事録生成など、AIの特性を生かした取り組みを積極的に進める方針だ。須山氏は「訪問後の議事録、提案書、稟議書の起案、担当者意見書などは、行員がお客さまのもとから帰社した時点で自動的に準備されているといったレベルであれば、すぐにでも実現できます」と語る。
その先に両社が見据えるのは、複数のエージェントを統括する「オーケストレーションAI」である。今後はAIエージェントを大量に準備し、段階的に拡充する想定だという。
一方、日立製作所では今回の協創で実用性が検証されたAIエージェントを「融資DXサービス」の新機能として、2026年4月から他の金融機関へも順次提供する予定だ。適用範囲は法人向け融資にとどまらず、個人ローンや相続、事業承継などへと広がり、銀行業務全体のDXを支援する。こうした取り組みを通じて日立製作所は、金融分野向けソリューション「HMAX Finance」の一環として、AIエージェントを金融業界全体へと広げていく構想を描いている。
結局、M365 Copilotって元取れるの? グループ9000人に導入した住友商事に聞いた
「2026年に取りたいIT資格」1位は“あのベンダー資格” 読者調査で読み解くトレンド
「コーディングはAI任せ」でエンジニアは何をする? AWSが示す、開発の新たな“主戦場”
“AIエージェントの次”のトレンドは何か Gartnerが描く未来志向型インフラのハイプ・サイクルCopyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.