第8章 インテグレーション 〜システム全体最適に必要な統合化〜eCRM実現のためのメソドロジー入門(8)(2/2 ページ)

» 2001年07月17日 12時00分 公開
[松尾順,@IT]
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[2]eCRMシステム全体設計の留意点

ケース1:地引網マーケティング

 マーケティング・システムにおいて、どんなやり方でもいいから、とにかく見込み客をたくさんかき集めることが目的となっている企業が結構多いですね。「XXXが当たる」といった販売促進施策は、見込み客創造に有効なのは確かです。しかし、購入する可能性があるかどうか分からない人々を地引網漁法のように一網打尽に見込み客としてデータベースに収納するのは大きな問題を抱えています。なぜなら、見込み客を購入客に変換するセールス・システムに大きな負担がかかるからです。

 例えば、マーケティング・システムで生み出される見込み客があらかじめ、ある程度購入意欲の高い層に絞り込まれていた場合、セールス・システムを通じて10人のうち3人は購入してくれるとします。購入確率は30%ですね。ところが、やみくもに見込み客を集めた場合、見込み客は増えるかもしれませんが、購入してくれる人が全体数に対して相対的に減少してしまいます。例えば、見込み客が10人から30人に増えたとしても、購入客は

3人にとどまったとすると、購入確率は10%に低下します。しかし、 同じ3人の購入顧客を得るのに10人と30人にアプローチするのでは、販売効率が違います。つまり、顧客を1人獲得するコストが3倍に増加していることになるのです。また、営業マンにとっては無駄骨に終わる営業活動が増え、やる気をそがれるでしょう。

 第1走者のマーケティング・システムを通じて、見込み客を獲得することがeCRMの第一歩ではありますが、セールス・システムにどんな見込み客を渡すのか、ということを留意しなければなりません。マーケティング・システム単体で設計を考えるのではなく、後に続く第2走者以降の下位システムとの関連性を意識したうえで設計・開発すべきだということです。

 ただ、上記の方法は、インターネットやITを十分に活用できる場合においては、 好ましくない方法であるとは、必ずしもいえなくなってきました。インターネットでは、比較的少額で多くの見込み客を獲得できること、すなわちマーケティング・システムにかかるコストが大幅に低減できること、また分析システムにおける、分析手法の高度化とIT化によるコストの低下によって、大量の見込み客の中から購入見込みの高い層を抽出することが比較的低コストで容易になってきたからです。

 オンラインプロモーションを得意とする、(株)アクシブドットコムでは、上記のやり方を「砂金採り」という言葉で例えていますが、まさに川底の土砂の中から砂金を採るように、大量の顧客をふるいにかけて優良見込み客を取り出すための緻密な分析システムとセールス・システムを設計することが、ITの活用によって可能となってきています。

ケース2:穴のあいたバケツシステム

 マーケティング・システム、セールス・システムに経営資源を投入して、新規顧客をどんどん増やそうとしている企業ですが、エクスペリエンス・システムやカスタマ・サービス・システムがおざなりになっている場合があります。つまり、実際の製品には不良品が多かったり、アフターサービスが劣悪な状況にあるため、顧客は当該企業の製品を二度と購入しなくなってしまう例です。

 新規顧客がどんどん増えて経営陣は喜んでいるのかもしれませんが、実はこの企業のeCRMシステムは穴のあいたバケツであり、下からどんどん顧客が漏れていっているのです。しかも、具合の悪いことに、顧客データベースにはこうして逃げていった顧客の情報も依然として登録されていますから、バケツの穴の存在にすぐに気付くことができないのです。顧客数が数百万人と自慢してみても、実は、すでに逃げてしまって実体のない幽霊顧客が半分以上を占めている……ということもまれではありません。

 繰り返し指摘されていることですが、新規顧客の獲得には、既存顧客の5倍以上のコストがかかるといわれています。新規顧客の獲得にばかり目が行っている「穴のあいたバケツ」企業では、いつまでたっても利益が出ないことがお分かりになると思います。

 本来、CRMはこれまでの企業の顧客維持努力の弱さへの問題意識から生まれてきた概念であり、上記のような顧客獲得に重点を置きすぎた方法は、そもそもCRMの概念からは逸脱したやり方だといえます。

 eCRMシステム設計・開発の鍵は、各下位システムの一貫性を維持することだと冒頭に申し上げましたが、これは、結局のところ、全体のバランスを取るということなのです。粒のそろった走者を並べなければ、「優良顧客の創造」というゴールにはたどり着けないのです。

多面的な有効性の検証が必須

 では、どうやってバランスの取れたeCRMを設計するかということですが、いきなり最初からベストのシステムを設計できると考えるのは間違いです。まずは自社なりの仮説に基づいてシステムを立ち上げ、顧客とのコミュニケーションを繰り返しながら、システムを継続的に改善し、理想に近づけていくという実践主義で挑む必要があります。

 ただし、その場合に大切なのが、各下位システムの有効性を測定する明確な経営指標を持っておくということです。経営指標に基づいてシステムの有効性を測定できれば、改善点も見えてくるというわけです。

 この経営指標のうち、代表的なものが「顧客満足度」ですが、同時に、売上・利益を追求する営利企業であれば、財務的な視点からの評価が欠かせません。eCRMシステムとは企業全体にかかわる仕組みですから、経営指標も多面的なものである必要があります。

 このような多面的な評価尺度を持ち、eCRMシステムの有効性の判断に利用できるのが、「バランススコアカード」という手法です。バランススコアカードは、企業の戦略とビジョンを軸として、「財務の視点」「顧客の視点」「業務プロセスの視点」「学習・成長の視点」の4つの切り口で、企業活動を評価します(図1)。

図1 バランススコアカード 図1 バランススコアカード

 この評価の仕組みの詳細については紙幅の都合上、別の機会に譲らざるを得ませんが、eCRMシステムとバランススコアカードを一体化させることによって、バランスの取れた、また一貫性のあるeCRMシステムの実現が可能となるのです。

 さて、eCRMメソドロジー入門もこれでとりあえず完結とさせていただきますが、いかがでしたでしょうか? 「メソドロジー」とは日本語では「方法論」であり、メソッド=方法とは異なります。本稿で私が目指したのは、具体的なコミュニケーション施策・テクニックの紹介ではなく、eCRMシステムという大きな枠組みの中で、一貫性のあるバランスの取れたコミュニケーション施策・テクニックを考えるためのガイドラインを示すことでした。もし、本稿によって、eCRMをどう考えればよいか分かるようになった、あるいは設計プロセスが明確になったという方がいらっしゃれば、私には最高の喜びです。

まつおっち先生の“ココがポイント”

eCRMシステムの立ち上げ・運用には、仮説→改善が必須。また、経営上の指標を持ち、それによる多面的な検証も欠かせない


 なお、本稿に関するご質問、ご意見、またご不満があれば、ぜひ私まで連絡いただければと思います。何らかの回答を差し上げることをお約束します。言行一致といいますか、私にとって大切なお客さまである読者の皆さまを大切にしたいと思っています。

著者紹介

松尾順 (junma@aqu.bekkoame.ne.jp)

松尾順

マーケティング・リサーチ会社、IT系シンクタンク、CRM専門 広告代理店を経て、eラーニング・サービスを提供するネット・ベンチャーの役員を経験。現在は、株式会社インターロジックスの専属プロデューサーとして、各種Eビジネス、CRMプロジェクトを手がける。専門は、マーケティングリサーチ、ダイレクトマーケティング、インターネット・マーケティング、CRMなど

未来年表2001-2100プロジェクトメンバー


※本文中に「まつおっち先生の“ココがポイント”というコーナーがでてきますが、「まつおっち先生」とは、筆者の松尾氏が仲間内では“まつおっち先生”と呼ばれて いることに由来しています。
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