「IT人材不足」をどう乗り越えるか?CIO、もの申す(3)(2/2 ページ)

» 2007年07月09日 12時00分 公開
[佐藤 良彦,@IT]
前のページへ 1|2       

IT人材不足の発生原因

 このようなIT人材難は、どうして発生したのでしょうか? さまざまな要因が考えられるでしょうが、小生はあのバブルのころのIT業界、特にSIerの経営に遠因があると考えています。

 小生はちょうどバブルのころ、大手銀行の国際業務企画本部の情報システム部門で大規模なITプロジェクトに参加していました。ユーザー企業にいたので、このころのSIerの台所事情を詳しく知っているわけではありませんが、ユーザー側のプロジェクトマネージャの視点でSIerの動きを考察してみると、次のように推察されます。

 SIerにおけるITプロジェクトは、生産工場の組み立てラインのように開発工程を分割(分断)して、各工程に必要な人員を必要な範囲に限定して配置します。人員がそのプロジェクトでの役目を終えれば(プロジェクト全体が終わっていなくても)、次のプロジェクトの同じような工程で同じような仕事をこなします。このように、次々とプロジェクトを移っていく──、そんなITエンジニアのローテーションが行われていたように記憶しています。これがバブル期(そしてその後も)に何年も続きました。

 経営的に見れば、限られた人的リソース(ITエンジニア)を効率的に多くのプロジェクトで使い回すことで、利益や売り上げが最大化されます。潤沢な開発需要を背景にした人海戦術的事業展開(プログラミング領域での大量雇用・大量投入)──、これこそが今日のIT人材難の根本原因なのだと考えています。

 なぜ、それが根本原因なのかと疑問をお持ちになる方もいらっしゃるかもしれませんので、もう少し説明しておきましょう。

 いま、IT業界(情報システム部門も含む)で不足しているのは、間違いなく上流工程の人材です。プログラミング領域の人材は豊富に存在します。従来であれば、この人たちが上流工程人材になりました。もともとのSI業界におけるスタンダードなキャリアパスは、オペレータに始まり、続いてプログラマ、そしてSE、プロジェクトリーダー、プロジェクトマネージャというように“出世”するのが一般的でした。おのおのの職域でじっくりと経験を積み、一歩一歩、上流を目指して“コイの滝登り”をしていくわけです。

図3 IT人材のキャリアパス

IT人材戦略を描け

 このキャリアパスに関して、確かにその良しあしに議論の余地はあります。しかしそうしたあるべき論とは別に、現実問題としてバブル期/バブル崩壊期にこのキャリアパスが崩れ、エンジニアたちがある1つの領域でしか経験を積むことができなくなってしまったのも事実です。

 特にバブル崩壊後のいわゆる「失われた10年」の時期は、PCの普及とインターネット系技術の登場が重なり、IT業界の階層構造化(元請け企業がプロジェクトマネジメントを、下請け企業がコーディングを行う)が進みました。さほど、大きな会社でなくてもプログラミングやネットワーク構築が行えるようになったからです。このため、各社に所属するITエンジニアはそこに在籍したままでは、さまざまな経験をすることが難しくなります。

 企業の情報システムは、多様な要素からなる複雑なシステムです。特定の領域しか知らない人間では、バランスの取れた全体像を描くことはできません。例えば、ITアーキテクトがNW(ネットワーク)もDB(データベース)もAP(アプリケーション)も、すべて一通りの知識と経験を持っていなければ、個々の案件にふさわしいアーキテクチャを描くことはできないでしょう。プロジェクトマネージャがインフラには強いが、AP開発については経験が乏しいとなると、そのプロジェクトの運営は難しいものになります。

 エンジニア個人においても、人生設計的な意味でのキャリアパスに対する戦略は必要だと思いますが、経営的視点で見れば、企業内部に持つべきリソースと外部から調達すべきリソースの別を明らかにし、経営戦略と人材戦略を結び付けて内部人材のキャリアパスを計画して、それを地道に実行していくことが極めて重要です。現在、SIerなどではこの点を考慮した施策が活発に行われています。

 IT技術の進展に伴って、いまシステム開発の方法などに変動があり、SIの世界が変わりつつあります。IT分野で日本発の斬新なイノベーションがなかなか生み出せない中、従来型のSI的ビジネス(単なるシステムの組み立て)は今後、間違いなく中国やインドに奪われてしまうでしょう。大げさかもしれませんが、日本のITエンジニアの大失業時代が近い将来やって来るかもしれません。

 現在の日本は、ITエンジニアが開発プロセスの中流から下流工程のエリアに人口集中している状況です。この状況で、どうやって国としてのIT能力の空洞化を防ぎ、国際競争力を高めていくのでしょうか? ITエンジニア個々人は、狭い日本のIT業界での日々の業務におぼれることなく、自分自身のキャリアパスを見詰め直すことが大切でしょう。他方、システム開発会社や情報システム部門は、IT人材戦略に企業の存亡が掛かっていることに早く気付き、準備を進めるべきだと考えます。

この記事に対するご意見をお寄せください  managemail@atmarkit.co.jp


筆者プロフィール

佐藤 良彦(さとう よしひこ)

1965年生まれ。日本工業大学大学院 技術経営研究科(MOTコース)修士課程修了。 日本興業銀行(現みずほコーポレート銀行)の情報システム部門および国際業務企画部門にて国内・海外の基幹系、情報系システムの企画・開発・運用において大小さまざまなITプロジェクトに携わる。その後、デロイト・トーマツ・コンサルティング(現アビームコンサルティング)などで、新規事業や新規事業部門の立ち上げ、IT企業の再生、大型BPRプロジェクトなどの案件を手掛ける。また、IT教育ベンダ最大手のグローバルナレッジ・ネットワークで、IT戦略系、プロジェクトマネジメント系のコンサルタントや講師としても活躍の実績がある。現在は、某インターネットポータルサイト運営企業において、情報システム本部長を務める一方、高度IT人材の育成や、技術経営(MOT)の普及のために、2007年4月から母校である日本工業大学大学院技術経営研究科(MOTコース)の客員教授も兼任。


前のページへ 1|2       

Copyright © ITmedia, Inc. All Rights Reserved.

注目のテーマ