いつもの勉強会の部屋にあるパソコンの前に、メンバーが集まっていた。
福山 「さあ、見るぞ!」
伊東 「ごくっ。……」
深田 「早く、早く!」
谷田 「緊張しますね」
今日は初級シスアドの合格者の受験番号がホームページに掲載される日である。せっかく勉強会で頑張ったのだから、みんなで見ようということで集まったのだ。
谷田 「そういえば、坂口さんは今日もいないんですね」
伊東 「すいません。どうしても、調べておきたいことがあるといって、『お前だけで行ってこい』といわれたんです。でも、合格祝いには必ず参加するからといってましたから遅れてくると思いますよ」
まるで、自分だけ楽しているかのように思われないようにと、懸命に言い訳する伊東だった。谷田は少しがっかりしたが後から来るのだと自分にいい聞かせて、合格者の受験番号が掲載してあるページをこぞき込んだ。
深田 「あった?! やったぁー!」
福山 「特訓の成果が出たな!」
松下 「何よ。それ!」
深田 「えへっ、週末に福山さんの家で、特別講習を受けてたんですぅ?」
松下 「ふ?ん、わざわざ家でねぇ……」
福山 「いやっ、勉強だけですから、勉強だけ!」
松下 「否定するところがますます怪しいなぁ……」
深田と福山は思わず目を合わせると顔を赤くしながらも、そ知らぬ顔をした。伊東はうらやましそうに見ている。谷田も坂口がいないことに寂しさを感じながらも自分の番号を探した。
谷田 「私のもあったわ!! うれしい!」
松下 「良かったわね。頑張ったかいがあったわ」
谷田 「松下さんのアドバイスが良かったんです。メールでの質問にも丁寧に答えてくださったんで。ありがとうございます!」
松下 「そりゃ、後輩の面倒はしっかり見ないとね」
深田と福山、谷田と松下がそれぞれ喜びを分かち合っているときに、伊東はまだ自分の番号を懸命に探していた。
伊東 「僕のは、えーっと、えーっと……ない……」
深田 「うっそー! 伊東さん、本当にないの?」
伊東 「は、はい。な、ないです。すいません……」
落ちたショックもあるが、せっかく指導してくれたメンバーに申し訳ない気持ちでいっぱいの伊東は顔面が真っ青になっていた。
谷田 「伊東さん、大丈夫?」
伊東 「はっ、はい、大丈夫でしゅ! も、申し訳ありません!!」
しかし、顔は真っ青で体は震え始め、決して大丈夫そうには見えなかった。
福山 「ちょっと、そこのお茶でも飲んで。深呼吸しろ!」
伊東 「はっ、はい」
ペットボトルのお茶を一気飲みし、深呼吸をしようとして逆にむせる伊東。慌てて、背中をさする谷田。
谷田 「大丈夫ですか。落ち着いてくださいね」
伊東 「すっ、すいません」
こんなときに坂口がいてくれたら何ていうんだろう。伊東が少し落ち着いたのを確認すると谷田は坂口に電話をかけた。
坂口 「はい、坂口です」
谷田 「お忙しいところ、すいません。今日は来られそうですか?」
坂口 「う?ん、ちょっと難しいかな。なんとか夜の部にはちょっとでも顔出せるようにするつもりだけど」
谷田 「そうですか。少しでも早く来てくださいね」
坂口 「分かった。あっ、ごめん。内線が入ったんで」
というといきなり電話が切れた。谷田はそばにいてもらえない寂しさで合格のうれしさは消えていた。
松下 「坂口、どうだって?」
谷田 「夜の部にはなんとか顔出すようにするっていってました」
松下 「う?ん、無理だろうね?。あの仕事バカは。1回のめり込むと大事なことも忘れてしまうからねぇ」
谷田 「そうでしょうか」
谷田の顔はさらに曇った。伊東は落ち着いたがすっかりしょぼくれて、隅の方で固まっていた。谷田はふっと頭を軽く振ると伊東に近づいた。
谷田 「伊東さん。せっかくですから食事に行きましょう」
伊東 「いや、僕は落ちた身ですから、辞退します」
谷田 「そんなこといわずに、行きましょう。食べると元気になりますよ!」
伊東 「でも……」
松下 「う?ん、じれったいなぁ。分かった。分かった。坂口も参加が難しそうだっていうから、今日はナシ。坂口の発表後でまとめてやることにしよう。いいね」
深田 「えっ?。せっかく合格したのにぃ」
福山 「よし、俺が祝ってあげるよ。みんなとは次回ということで」
深田 「2人っきり? それならいいけど」
松下 「はい、はい。そこの2人。とっとと退場。私も帰るよ。谷田はどうするの?」
谷田 「えっ、私は、伊東さんが心配だし、坂口さんも顔出すっていってたので、食事に行きます」
松下 「そっ、分かった。じゃ、伊東のことはよろしくね。伊東、半年後にリベンジすればいいんだから。そんなに落ち込まないの」
伊東 「すっ、すいません。坂口さん来るのかな? 何ていって謝ればいいんだろう」
坂口への言い訳で頭がパニック状態になる伊東。そんな伊東を、あきれながらも松下がフォローをした。
松下 「そもそも、伊東が落ちたのは坂口の監督不行き届きにも責任があるよ」
伊東 「そんなことはないです。ぼくの勉強不足です!」
松下 「まっ、ともかく谷田と食事したら気分転換できるよ」
伊東 「あっ、そうか、谷田さんと2人で食事」
伊東は別の意味でまた倒れそうになった。一方、坂口の内線は天海からだった。
天海 「プロジェクトの進ちょく状況はどうなの?」
坂口 「八島さんの提案でプラットフォームとモジュールに分離して部分リリースを可能にする方向で進めようとしています」
天海 「よく分からないけど、少しは前に進めてるの?」
坂口 「いえ、まだ案の段階なので何とも……」
天海 「いつもの坂口くんらしくないわね。分かった。30分後にロビーに集合。詳しい話はそれから聞くわ」
坂口 「えっ、予定があるんですが」
天海 「これは業務命令よ。夕食おごるから付き合いなさい」
坂口 「はぁ分かりました。僕も少し相談したいこともあるので。では30分後ロビーに向かいます」
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