毒にも薬にもなるERPの“ベストプラクティス”中堅・中小企業のためのERP徹底活用術(2)(2/2 ページ)

» 2009年10月15日 12時00分 公開
[鍋野 敬一郎,@IT]
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自社の強みまで変更してしまったB社

 以上のように、“ベストプラクティス”である業務プロセスに変更することで、大幅な効率化を見込んでいたB社ですが、まったく予期しなかった事態に見舞われることになりました。

 もちろん原因は業務プロセスを変更したことですが、顧客からのクレームは、皮肉にもB社が信頼を勝ち得ていた要因を明らかにするものでした。つまり、B社はベストプラクティスという言葉をうのみにしたばかりに、自社の強みまで変更しまったのです。

 では、顧客がB社に寄せていた信頼とはどのようなものだったのでしょうか? 引き続き事例に戻りましょう。

事例:中堅製造業B社の「顧客の信頼を裏切った“ベストプラクティス”」〜後編〜

 続々と届いたクレームとは、次のようなものであった。「これまで製品の納期は1週間だったのに、いきなり2週間もかかるようになったのはなぜだ?」「これまで一括納品された製品が、分納でなければ対応できないというのはどういうことだ?」「納期回答が正確になったのはいいが、以前ならば緊急発注の場合、2日で納品してくれた。それがなぜ2倍の4日もかかるようになったんだ?」

 クレームは納品に関するものが中心だった。しかも、全顧客のうち実に3割――それも付き合いの古い重要な顧客ばかり――から苦情が寄せられたのである。

 これを受けて、B社は急きょ原因調査を行った。すると、長年付き合いがある顧客については、営業担当者の配慮によって優先的に納品したり、取引先の状況を先読みして事前に生産手配を行い、在庫の積み増しをしたり、といった工夫を施していたことが分かった。

 ところが、こうした商習慣がERP導入によってリセットされ、大手メーカーと同様に、「受注データに基づき、すべての取引先を対等に扱う」という考え方が適用されてしまった。これがB社が長年かけて築いてきた商習慣と信頼関係を崩してしまったのである。

 営業部門でもできるだけの対処はしようと考えた。しかし、「在庫水準を最小限に抑える」ことを目的としたERPの機能と新しい業務プロセスによって、個人の判断でできていた柔軟な納品指示や生産手配は、もはや不可能であった。

 B社が参考にした導入事例は、世界規模の大手メーカーのものである。すなわち、取引先より優位な関係であったからこそ、こうした取引形態が“ベストプラクティス”となり得たといえる。しかし中堅メーカーの場合、取引先との関係は大手のそれとはまったく異なる。結果、積み上げてきた評判に傷を付ける事態にまで発展してしまったのだった。


 このERP導入により、生産性、収益性、コストダウンといった課題については高い効果を得ることができました。しかし、それと引き換えに、顧客からの評判、信頼という企業にとって最も大切な要素については、期待とは逆の結果を出すことになってしまったのです。

 結局、B社はクレームのあった各主要顧客に丁重にお詫びをするとともに、「在庫水準を最小限にする」という方針を見直しました。また、特に付き合いの長い重要取引先に対しては、在庫情報や生産に必要なリードタイムなどの情報を開示して、納期に対する理解を求めるなど、慎重に関係修復に努めたそうです。

他社にとっては“薬”でも、自社には“毒”になることもある

 大企業や先進的な同業者の事例を、“ベストプラクティス”という言葉とともに紹介されると、大半の企業は「ぜひ自社でも」と考えます。説得力もロジックもしっかりしていますし、それは当然の反応です。

 ただ、常に念頭に置いておきたいのは、「自社とは異なる業務環境にある他社の事例である」ということです。この重要な事実を意識の外に追いやってしまいがちなのが、この言葉の怖いところです。B社のケースでは、自社の非を認めて、迅速に誠意ある対応を行ったことで事態を収拾できました。しかし“ベストプラクティス”という言葉を疑わず、対応が遅れていれば、深刻な事態に陥る可能性もありました。

 多くのベンダは、「コスト削減」「在庫水準の最小化・最適化」「受注ベースの生産計画、生産管理による余剰在庫の削減」といった提案を行います。もちろん、どれも重要なテーマですし、学ぶべき部分も多く含まれています。ただ、それらの実現方法として提示される他社の成功事例が「自社に100%適合する」ことは極めてまれです。「あり得ない」といってもよいでしょう。ERPに限らず、実際にIT関連製品を導入するうえでは、必ず自社の環境に応じた独自の判断、見極めが必要となるのです。

メリットとリスクは紙一重

 中堅・中小企業では、ベンダにERP導入を丸投げするケースが数多く見受けられます。しかし、「ITシステムのことはベンダに任せておけば大丈夫」という軽い気持ちがのちのち致命的な失敗を招くことになります。ベンダはシステム構築には長けていますが、ユーザー企業の状況や特徴などを深く理解しているわけではありません。従って、そのまま任せ切りにしておくと、他社の成功事例を“そのまま”適用してしまい、失敗するケースが生じるというわけです。

 今回の事例も、ERPパッケージのベストプラクティスを過信し、自社の環境や強みをかえりみず“そのまま”導入してしまったことによる失敗です。他社の事例から自社に有効な要素を取り入れることは積極的に行うべきですが、「どの要素を、どのような形で採用するか」具体的な導入イメージを検討し、判断を下すのは、ベンダや社外コンサルタントではなく、自社であるべきです。

 変更にリスクは付き物です。「自社が置かれている環境」「自社ならではの強み」「ERPを導入することによる社内外への影響」などについて、経営層や現場に詳しい各部門長など、全関係者が議論し、慎重に決める必要があります。ERPの導入を検討する際は、「メリットとリスクは紙一重」だということを常に念頭に置いておいてください。

Profile

鍋野 敬一郎(なべの けいいちろう)

1989年に同志社大学工学部化学工学科(生化学研究室)卒業後、米国大手総合化学会社デュポン社の日本法人へ入社。農業用製品事業部に所属し事業部のマーケティング・広報を担当。1998年にERPベンダ最大手SAP社の日本法人SAPジャパンに転職し、マーケティング担当、広報担当、プリセールスコンサルタントを経験。アライアンス本部にて担当マネージャーとしてmySAP All-in-Oneソリューション(ERP導入テンプレート)を立ち上げた。2003年にSAPジャパンを退社し、現在はコンサルタントとしてERPの導入支援・提案活動に従事する。またERPやBPM、CPMなどのマーケティングやセミナー活動を行い、最近ではテクノブレーン株式会社が主催するキャリアラボラトリーでIT関連のセミナー講師も務める。


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