前回、先輩・豊若越司の助言を基に「新営業支援システム開発プロジェクト」を開始した坂口啓二。しかし、社長は現状を認識をできていない机上の空論を振りかざすなど、現実とのギャップも大きいことが判明した。そんな中、坂口の顧客であるロートンからクレームが舞い込む。果たして、坂口はクレームを無事に処理することができるのか。
坂口 「そこをなんとか……。お願いします!」
考えても思い付かなければ、ひたすら頭を下げ続けるしかない。そのとき坂口の後ろのドアが開き、人の入ってくる気配がした。
江口 「どうも松本さん、お久しぶりです。以前お世話になっていた江口です。いま、至急弊社のトラックを回させまして、賞味期限の少ないものはすべて最新のものに取り換えさせていただけるように準備しました。本当に申し訳ありませんでした!」
松本 「あぁ、以前うちを担当してくれてた江口さんか。あんときは丁寧な対応やったな。かなり無理も聞いてくれたし……。でも、いくら江口さんの頼みといえど、ミスはミス。帳消しにはできへんぞ」
江口 「はい、それ相応のペナルティは覚悟しております。どのようなことでしょうか」
松本 「そうやな……。フェイスの1段削減や」
頭を下げ続けていて真っ赤になっていた坂口の顔が真っ青になった。
坂口 「フェイスの削減!? それだけは勘弁してくださいっ!!」
フェイスつまり陳列スペースはビールメーカーにとって重要な顧客接点であり、店頭における顔である。それを削られるということは、ほかのメーカーにその分を取られることを意味していた。一度他社に取られたフェイスを取り返すのは半端なことではない。その意味を十分知っている坂口は二の句がつげない。江口はしばらく考えると静かな声でいった。
江口 「分かりました。それならば1カ月間、フェイス1段分の御代はいただきません。その代わり減らすのだけはやめてもらえないでしょうか?」
松本 「1カ月無料か……。よっしゃ、江口さんにはいろいろ借りもあるしな。それで手を打ったろ」
江口 「ありがとうございます!細かい手続きは坂口にやらせますので、よろしくお願いします。それからこれは、ほんのおわびの品です」
江口は、さりげなく紙袋から伊勢急デパートの包装紙に包まれた菓子箱を取り出した。松本はそれを見るなり相好を崩した。
松本 「ほぉ、これはこれは……。まぁ、今後は気を付けるようにな!」
後で知ったのだが、江口はこのようなトラブル用にあらかじめ総務にいくつかのおわびの品を用意してもらっているらしい。日常的なことではないにしろ、迅速に顧客対応ができるよう考えている対応に坂口は感心した。
坂口は何度も何度も頭を下げ、店を後にした。帰りがけの車の中で、配送の仕組みをあまり理解せずに手配していた自分の浅はかさにショックを受けていた。江口によると、今回のミスは、配送スタッフが荷卸し時にイベント用の回収分を間違って置いたのが原因だったらしい。
江口 「まぁ、最悪の事態は切り抜けたな。一度、配送センターのメンバーとコンビニ/スーパー系の配送について打ち合わせをする必要があるな。少なくとも、イベントやディスカウントショップ系の配送との混在を避けるような仕組みを早急に構築しないといかん」
坂口 「江口課長代理。すいませんでした!! 自分なりにチェックはしていたのですが、甘かったようです。それにクレーム対応も未熟でした。何の確認もせずに飛び出してしまったのには言い訳ができません」
江口 「坂口。そうあることではないが、配送センターの連中にはしっかり頼んでおかなくては駄目だぞ。電話やメールではなく、直接担当にいっておくんだ。仕事はしょせん人間のつながりだ。見えない相手には信頼は生まれないぞ」
坂口 「すみません、営業の外回り中心でつい電話やメールだけで済ませていました」
江口 「まぁ、そう落ち込むな!センターの岸谷さんもな、口ではいろいろいっているが、坂口のことは買っているようだぞ。今回の無理も坂口のことだといったら『しょうがないな、分かったよ』といって、すぐに対応してくれたんだ。もともとセンターのミスでもあるしな。それにどうもシステムの基本案に書かれた『みんなが仕事を楽しくできるシステム作り』という言葉に引かれたらしいな。私も基本案は読ませてもらったが、使う側のことを常に意識した内容はいままでになく良いものだと思う」
坂口 「ありがとうございました! 後で岸谷さんのところには直接行ってお礼をしてきます!」
坂口は正確な情報伝達、情報共有の重要性をあらためて痛感するとともに、人と人とのつながりの大切さをかみしめた。
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