卸売業の命はデータとニーズの“マッチング”にありIT担当者のための業務知識講座(3)(3/3 ページ)

» 2010年10月07日 12時00分 公開
[杉浦司,@IT]
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卸売業という組織の“使命”とは?

 では最後に、卸売業という業態の社会的意義を確認するために、「卸売業という組織の使命」についても考えておきましょう。まずは経済学者のM.ホールが唱えた「卸売機能原理」をご紹介します。

 卸売機能原理とは、流通において“卸売業者が介在する根拠”を示したものであり、「取引数量最小化の原理」と「不確実性プールの原理」があります。

 「取引数量最小化の原理」とは、卸売業者がメーカーと小売業者のハブとなることによって、市場における取引数が減少するというものです。一方、「不確実性プール原理」とは、卸売業者が複数の小売業者の在庫需要を束ねることによって、市場における在庫数が減少するというものです。簡単にまとめれば、卸売業者の存在理由は「不良在庫の削減」にあると言えます

 しかし前述のように、昨今は大規模な卸売業者やメーカー自身が、インターネットを使った電子商取引システムや、自前の物流センターを用意して、小売業者や消費者に対してダイレクトに販売する動きが活発化しています。つまり、「取引数量最小化の原理」と「不確実性プールの原理」そのものの重要性は変わらないにしても、「卸売業者による卸売機能原理」の存在感は低下しつつあるのです。

よりきめ細かな仕入支援とマッチングサービスが生き残りのキモ

 しかしこのような状況においても、「卸売業者による卸売機能原理」という“卸売業の原点”は、卸売業者が生き残るうえで、また、社会的な意義を果たすうえで、なお重要だと言うことができます。

 まず、小売業者の手前に立つ卸売業者は「リテールサポート」が重要な組織の使命であることは間違いありません。サプライチェーンの一連の流れにおいて、小売業者の川上に立つからこそ小売業者を支援することが可能なのであり、また同時に、小売業者の動向をつかめているからこそ、メーカーにとっても魅力があることになるのです。

 そして小売業者、メーカーの双方とも、そうした支援を求め続けています。そうしたマッチングをサービスとして受ければ、中小小売業者は大規模な小売業者に対応するために、特徴ある品揃えを実現することができます。一方で、卸売業者や中小小売業者の業績向上が自身の業績向上に結び付くメーカーにとっては、多種多様な中小小売業者における自社商品の販売動向を知ることで、消費者の行動傾向をつかんだり、広告宣伝や商品開発のヒントを得ることができます。つまり、川上と川下の“マッチング”は、卸売業にとって今後も欠かすことのできない重要な使命であり続けると言えるのです。

 さらに、卸売業者は上流と下流の情報を継続的に蓄積・分析し続けることによって、小売業者、メーカーに対して、より精密な仕入れ提案、供給提案を行えるようになります。これこそが、各卸売業者にとって自社の存在価値を支える重要な資産となっていくのです。

 卸売業者は、以上のような自社の立ち位置について、しっかりと自覚することが大切であり、ITシステムにも、そうしたデータやニーズのマッチングをサポートするための機能が強く求められるはずです。最後に卸売業の業務機能をまとめておきましょう。以下のように、大きく5つに整理することができます。

卸売業、5つの業務機能
商流機能 発注仕入業務と受注販売業務を通じて、メーカーから小売業者者までの商取引を連鎖させる
物流機能 複数のメーカーから集荷し、在庫(保管)、小分け、加工といった中間処理を経て、複数の小売業者に配送する
金融機能 後日支払いや手形払いといった与信処理だけでなく、在庫においては小売業者の仕入れを予測した品揃えが必要となるため、売れ残りのリスクも負担する
情報機能 小売業者には市場動向(売れ筋、死に筋など)や商品情報などを、メーカーには市場動向(地域、価格、数量、競合など)や店舗情報などを提供する
支援機能 小売業者に対してはリテールサポートとして仕入計画や商品陳列の提案を、メーカーには販売促進や増産/減産の提案を行う

 ただ、卸売業者が以上5つの業務機能を果たし、さらには「小売業者に対するリテールサポート」「メーカーと小売業者のマッチング」という大きな2つの使命を果たしていくためには、以下のような課題も存在します。

■不透明な商習慣

長期の掛け売りや決済期間の長い手形取引、メーカーが価格を決める建値制、販売支援金や販売促進費などの「目的や根拠があいまいないリベート」、抱き合わせ販売による「死に筋商品の押し付け」、無条件返品といった“不透明な商習慣”を解決していかなければ、小売業者やメーカーとの健全な商取引関係を築くことができません。

■商取引の標準化

同一商品であるにもかかわらずメーカーや卸売業者ごとに商品コードが違ったり、受発注や物流手順が異なったままでは商流や物流のスピードアップも期待できません。

■データ基盤の整備

リテールサポートやマッチングのためには、販売や仕入れデータの蓄積・分析が不可欠となります。これは、データウェアハウスデータマイニングツールを導入すれば実現できるといった安易な問題ではなく、「リテールサポートやマッチングのためには、どのようなデータを集め、どう管理、分析するか」を考え、ビジネス上の各種の意思決定に有用な知識や洞察を生み出せるよう、データ基盤をきちんと整備する必要があります。

■営業力の強化

「サービス」を重視する経営改革が必要です。単なる商品の卸売業ではなく、卸売りを通じて得た市場情報を基に、リテールサポートやマッチングをサービスとして提供していくための、きめ細かな「分析力」「提案力」「企画力」に基づいた営業力の強化が求められます。


 卸売業の解説は以上です。皆さんがITシステムを開発する際には、業務部門あるいはユーザー企業からさまざまな要件がリクエストされると思いますが、その背景にはこうした事情があることを踏まえておくと、リクエストも理解しやすいのではないかと思います。

 次回は製造業を取り上げます。製造の現場では、生産計画の立案や、設計、調達、工程管理などを行ううえでITシステムが不可欠となっています。製造の各業務プロセスにおいて、それぞれどのようなIT利用が考えられるのか、1つずつ丁寧に見ていきたいと思います。

著者紹介

杉浦 司(すぎうら つかさ)

杉浦システムコンサルティング,Inc 代表取締役

京都生まれ。

MBA/システムアナリスト/公認不正検査士

  • 立命館大学経済学部・法学部卒業
  • 関西学院大学大学院商学研究科修了
  • 信州大学大学院工学研究科修了

京都府警で情報システム開発、ハイテク犯罪捜査支援などに従事。退職後、大和総研を経て独立。ファーストリテイリング、ソフトバンクなど、システム、マーケティングコンサルティング実績多数。


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