ベスト16に残ったサッカー日本代表の問題解決力(1/3 ページ)

2010年6月11日から1カ月間にわたって南アフリカ共和国で開催された2010 FIFAワールドカップ。ベスト16に残ったサッカー日本代表は「問題解決」や「業務改善」という点でも多大な示唆を与えてくれた――今回は連載「プロが教える業務改善のツボ」でおなじみの松浦剛志氏が、氏のコンサルティング業務のパートナーである田代真広氏とともに、サッカー経験者、業務改善コンサルタントという2つの視点から、サッカー日本代表に見る問題解決力のツボを分析する。

» 2010年08月25日 12時00分 公開
[松浦剛志(プロセス・ラボ), 田代真広(田代真広事務所),@IT]

トップ冥利に尽きる一言

 「出場している選手、していない選手関係なく、チームの勝利を前提にして、1人1人が何をするか考えて、動いてくれた」――

 これはサッカー日本代表 岡田武史監督による2010年7月4日の帰国記者会見での発言である。スポーツであれ、仕事であれ、チームを率いたことがある方、あるいは現在率いている方は、このような岡田監督の発言を聞いてどう思っただろうか。「トップ冥利に尽きる一言」と思ったのではないだろうか。その一方で、この言葉は「学ぶべき点が凝縮された一言」とも言える。

 今回は「プロが教える業務改善のツボ」の番外編として、学生時代をサッカーに明け暮れた私、松浦剛志が、東福岡高校ラグビー部出身でスポーツに造詣が深い業務改善コンサルティングのパートナー、田代真広とともに、日本中を沸かせたサッカー日本代表から問題解決のツボをひも解きたい。

 業務改善と問題解決の間に違和感のある方もいるかもしれないが、業務改善とは広義の問題解決の1部である。従って、業務改善について「問題解決」から学ぶべきことは非常に多いのである。

「問題解決が行える組織」が備えている4つの要素

 本論に入る前に、まず「問題解決とは何か」から確認しておこう。問題とは「あるべき姿(目標)と現状のギャップ」であり、問題解決とは「そのギャップを埋めること」である。

 そして「組織」が本来的に「目的の実現」というミッションを持ったものであり、その活動が日々、目的の実現の前に立ちはだかるさまざまな問題を解決していくものである以上、 組織の担う分野がサッカーであれ仕事であれ、「問題解決とは、日々の組織行動だ」と換言することができる。組織で働く個人に焦点を当てても、意識的、無意識的にかかわらず、「顧客満足のため」「売り上げ向上のため」「自分のスキルアップのため」など、問題解決のための行動を行っているはずだ。

 ただ、実際の組織活動においては、この問題解決がなかなか難しいものであることはご存じのとおりである。では、確実に「問題解決が行える組織」に備わっている要素とは何だろうか。私から見て、日本代表に備わっていた要素は次の4つである。

  1. 1人1人が主体的に動いている
  2. チームとして明確な共通の目標がある
  3. PDCAサイクルを回している
  4. 結果としてチームワークが機能している

 それではこれから、岡田JAPANが直面していた問題と、彼らが問題とどのように向き合い、解決していったのかを見ていくことで、皆さんに「仕事に生かせる問題解決の技術」について気付きを得てほしい。なお、本記事におけるサッカー日本代表に関する見解の一部は、あくまでも個人的見解に基づくものであることをご了承願いたい。

選手の主体性を重んじた1つの事件

 では早速本論に入ろう。まず筆者が目を引かれたのは、試合以前の段階での出来事である。2004年、ジーコJAPANの時代に、日本代表選手による「キャバクラ大騒ぎ事件」が起きた。メディアなどでも大々的に取り上げられていたのでご存じの方は多いだろう。そのとき、ジーコ監督は事件にかかわった選手を代表メンバーから外した。

 実は岡田JAPANにおいても、2009年11月、香港で行われたアジア杯予選の際、宿泊所から抜け出し、無断外出を行った選手がいた。日本代表選手の無断外泊については、懲罰規定はないものの、ジーコJAPANのときのように代表チームから厳しい処置が下されるケースもある。しかしながら岡田監督は、当該選手を日本代表メンバーから外すのではなく、「お前らで考えて決めろ」と選手たちの自主性に判断を任せた。

 結果として、選手たちが出した結論は「無罪」だった。当該事件を知らない海外組の選手たちには岡田監督自らが筆を取り、「許せないならそう言ってほしい」と1人1人に手紙を出して事実を知らせた。すると海外組の選手たちも、無断外出を行った選手たちを許した。この結果、選手全員が自ら考え判断を下したことで、事件の当事者には強く反省を促しながらも、チーム全体に与える影響を最小限に抑えつつ問題を処理することができたという。

 この岡田監督とジーコ監督の違いとは何か。それは「選手の主体性に任せるか否か」である。この事件を選手の視点から見ると、通常なら「岡田監督はどんな決断をするのだろうか?」となるが、判断を託された本事件の場合、選手たちは「彼らをどう対処しようか?」という思考になった。これらは、問題に向き合う姿勢として大きく異なる。

 ビジネスにおいても、似たようなシーンを経験したことがある人は少なくないだろう。例えば、部下が担当している顧客からクレームが入り、部下の代わりに問題を解決したなど。ことの重大さにもよるが、部下の問題を、上司が部下に代わって解決してばかりいると、なかなか部下は育たない。要するに、「上司が何とかしてくれるだろう」という気持ちが芽生え、主体性が育たないのである。

 それではなぜ主体性が必要なのか? それは、組織の問題解決力を高めるためには、1人1人の力を向上させる必要があるためである。もっと言えば、各人の力を伸ばすうえで不可欠な要素となる当事者意識を持たせることが何より大切なのだ。上記の事件は、そうした「組織における問題解決の基本」を強く示唆しているのである。

「W杯ではベスト4を目指す」――チームとしての明確な目標を持て

 ところで、岡田監督には「監督としてのスタンス」を変えたきっかけがあったという。チーム力アップのために、もともとは「選手1人1人を手取り足取り指導していくスタイル」を採っていたが、その指導方法では結果が伴わなかった。そこで「『勝つ』という目標を達成するために、選手の長所を組み合わせていく方法」を選択したのである。

 そう考えると、岡田監督のチーム作りは「チームの勝利のために」というスタンスが一貫している。今回の日本代表においては、監督経験から築いた「勝つ」という姿勢がチーム全体に浸透し、その具体的な目標として「ベスト4」が共通認識として掲げられていた。

 そして実際に、メディアに登場する選手の多くが「ベスト4を目指す」と口言していた。本田圭佑選手だけは「優勝を目指す」と言っていたものの、ベスト4以上という目標については、選手全員に共通認識として浸透していたようにうかがえた。インタビューやメディアによる報道から、ベスト16におけるパラグアイ戦敗退の受け止め方を見た限りでも、満足感よりも「目標達成ができなかった悔しさ」を感じていた選手がほとんどであった。

 スポーツにおいても仕事においても、目標は具体的である方が良い。目標と、指針や理念を表す「スローガン」を取り違えてはいけないのだ。例えば「チーム力アップ」「売り上げアップ」では、個々がイメージすることはバラバラになる。その結果、問題解決が進まないというのはよくあるケースだ。チーム力アップなら、何ができれば達成と見なすのか、売り上げアップならどのくらい売れば良いのか、あくまで具体的な目標を設定し、組織全員に浸透させる――これが問題解決の1つのコツなのである。

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