エンロンやワールドコムの不正会計・破たんといった米国大手企業の問題は、米国経済の低迷を長期化させる要因となっているが、これは、同時に日本の経済環境の不透明感をさらに長期化させることにもつながっている。長いトンネルは、まだまだ出口が見えないというのが現状であろう。こうした不透明な環境下において、企業はIT投資によって、不透明な経済環境を見据えるための「行灯(あんどん)」を模索しようとしている。その1つの回答がBI(ビジネスインテリジェンス)といえまいか。だが、BIの導入がスムーズにいっている企業ばかりではない。問題点が幾つか蓄積していることも事実である。そして、BIは、今後はどの方向に向かおうとしているのか?
BIが注目を集める背景には、企業が置かれる立場が大きく変化していることが挙げられるのは、Part2「ビジネスインテリジェンス導入を巡る日本の課題」で触れたとおりだ。
製造業といえども、製品力だけでは差別化できない時代が訪れ、顧客の声を直接反映した製品作り、顧客満足度を追求した体制作りが模索されている。
ここ数年、大手企業が顧客の声を集め、それを製品化に反映させようという取り組みを積極化させているのも、その表れの1つだといえる。
ところが、企業内は顧客満足度向上のために集めた数多くのデータを処理し切れずに、実際の製品作りやサービス向上に生かし切れていないという実態がある。いや、それを処理し切れないばかりか、莫大なデータを前に、何も手が付けられない、という状態となっている例が少なくない。
それを解決する手法の1つとして、BIによるソリューション提案が存在するわけだ。
しかし、企業がそれに気が付き、BIの採用に乗り出したとはいえ、すべてが成功につながっているわけではない。その背景には、BIツールを導入しただけでは成功しないという根本的な問題点を分かっていないこと、あるいはそれを知っていても、実行に移せていないという企業が少なからず見受けられるからだ。つまり、BI市場に参入しているベンダが優れた製品を投入し、サービス/サポート体制を構築しても、企業側の体制変化がそれに追いつかないという問題が発生しているのだ。
例えば、ある大手製造業企業は、昨年BIを導入したが、導入後1年を経過しても、本来掲げていた目標が達成されないままである。
同社では、顧客相談窓口に寄せられた問い合わせ内容を分析し、それを新製品開発などに結び付けようという狙いがあった。年間数百万件に上る問い合わせデータを、テキストマイニングおよびデータマイニングツールを活用し、そこから顧客の需要動向や要求を判断するとともに、一般に提供されるニュースなどの各種外部情報、系列店の販売情報などを分析して、新たなコンセプトの製品作りに結び付けるとともに、全社的な経営判断にも活用しようというわけだ。
だが、同社の場合、顧客情報などを取り入れる仕組みを活用したものの、実際の活用を現場サイドにゆだねたため、結果としてそのスキルの育成と体制作りが追いつかず、明確な効果まで生むことができなかった。
同社の関係者によると、「当初は、興味本位でデータをいじってみる部門もあったが、結局、目的の情報を得るまでに時間がかかること、効果的な情報が得られない、という悪いイメージが早い段階で定着してしまったことで、いままで積極的な利用にはつながっていないのが実情」と明かす。
つまり、現場が自由に活用して、効果を得られる情報を獲得するまでの情報リテラシがないままに運用を開始してしまったことが、“使われない”という結果につながっている。
「残念ながら、BIによって、新たな製品が開発されたり、経営の方向性に影響を及ぼすといった成果はいまのところ見られない」(同社関係者)という。
全社員が自由に情報を閲覧できるようになり、そこからビジネスに必要な新たな答えを導き出す仕組みは有効といえるが、それを使いこなす能力を社員が持たなければならない。しかも、数百万件というデータを現場や経営者が直接ハンドリングするのはあまり現実的でないといえるだろう。まずは、こうした業務を専門的に担当する人材を配置して、ある程度の情報まで加工してエンドユーザーに提供するという段階的な導入も必要といえそうだ。
ある金融大手では、今年春から運用を開始し、早くも改善効果が出ている。同社でも同様に顧客問い合わせ窓口に眠っていた数百万件の情報を、マイニング技術を活用して、「生きた情報」へと転換、そこから200近い課題を導き出し、すでに50以上の部分で製品の改良やサービスの改善を行った。
同社が短期間にこれだけの成果を上げることができた背景には、BIを効果的に運用するための組織作りに力を注いだことが見逃せない。3カ月に1回の定例の改善会議や、部門ごとに責任者を置いて全社レベルで意識改善を行うことなど、全員参加型の意識徹底に力を注いでいる。定例の会議では、顧客サービスの品質向上を担当する部門が、事前に抽出した課題を提示し、それを会議で部門ごとに対応策を検討するように指示するという仕組みだ。
BI導入の成功例の1つといえるが、その一方で、「新製品の立案という点での効果はまだまだ先になるだろう」という。
課題解決型の場合は、取りまとめる部門が課題を提出することで対策が打てるが、新製品開発となると、やはり現場部門が自主性を持つ必要が出てくるからだ。
「新製品開発へつなげること、あるいは経営判断へ反映させるには、まだまだ時間がかかる。BIツールの良しあしも重要だが、それにも増して、組織作り、仕組み作りの方が重要だと思っている」と、同金融大手の関係者は語っている。
BIの導入といえども、最終的な目標である企業経営の改革というゴールまでにはまだ時間がかかる企業が多いというのが実情といえそうだ。
BIツールを提供する各社も、この点にはすでに気が付き始めている。
それを裏付けるように、BIの普及が加速するに伴い、各社が力を注ぎ始めているのがコンサルティングチームの強化である。
「最終的に経営を改革するというアクションまで実現してこそ、BIの導入メリットがある」とするコグノスでは、昨年3月にコンサルティング部門を立ち上げ、3人の専任担当者を置いているほか、社外のコンサルティングファームなどとも連携して、グローバルな対応ができる体制を作っている。
「誤解を恐れずにいえば、情報システム部門は、構築部分は手慣れているが、社員の意識をどう高めるかには不慣れ。Web化の進展によって、エンドユーザーのリテラシが上がったことで、情報システム部門も、以前ほど教育に時間をかける必要がなくなったが、現場自らが利用して、考えることを徹底させる仕組み作りに時間をかける必要がある。それがBIの成功につながる」(コグノス・マーケティング本部・山田和昭副本部長)という。
SPSSでも、ビジネスインテリジェンス事業部の下にコンサルティングチームを5人体制で配置したほか、コンサルティングパートナー企業との連携を強化している。
「コンサルティングチームの増員計画は、すでに年初の予定枠を超えるペースだが、まだ加速させたい。ワールドワイドでも3倍規模に人員を増やす計画」(SPSS・ビジネスインテリジェンス事業部担当・村田悦子上級副社長)という。
さらに同社では、マーケティングエグゼクティブセミナーを随時開催し、大学教授などで構成されるアドバイザーを通じて、ユーザー企業にBIに関する考え方、実際の導入事例を紹介し、マーケティング現場での活用を訴えている。
SASインスティチュートでも、「BIを成功させるためには、ユーザーは、BIの技術的な点や、構築手法や操作方法の容易さばかりに目を向けるのではなく、ビジネスの問題をかみ砕くことができる仕組みになっているか、経営者が使いやすいものになっているかを重視すべき。そして、それに合わせたビジネス定義を行い、効果を出すための仕組みを社内に作ることが重要。例えば、優良顧客の定義は何か、という点を明確にできていなければ、課題や結論を導き出すことができず、BIの効果を引き出すことができない」と話す。
同社では、今年春に「通信・金融」「製造・流通・サービス」「官公庁」という3つの業界別組織に、営業部門とコンサルティングを再編、さらに営業1に対して、技術(コンサルティングを含む)2というこれまでの構成比率を、営業1に対して技術4の構成へと変更することで、より業界別に特化した専門的なソリューション提供を行う体制を確立する考えだ。また、業界に特化したパートナーが、再販パートナー、技術パートナーを含めて20社以上あることから、これらのパートナー企業で蓄積したノウハウを、ユーザーに提供していく考えだ。
このように各社は、コンサルティングの強化などによって技術的な差別化策から、運用の観点における差別化へとBI戦略を移行し始めている。
ところで、今後のBIはどうなるのだろう。その発展形態として業界内で話題となりつつあるのが、「CPM(Corporate Performance Management)」である。
これは、米ガートナーグループが提唱した考え方で、BI最大手といわれるコグノスでも、次世代のBIの形としてCPMの方向を模索している。
ガートナーによると、「CPMは、企業のビジネス、パフォーマンスを監視・管理するうえで用いる方法論、基準、プロセス、システムのこと」と定義。「BIは、CPMを実現する戦略的な展開の1つといえる」と位置付ける。そして、「すでに数多くの企業がCPMを構成する諸要素を取り入れている。しかし、そのほとんどは全社的に統合した形で導入されていない」と指摘する。
コグノスでは、CPMを実現するためには、その前段階として、BIの導入が重要だとし、CPM実現に向けたBIソリューションの導入においては、以下の要件をクリアしている必要があるとした。
その要件とは次の6項目である。
企業がより戦略的に情報インフラを活用し、経営者から現場までが適切な情報をハンドリングできることが、経営判断の速度を高め、競合他社に比べて優位性を持つことになるとみられる。
そうした意味で、今後、CPMが注目されるのは間違いないだろう。そのCPMの重要なツールがBIであるというのが、当面、ベンダ各社が共通に訴えるキーワードとなるはずだ。後は、実体を伴った成果が早期に出てくることが、企業への浸透速度を左右することになるだろう。
(了)
大河原克行(おおかわら かつゆき)
1965年東京都出身。IT業界専門紙「BCN(ビジネス・コンピュータ・ニュース)」で編集長を経て、現在フリー。IT業界全般に幅広い取材、執筆活動を展開中。著書に、「パソコンウォーズ最前線」(オーム社刊)など
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