告白されるも決断できず。そして、転勤で……(第11話)目指せ!シスアドの達人(11)(2/3 ページ)

» 2006年04月20日 12時00分 公開
[大空ひろし,@IT]

坂口、異例の本社栄転

 先の見えない不安から立ち直れない谷田は、翌日から会社を休んでしまう。坂口はとても心配するがなすすべがない。

 そして、坂口に辞令が出ることが正式に決定し、坂口は浜崎に呼ばれた。親会社への出向だ。グループ全体の経営計画を基にした業務効率化を最終目的とするプロジェクトメンバーの一員としてである。

 坂口を選んだのはもちろん、先日本社の副社長へ栄転した西田だが、そのほかのメンバーも、サンドラフト本体をはじめとして、関係会社からそれぞれ主立った者が選抜されているそうだ。情報システムを担務している者や、坂口同様シスアド資格保持者など、さまざまらしい。そこは、西田の手腕が発揮されるところだろう。

プロジェクトの目的は、グループ全体の経営計画を基にした業務の効率化だが、西田はグループ全体の総合物流システムだけを考えているわけではない。西田の頭に中には、グループ全体の業務再編も考えた、それこそトータルな機構改革のイメージが出来上がっている。現状は親会社や子会社といえども別組織であるため、同じような業務を担当していることもままある。

 従来のグループという概念を取り払い、将来的には、業務種別の事業体を編成することも視野に入れているのだ。そして辞令交付当日、3日後に坂口の壮行会を行う日程が決まった。坂口の辞令を聞いた水元は、早速谷田にメールを送ることにした。

大変!! 坂口さん、親会社に出向だって!! (*_*)

 そのメールを見た谷田はすぐさま水元に電話を掛け、事の詳細を聞いた。水元は、壮行会の日程と、坂口が谷田のことをとても心配していることを伝えた。電話を切ると、谷田は机の脇にある鏡に映る自分を見つめた。

「坂口さん、どんどん遠くへ行っちゃうのかな? それに比べて私はいったい、何をしてうるんだろ?」

谷田は乱れた髪を束ねると、閉め切っていたカーテンを大きく開けた。1人ふさぎ込んでいることが坂口を苦しめることになると悟り、坂口の栄転を心から祝福することが、いまの自分にできる精いっぱいの努力だと思ったのだ。良い方向に考えれば、坂口のいう「自分自身に自信を持てるようになりたい」という目標を果たすためには、この出向は絶好のチャンスでもある。谷田は水元に数日会社を休むことと、壮行会には行けるように頑張ることをメールで伝えた。

 頭ではそう思ってみたものの、気持ちの整理などまだついていない。やっと理想の人が見つかったというのに、その人からはどちらともつかない返事しか返ってこなかった。坂口が自分のことを嫌ってはいないことは分かったが、坂口の「自分自身に自信を持てるようになりたい」という条件は、いつになったら実現するのか不透明だ。2カ月後かもしれないし、数年後かもしれない。もしかしたら、「体のいい断り文句じゃないの?」とさえ思ってしまう。こんな精神状態で期限も設けずに待つことが、果たして自分にはできるのだろうか。会社を休んで1人そんなことを考えていると、ますます落ち込むばかりだ。

 「これではいけない」と考えながら、坂口にシスアド試験の個人指導をお願いしたことをふと思い出し、試験のことを真剣に考えることにした。そして、心の苦い思いとは裏腹に、少しの時間は坂口を独占できることをうれしく思い、もう少し頑張ってみよう……と考え直した。

 しかし、これからもずーーっと坂口と一緒にいたい。谷田は、自分の心をこのとき初めて知るのであった。坂口について当分の間、勉強してみよう……。そう思うと、少しは気持ちが晴れそうだった。そして、今度こそ……、坂口がはっきりとYESといいたくなるような女性にならないと……。

 彼を振り向かせるには、いまの自分を抜け出すしかない。心機一転、もう1度頑張ってみよう……きっと、振り返らせてみせる。

 そして、壮行会当日。

 姿を見せない谷田を壮行会に参加しているみんなが心配していたが、お開きの時間が来た。坂口は、真っ先に店を出た。そのとき、人込みの中から谷田が小走りでこちらに向かってくるのが見えた。谷田は、髪をショートにしていた。シンプルなグレーのワンピースが似合う髪形だ。そして、いつもと変わらない笑顔を坂口に見せた。

谷田 「坂口さん、本社に出向ですって!? 向こうに行っても頑張ってくださいね。応援してます」

坂口 「ありがとう……。やっぱり谷田さんはとても優しいね」

 谷田は、坂口が自分のことを「優しい」といってくれたことが心の底からうれしく、癒される思いだった。一方の坂口は、ショートヘアが大好きなことを黙っていた。

坂口 「この間はゴメン」

谷田 「ううん、もう大丈夫。坂口さんの元気な顔を見て、私も元気になりました」

 明るく振る舞う谷田を見て、坂口も心が吹っ切れていくのを感じた。そこへ、酔っ払った浜崎課長やそれを介抱する椎名、水元らが店から出てきた。

谷田 「皆さん、こんばんは。いろいろご心配をお駆けしました!」

水元 「元気だった?」

谷田 「もう、大丈夫」

浜崎 「おお!! 谷田やないか。よう来たよう来た! 何かあったのか?」

水元 「いえいえ、何も。風邪をひいて休んだだけでーす!」

浜崎 「おお、そうか。じゃみんなで二次会に行くで! えっなんでおまえが理由をいうとんじゃ、水元!」

 浜崎の勢いにのまれていく2人。久々に全員集合した営業1課メンバーは、二次会へと向かった。

 酒に酔った浜崎であったが、意識はしっかりしていた。坂口がここに来てから、まだ1年だ。だが営業1課の様子はいままでと違ってきている。酒の席でも、誰も愚痴をいう人がいなくなった。昔は酒の席といえば、大方は愚痴の連続だった。1年しかいなかったが、それは坂口の影響力だろうと考えた。そして、風が吹くかのごとく親会社に栄転だ。彼がいなくなった後の酒の席は、また愚痴の連続に戻るのか、いや多分そんなことはないだろう。

 それなりに課の雰囲気が良くなってきている。プロジェクトを通して出来上がったのは新しいシステムだけではなく、こういったチームワークが強力になったことも実感した。坂口の上司として、仙台時代の業務成績のみならず、学生時代の成績や入社試験の様子などもそれなりに調べたが、坂口がなぜこの会社に入社したのか不思議だった。彼の実力なら親会社どころか、ほかの一流会社だって突破できただろうに。だが結局はここに来て、その実力が出てきたということだ。

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