全社の営業マインドを変えたERP中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(1)(2/2 ページ)

» 2009年09月10日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
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組織の“一体感”が向上、受注達成率が1割アップ!

 さて、以上のように、ERP導入に伴い、「業務改革に生かす」ための機能を用意したA社ですが、情報システム担当者には懸念事項が残っていました。それは「現場の営業スタッフに、きちんとデータを入力してもらえるか」ということです。せっかくリアルタイムの受注実績を集計できる機能があっても、営業スタッフがこれまで同様、月末にまとめて入力するのでは、まったく意味がありません。

 情報システム担当者は“システムと業務のギャップ”を作らないよう、「業務プロセスを全社的に変更する必要がある」と考えます。引き続き事例に戻りましょう。

事例:中堅専門商社A社の“トップの行動を変えた1つの画面”〜プロセス整備編〜

 この仕組みを社長や役員らは非常に喜んだ。その反応を見て、情報システム担当者もひとまず安堵したが、まだ懸念事項は残っていた。それは「営業スタッフに、きちんとデータを入力してもらえるか」ということである。

 そこで、情報システム担当者は、「業務プロセスの変更を全社に指示してほしい」と社長に上申した。これまで月末に行っていた販売管理システムへの入力作業を、受注が確定した時点で入力するよう変更し、これを徹底させるためにはトップダウンで進めるしかないと判断したのである。

 しかしERPを稼働させてみると、この心配はあっけなく解消した。リアルタイムの受注状況を随時チェックできるようになった社長が、受注実績が伸びない部門に対して、直接状況報告を求めるようになったためである。結局、入力したデータが即時反映されるため、入力していない部門は達成率が低いままとなり、非常に目立ってしまうのであった。

 また、受注状況一覧レポート機能は各営業部門長も利用できる。すなわち、途中経過が“見える”ようになったため、これまでは月末までに帳尻を合わせればよかったものが、締めが済んだばかりの月初も含めて、各営業スタッフは常に気を抜けなくなった。これが日々のデータ入力を促すとともに、よい意味での刺激につながったのである。

 予想外の効果もあった。月の後半に入っても達成率が低い部門の顧客に対して、社長も含めた役員らが営業スタッフに同行して、トップセリングを行うようになったのである。最新の受注状況を見て各部門長の状況報告を受ければ、受注が滞っている案件をすぐに発見できる。いわば、成績が伸び悩んでいる原因を社長や役員が常に把握できることが、積極的な行動につながったのであった。

 取引先も社長が直々に営業活動することに対して悪い感情を持つことはなかった。むしろ昔話に花が咲いて、計画以上に受注をもらえることも少なくなかった。もちろん受注できない場合もあったが、失注理由を社長も理解しているため、営業部門長や営業スタッフは余計な言い訳も不要であった。さらに、営業担当者には直接的に言いにくいような要望も取引先の方から切り出してくれるなど、腹を割った話をする機会も増えた。疎遠になっていた取引先との復縁にも大いに寄与することとなった。

 これにより、A社は受注計画に対する達成率が10%以上向上した。また、全体のうち約半数の案件で、見積もりを提出してから回答をもらうまでの時間が短くなり、業務のスピードも向上するなど、狙い以上の“業務改革”を果たしたのであった。


 以上のように、ERPシステム導入によって、A社は社長以下全社員の営業活動が変わりました。見えなかった情報が見えるようになったことで、トップと現場が危機感を共有できるようになり、同じ目的に向けて一体となって行動するスタンスが生まれたのです。ちなみに、A社はこの後、CRMシステムを導入してERPと連携、営業支援情報をよりきめ細かく共有することで、さらなる好成績を挙げています。

「ERPでビジネスをどう変えるのか」、まずは目的を明確に

 さて、この事例には3つのポイントがあります。1つ目はERPの導入目的を明確化していたことです。いうまでもなく、ERPの導入で目指すべきは「無事に導入すること」ではなく、「導入によって、これまでの行動をよい方向に変えること」です。A社の場合、「老朽化した既存システムをERPに置き換えるとともに、業務改革に役立てて実績向上につなげたい」というビジョンをきちんと持っていました。

 2つ目はERPならではの機能に着目したことです。ERPは複数の業務処理機能を持つ統合システムであり、「他部門の情報を、きめ細かく共有できる」というメリットがあります。だからこそ、ERPは“全社の状況を把握できる、経営管理に有効な仕組み”として認知されているのです。A社はそこに注目して、業務改革の実現手段として、経営層と管理層の情報共有体制を築きました。

 そして3つ目は、業務とシステムのギャップに配慮したことです。いくら高機能なシステムを作っても、使ってもらえなければ意味がありません。システムを導入する際には、きちんとシステムが機能するよう業務プロセスを整備することも大切です。

 とはいえ、今回の事例で最も大切なのはやはり1つ目、目的意識でしょう。既存システムを置き換えることも目的ですが、見える化の仕組みを作るにしても、「社長や役員、各営業部門長にデータを見せ、営業活動の正確な見通しを立て、適確な活動につなげよう」と最初から狙っていました。

 つまり、 「業務改革」という大目標に基づき、「見えていなかった数値データを誰に見せるのか」「それによって、誰の行動を、どう変えるのか」という目的を明確に想定していたのです。予想を上回る成果も、まず明確な目的があり、ERPの機能を知り、その実現のための手段としてERPの機能をうまく位置付けたからこそ、得られたものといえるでしょう。

 多くのERP導入プロジェクトで見受けられる“勘違い”は、「ERPを稼動させることが目的」と思い込んでいることです。特にベンダやSIerはERPが稼動しさえすれば「プロジェクトは成功した」と考えます。しかし、それはただ「導入した」に過ぎません。導入によって、ビジネスに好ましい変化がもたらされない限り、「成功」とはいえないのです。

 ぜひ皆さんも、なぜウチはERPを導入する(した)のか、それによって何をどう変えたい(変えたかった)のか、あらためて確認してみてください。そのうえで、目的の実現ために、ベンダやSIerと一緒にERPならではの機能をどう生かせるのかを考えてみてください。

 少なくとも「従来システムと同じ機能が実現できればよい」とか、「ITコストが削減できればよい」といった漠然とした考えでは、コストに見合う導入効果は期待できません。また、ベンダやSIerの提案を待っているだけでも、A社のようなアイデアは決して得られません。ユーザー企業側が「何をしたいのか」を明確にし、一緒に考えることが大切なのです。

Profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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