@IT情報マネジメント主催の交流セミナー「システム開発における投資対効果の『PLAN、DO、SEE』」が6月2日に開催された。効果的なIT投資を行うにはITガバナンス、開発、運用の面で何を行えばよいのか、パネルディスカッションを含む4つのセッションが行われた。
セッション1:戦略的IT投資のための“マネジメント”を考える
<講師>
日本ユニシス テクノロジー・イノベーション・オフィス 統括部長 多田哲氏
セッション2:システム開発の効率的手法の実際と事例
<講師>
テンアートニ 執行役員 第一事業部長 山崎靖之氏
セッション3:業務パフォーマンスチェックとシステム分析
<講師>
ビジネス情報コンサルティング 代表取締役 小野修一氏
パネルディスカッション:現場から見たシステム開発における投資対効果
<パネリスト>
東京三菱銀行 EC推進部門IT事業部 部長 打込愛一郎氏
日本ユニシス テクノロジー・イノベーション・オフィス 統括部長 多田哲氏
テンアートニ 執行役員 第一事業部長 山崎靖之氏
ビジネス情報コンサルティング 代表取締役 小野修一氏
<モデレータ>
アットマーク・アイティ 取締役編集局長 新野淳一
セミナーを通して話題の中心になったのは、いかに適切なIT投資を立案し、適切に実行、さらには評価していくかということだ。
ユニシスの多田氏は企業のIT投資が情報システム部などIT部門だけによって立案されることの危険を指摘した。IT部門は開発したシステムを運用し、直接のユーザーである事業部門にサービスを提供する。そしてそのシステムを開発するための予算を執行するのは、CIOや経営企画部など企業全体の戦略を考える部門だ。
つまり、IT部門は事業部門、経営企画部門に対して説明責任があるが、事業部門、経営企画部門もほかの部門に対して説明責任がある。「IT部門から見たIT投資戦略は全体の3分の1に過ぎない」というのが多田氏の考え。事業部門、経営企画部門が密接にコミュニケーションを取り、経営に直結した課題としてIT戦略を立案する必要があるというのだ。
しかし、一般的にはシステムに関することはIT部門が権限を握り、予算を割り当てる経営企画部門はIT部門の要求に従う、という企業が少なくないのではないだろうか。そのような従来型のIT投資を変革するポイントになるのが経営トップの関与──すなわち、「IT投資の意味と意義を理解し、実行への適切な道筋をデザインすること」。この経営トップの“旗振り”がIT部門、経営企画部、事業部門の3社のコミュニケーションを生み出す。
経営トップが強くリードするIT投資戦略では、IT部門の主な役割は「情報技術を自社の経営戦略に中長期的にどう生かしていくかのグランドデザインを描き、トップに助言すること」になるとする。経営戦略とIT戦略の一致を目指すのがIT部門の基本的な姿勢だ。
では、先進的なIT投資戦略を立案する企業の経営トップとして望まれる姿はどのようなものか。多田氏は「情報化投資評価を聞き理解する」「情報化推進委員会の委員長を務める」「イントラネットで毎週メッセージを配信する」「社員からの電子メールに返事を出す」「社外の成功事例を聞く」など具体的な姿を示し、説明した。
ビジネス情報コンサルティングの小野氏が指摘したのは、「IT投資を特別視しないこと」の重要性だった。IT投資は企業の固定費のように毎年、決まった額が出て行くコストではないというのが小野氏の考え。シェア拡大を目指すなど戦略的にITを活用する際には必要な予算を割り当てる必要があるし、恒常的に支出を見直す努力も必要だ。そのうえで小野氏が提案したのが、「情報化投資と情報化以外の投資を一体として考える」ことだ。
予算のうえではITに関する予算と、それ以外の予算は明確に分かれているのが普通。しかし、業務改革の効果は、ITの取り組みとそれ以外への取り組みが結び付いて得られた結果だ。小野氏は予算を立てて実行する際には「情報化の内容と情報化以外の取り組みとの整合性を確認することが重要」と指摘。業務改革を行った際の効果は、情報化投資、それ以外への投資の両方から生まれた結果で、フィードバックも当然にその両方に行う必要があると小野氏は強調した。
IT投資戦略を立てる上でキーになるのが“投資の評価”だ。投資した結果を適切に評価し、問題点や効果点を洗い出すことで、次の投資やIT戦略につなげられる。ITガバナンスのマネジメントサイクルを問題なく回すには、評価が欠かせない。
ユニシスの多田氏はIT投資の評価軸として、「財務的視点」と「定性的視点」の2つを説明した。財務的視点とはいわゆるROI(投資対効果)からIT投資を評価する考えだ。IT投資によってもたらされた利益をIT投資額で割った数値がROI。IT投資額はシステムにかかる初期投資や運用費用、さらにセキュリティ対策などのリスク対応費用がその要素となる。しかし、多田氏は「IT投資によってもたらされた利益を算出するのは難しく、一面的な評価になりがち」とROI評価の限界を指摘する。
そのため多田氏が組み合わせの評価に必要としたのが、バランスト・スコアカード(BSC)による定性的視点からの多面評価だ。財務、内部プロセス、顧客、人材と改革の4点について、CSF(主要成功要因)、KGI(重要目標達成指標)、KPI(重要業績評価指標)を設定し、それぞれで評価する方法だ。
多田氏が示した例では投資によって期待できるゴール(KGI)として「販売管理費1割削減」「営業利益100億円(2年後)」を設定。このゴールを実現するために行うアクションとして、「内部コスト削減による利益確保」を設定、実行する。そしてこのアクションが着実に実行されているかを定量的に計測する指標として「出荷作業時間10%削減」「配送効率10%向上」などのKPIを設定する。一定期間ごとにこのKPIの実績数値を計測し、ビジネス改革がゴールに向かっているかを判断し、必要に応じて対策を行う。
IT投資に関しては、ROIとBSCをベースにすることが客観的な評価につながるというのが多田氏の考え。また、小野氏も同様にBSCを使った評価法を紹介し「定期的モニタリングでKGIの達成を確実にすること」「KGI達成のために必要な対応を早め早めに取ること」がポイントと説明した。
多田氏はIT投資の評価ポイントとして、「社内で通用する共通語で、経営トップを煙にまかないことが重要」と指摘する。IT部門、経営企画部門、事業部門の3者でKPIについての議論を深めて、納得して実行できるようにするのが大切と述べた。
一方、テンアートニの山崎氏はエンジニアの立場から見たIT投資のあり方について提言した。
山崎氏が強調したのは開発における要求管理の重要性だ。IT投資の無駄をなくすには「要求管理による投資額の圧縮が重要」と指摘。業務部門からの要求をIT部門が整理できなかったり、システム開発中に要求が変化、増大することで開発コストは予定外に増えてしまう。仕様が定まらないシステムを開発すると、開発後の運用管理コストも予測が難しくなる。
では、要求管理のポイントは何だろうか。それはシステム開発サイクルの中で、できるだけ早期に要求を固めることだ。システムのデザインが完成し、実際に開発が始まった段階で要求変更があり、システムを変更すると、膨大なコストがかかってしまうことになる。
山崎氏が紹介したDean Leffingwellの著作『ソフトウェア要求管理』によると、要求時にシステムに誤りを発見し、対処する場合と、システム開発の最終段階である保守の時に誤りを見つけて対処する場合では、そのコスト比率は200:1になるという。企業内でのシステムの発注者である業務部門や経営企画部門は、要求管理の失敗が生むコストを十分に理解して慎重に発注する必要がある。
3者のセッション後には東京三菱銀行の打込氏を交えてパネルディスカッションが行われた。打込氏はIT投資のPDCとして、東京三菱銀行のケ
東京三菱銀行では新規のシステム開発を、経営トップが出席する年1度の経営委員会で決定する。開催は3月。それまでに各事業部門から上がってくる案件をまとめて委員会で提案する。そのまとめる期間が4カ月ほど。打込氏が部長を務めるIT事業部を含む各事業部門は、どれだけのコストをかけてどのようなシステムを開発するかを決める。直接の開発コストに加えて、運用管理コストや開発を直接行うシステム部門の工数などを含めてTCOを算出。それから割り出されるROIの順位によってシステム開発の優先度が決定される。
実際の開発ではエンタープライズ・アーキテクチャ(EA)を導入し、全体最適やコストのスリム化を図っているという。システム開発で重視するのは、テンアートニの山崎氏が指摘したのと同様に要求管理のプロセス。プロジェクト・マネジメントの手法を導入し、「要件定義をきっちりと締める」という。特に金融機関は勘定系システムなどトラブルが発生すると社会的な問題となりかねないミッションクリティカルな大規模システムが多い。そのため「テスト負荷が大きく、事前の作業が多い」と打込氏はいう。
また、システム部門への開発の丸投げを防ぐために、プロジェクト計画作りにエンドユーザーを参加させるのも東京三菱銀行の特色。システム開発プロジェクトに、エンドユーザーとシステムの全体最適を管理する経営企画部門を巻き込む形で、適切なコミュニケーションを維持できるようにしているという。
システムの評価は、今後のバランスト・スコアカード導入を念頭においてKGI、KPIのような視点も取り入れている。開発後1年を目処に当初の目標に合った効果が出ているかを経営委員会でチェック。ROIを見て開発後5年を目処に償却するか決める。
もちろん効果が出ていないシステムは償却されることもあるが、財務的な評価は難しいというのが打込氏の考えだ。東京三菱銀行では行員向けのエンタープライズ・インフォメーション・ポータル(EIP)を構築したが、事前にEIPの財務的な貢献を把握するのは困難だったという。そのためeラーニングの利用率やEIPへの滞留時間などを経年でモニタリングし、評価していると語った。
▼著者名 垣内郁栄
アットマーク・アイティ編集局
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