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» 2010年08月25日 12時00分 公開

ベスト16に残ったサッカー日本代表の問題解決力(2/3 ページ)

[松浦剛志(プロセス・ラボ), 田代真広(田代真広事務所),@IT]

サッカー日本代表でしっかりと機能していたPDCAサイクル

 先ほども触れたが、問題解決とは「あるべき姿(目標)と現状のギャップを埋めること」である。スポーツにおいても日常の仕事においてもそのギャップが1回で埋まるケースは少ない。大切なのは、少しずつでもそのギャップを埋めることである。

 そうした目標達成に向けて、不可欠な取り組みとなるのがPDCAサイクルを回すことである。今回の日本代表のケースで考えてみると、あるべき姿(目標)は「ベスト4」であり、その「目標達成のための計画」として戦術を練り、その戦術を浸透するために練習をした。そして実際に試合を行い、当初の目標と照らし合わせて結果を振り返り、必要な部分を改善していった。ここではその日本代表に、具体的なPDCAサイクルの在り方を学んでみよう。

 まずPDCAサイクルのP(計画)を見ると、サッカーチームに限らずどんな組織でも計画の変更は大なり小なり行うものであるが、今回の日本代表のケースにおける最も大きな計画変更は「大会直前の戦術変更」であったのではないだろうか。これは4月のセルビア戦と韓国戦で守備が崩壊し、「いまのままではベスト4達成が難しい」と考えたうえでの判断だった。

 変更内容の大きなポイントは、チームの軸を中村俊輔選手(以下、中村)から本田圭佑選手(以下、本田)に変えたことだろう。当初はそれまで代表チームの基軸であった両選手を共存させる方針だったようだが、中村のコンディションが上がってこなかったために本田中心のチームを構成したようである。

 しかし岡田監督にとっては、ここでフランス大会での苦い経験がよみがえったのであろう。大会直前で三浦和良選手をメンバーから外したことで、チーム内に動揺が走ったことである。そこで岡田監督は、今回も中心選手である中村を外すと周囲へ動揺を与える可能性があるため、「チーム内のバランスを取ることが得策である」と考え、その施策の1つとして、ゲームキャプテンに長谷部誠選手を指名した。指名の背景には「個性の強い本田を中心にしたチームにすると、本田自身が孤立する可能性が考えられる」「本田とも年齢が近く、かつドイツでも実績を挙げている長谷部選手ならベテラン選手からも一目を置かれている」ということがあったようだ。このゲームキャプテン変更の経緯は、岡田監督が「計画」以降の展開をしっかりと意識していた――すなわち、PDCAを意識していたがゆえの決断だったのだろうと思われる。

 戦術変更を行い、ゲームキャプテンを変更した日本代表は、PDCAサイクルの次段階であるD(実行)へ移行する。そしてワールドカップの開催地、南アフリカで本田をフォワードに据えた新体制で練習試合を行った結果、体制変更による新たな課題が発生した。このプロセスはPDCAサイクルのC(チェック)に当たる。

 その課題とは、「本田を1人フォワードに据えると前線からボールを追うのが難しく、両サイドに本田の守備力を補う選手が必要だ」ということである。これを受けて日本代表はPDCAサイクルのA(改善)の段階に入る。その課題を克服するために、守備力を補う選手として松井大輔選手と大久保嘉人選手を起用することにしたのである。

 その後の結果は、多くの方がテレビでご覧になったことであろう。カメルーン戦で「勝利」という成果が出たのである。

 また、1対0の僅差ながら、勝利という「結果」を得たことは大きかった。PDCAサイクルを有効に回していくためには「勝利(結果)」が必要なのである。というのも、P(計画)の段階ではそれが本当にうまくいくのかどうかは誰にも分からない。仕事においてもそうだが、チームの方針転換や体制変更にはリスクが伴うものであり、メンバーが本当にこれで良いのかと不安に感じることはよくある。今回の日本代表においても不安に思っていた選手は居ただろう。初戦で勝利という結果が出なければ、負のスパイラルに入り込んでしまう可能性も十分にあった。

 その点、結果や成果が出せれば、取り組んできたプロセスが「間違ったもの」ではなく「正しかったもの」として認められる。そして、結果が出たことで、「このリーダーに付いていけば間違いない」という意識が醸成され、チームがさらなるまとまりを見せる可能性もあるのである。

 ただ、今回の初戦の勝利は、それ以上の好影響を及ぼした。それは「サッカーファンの期待に応えた」ということである。大半のファンが望んでいるのは「良いゲーム」ではない。見たいのは「日本代表が勝利するシーン」なのである。その点、この「勝利」は、チームとしてのまとまりだけではなく、ファンをも“日本応援団”としてまとめ上げたといえる。日本代表とファンの関係は、企業と顧客の関係性に置き換えることもできよう。日本代表は、PDCAのあるべき姿をその試合を通じて見せてくれたのである。

PDCAサイクルを問題解決に生かすコツ

 なお、実際にPDCAサイクルを回すに当たっては、以上のようにPDCAの各プロセスを着実に踏んでいくことと、「結果」を出すこと以外にも2つのポイントがある。1点目は「PDCAサイクルにはサイズがある」ということだ。ここまでサッカー日本代表においてPDCAサイクルがどのように機能していたのかを見てきたが、これは日本代表が採ったPDCAの方法の1つに過ぎない。上記以外の部分でも、多くのPDCAサイクルが回っていたはずである。その1つが予選ラウンドのデンマーク戦だ。

 デンマーク戦では、それまでの2試合とは異なり、3人のボランチを置く「4-3-2-1」というシステムを起用していたという。しかし、ゲーム中に度重なるデンマークの攻撃に対応できていなかったため、遠藤保仁選手が「過去2試合のシステムに戻したい」と岡田監督に申し出た。それからチーム全体のバランスが良くなり、結果として勝利を得ることができたのだという。

 つまり、PDCAサイクルとは1つではないのである。「チームがベスト4を達成するため」の大きなPDCAサイクル、「目の前の1試合を勝利するため」の小さなPDCAサイクルが並存するのだ。仕事においても、プロジェクト単位のPDCAサイクル、フェイズごとのPDCAサイクル、そして日々のPDCAサイクルなど複数存在する。この点をしっかりと認識しておくことが大切である。なお、それぞれのPDCAサイクルを混同しないためには、各PDCAサイクルに対して「達成すべき目標は何か」を明確にしておくことが肝要だ。

 一方、ポイントの2点目は「PDCAサイクルは継続的に回していくことが大切」ということである。今回の日本代表の最終的な結果はベスト16であった。チームの目標が予選突破なら目標達成ということになるが、「ベスト4」という目標に照らし合わせると、チームの軸を中村から本田に変えた今回の戦術変更は「対処療法に過ぎなかった」という厳しい見方もできる。

 しかし、ここで思い起こしてほしいのが「問題解決とは何か」ということだ。それは「あるべき姿(目標)と現状のギャップを埋めること」である。もちろん今回の結果をどのように受け止めるかは1人1人の考え方にもよるが、1つ言えることは「完全ではないものの、ギャップが縮まった」ということである。

 1回でギャップを埋めることができればそれに越したことはないが、大切なのは「継続的に、少しずつそのギャップを縮めていく」ことなのである。大会前の親善試合での連敗した状況を考えると改善はされていると言って良いだろう。そして当事者が改善を実感できれば、前述のように、目標に向けてPDCAが継続的に回り出す可能性は大幅に高まる。こうした「継続的かつ着実に」ギャップを埋めるスタンスは、PDCAサイクル運用の鉄則なのだ。

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