さて、情報システムは何のために開発するのでしょうか。その目的はすなわちビジネスの効率化です。では次はそのビジネスというものについて4原因説で考えてみましょう。そもそもビジネスは何のために行うのでしょうか? 「利益を上げるため」ではありません。経営者や株主のためでもありません。社員のためでもありません。それらは本来の目的ではありません。ドラッカーの有名な言葉があります。
「企業の目的は、顧客の創造である」(『マネジメント−基本と原則』P. F. ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
彼はこれしかないと言い切っています。ビジネスは顧客のために行うものです。社会に不要となったビジネスは自然淘汰されていきます。社会に必要なビジネスのみが残ります。
「基本と原則に反するものは、例外なく時を経ず破綻する」(同上)
ビジネスの第1目的因=顧客です。ビジネスが顧客に受け入れられたなら、その結果として適正なる利益が得られ、経営者、株主、社員にも適正な利益が配分されます。
新しいビジネスは起業家の思い(vision、mission)から始まります(始動因=企業家)。企業化の頭の中で誰にどんな物をあるいはサービスを提供するのか、それはどんなふうに行うのかがイメージされます。これがビジネス・モデルでありビジネスの形相因です。形相因とはビジネスの基本設計です。
次はいよいよビジネスの実践に入ります。ここでは実践のためのリソース「人・物・金・情報」が必要になります。これがビジネスの質料因です。以上をまとめると次のようになります(図2)。
4原因説それぞれの原因連鎖については、形相因を除き前回でも述べました。形相因の連鎖はほかの3つのように簡単に考えることはできません。そもそも4つの原因で最も取り扱いの難しいのがこの形相因です。形相とは「まさにそれがそれであるところのもの」です。
前回は「椅子」の例を挙げてその形相は「人が座る道具」であるとしました。材質やデザインなどさまざまな椅子がありますが、すべて「人が座る道具」であるという点が椅子の本質として共通しています。形相がもし椅子の内部に含まれるものならどの部分に存在するのかばらばらに分解して調べても分かりません。そこでプラトンはイデア論を唱えました。椅子のイデアという目に見えないし触ることもできない何かがどこかにあって物質世界の椅子はその影にすぎない。アリストテレスはイデア論を認めず、たとえそのものを取り出すことができなくとも椅子の形をしているその中に存在すると考えました。
椅子の形相因の連鎖はどのように考えればよいのでしょう。アリストテレスの形相とプラトンのイデアは、どこに存在するかで意見が対立していますがそれが意味する内容はほとんど同じのように思います。ちなみにプラトンの「国家」によると椅子のイデアは1つしかありません。「国家」ではイデアは神がつくるものであると主張されています。
「もし神が二つだけでもお作りになるとするならば、そこにふたたび一なる椅子が新たに現れてきて、それの(椅子としての)相を、先の二つの椅子はともに貰い受けて持っていることになるだろう。そして、この新たな一つの椅子こそが(まさに椅子であるところのもの)であることになり、先の二つはそうでないことになるだろう」(プラトン「国家」藤沢令夫訳、岩波書店。
形相もイデアと同様と考えれば椅子の第1形相因はこのただ1つしかない椅子の形相です。例えば目の前にソファや丸椅子があるなら、椅子の第1形相因を「貰い受けた」ソファや丸いすの設計がその形相因です。ちなみに形相はオブジェクト指向のクラスと考えると、この「相を貰い受ける」という表現はクラスの継承の概念とちょうどマッチしますね。
椅子の形相因の連鎖:椅子の第1形相因→個別の椅子の設計
初めに挙げた大阪城の形相因の連鎖も同様に、城に共通の基本設計(城のパターン)の「相を貰い受ける」という考え方ができます。
大阪城の形相因の連鎖:城の基本パターン→大阪城固有の設計
次に情報システムの例で考えてみましょう。情報システムの形相因は設計です。例えば、受注システム、経理システム、人事システムなどの基幹業務システムならそれらそれぞれ固有の設計がそれぞれの形相因です。情報システムのイデアは何かちょっとイメージしづらいです。椅子とは異なった考え方を試みます。
基幹システムの設計はまず業務プロセスの分析から始めます。人が手作業で行っている繰り返し作業をシステム化することが第一歩です。従って情報システムの設計は業務プロセスの「相を貰い受ける」と考えることができます。この業務プロセスはさらにビジネスモデルから導かれます。
情報システムの形相因の連鎖:ビジネスモデル→業務プロセス→情報システムの設計
最後にビジネスの原因を前回の情報システムの原因と関連付けてまとめてみましょう。情報システムの原因はビジネスからの原因連鎖として導かれます。素材を表す質量因を除き、目的因・始動因・形相因の3つはすべてビジネスからトレースされるべきものです(図3)。
今回はアリストテレスの4原因説の応用について考えました。いろいろと応用ができそうですね。このように2000年以上前の考え方が現代でも実にうまくあてはめられることにあらためて驚きます。プラトン、アリストテレスの真理は普遍なものです。
次回は少し話題を変えて河合式モデリングなるものをご紹介したいと思います。名前を付けるほどのものではありませんが、オブジェクト指向の特徴であり同時にオブジェクト指向を分かりにくくしている「何でもオブジェクト」の問題についてあらためて考えてみたいと思います。物を表すオブジェクトと事象を表すオブジェクトを区別するとオブジェクト指向は理解しやすくなると思います。この事象は物と物との関連クラスで表すことができます。以下次号……。
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