納期やコストの問題ばかりに縛られて、実際にタスクをこなす“人”という要素を「単なるリソース」と軽んじていると、プロジェクトは決して成功しない。
「プロジェクトは、まるで、予期せぬ障害を乗り越えるドラマを宿命としているようだ」。「予期せぬ競合他社の動き、予期せぬお客様の要求の変化、予期せぬ上司の命令……」。でも、できることなら、何とか「納期通りにプロジェクトを完成させたい」――システム開発に携わるプロジェクトマネージャなら、誰しもこのように願っていることだろう。しかし、現実は厳しい。入念に工程表を作り、人と予算をしっかりと確保したつもりでも、複数の不確実要素が積み重なれば、その進ちょくは結局遅れてしまうのだ。
例えば、計画を立てる際、各スタッフに納期の相談をすれば、余裕をもって作業するためにサバを読む人もいる。プロジェクトがスタートした後も「まだ余裕があるさ」と納期ぎりぎりになるまで手をつけない人もいる。これだけでも計画が狂う原因としては十分なほどだが、さらに「特急レベルの新しいプロジェクト」が入ってきたりする。そうなると各スタッフの仕事はマルチタスク化し、「あちらを立てればこちらが立たず」という「コンフリクトが生じて」、計画は大きく崩れ始めてしまうのである。
では、いったいどうすれば良いのだろうか?――こうした問題に対する現実解を教えてくれるのが、本書「最短で達成する全体最適のプロジェクトマネジメント」である。
本書は、生産管理・改善のための理論体系である「TOC(theory of constraints)」――制約理論を提唱した、イスラエル出身の物理学者、エリヤフ・M・ゴールドラット博士が開発したクリティカルチェーン・プロジェクトマネジメント(以下、CCPM)の実施方法を解説した作品である。
CCPMとは、まず「作業Aが済むまでは作業Bに着手できない」といった「作業工程上の従属関係」と、「スタッフAの手が空くまで、作業Bに着手できない」といった「リソースが限られているために発生する従属関係」の双方を考慮し、どんな作業が、どう連鎖し、どのくらい時間がかかるのかを明らかにした「クリティカルチェーン」を把握する。その上で、それに基づいて確実にプロジェクトの納期を守る/短縮していくための手法である。「各工程の締め切りを1つ1つ積み上げる」アプローチではなく、「まずプロジェクト全体を俯瞰して全体最適を図る」アプローチが、一般的なプロジェクト管理手法との大きな違いとなっている。
だが、その最大の特徴は「人の行動をベースに開発されたプロジェクトマネジメント理論」という点にある。冒頭で述べたように、人は納期の「サバ読み」や「一夜漬け」の作業、「早く終わっても報告しない」など、さまざまな“問題行動”を取る。こうした「現実を無視せず、むしろ、それらを前提として積極的に受け入れ」てプロジェクトを進めて行こうという手法なのだ。
では具体的にはどんな管理をするのだろうか? そのポイントとなるのが 「選択と集中」「目標のすり合わせ」「段取り八分」「サバ取り」「ゆとり」という5つのキーワードである。いくつかを紹介すると、例えば「選択と集中」とは、いまあるプロジェクトを洗い出した上で、経営の視点から実施するプロジェクトの優先順位を付け、1つ1つのプロジェクトに集中的に取り組むことを示す。これにより、作業効率を低下させるマルチタスク化を防ぐ。
一方、「段取り八分」とは、段取りが「プロジェクト成功の8割を握っている」ことに基づき、納期を確実に守れるよう、ゴールから各工程の納期や作業内容を割り出すことを指す。具体的には、「プロジェクトの完了から開始にさかのぼって、『その前にやることはなんですか?』『本当にそれだけですか』『○○したら××できるんですね』」といった具合にスタッフに必要な作業内容を質問し、あらゆる制約条件を明らかにしながら“確実に守れる工程表”を作成する。
そして最後の「ゆとり」とは、“ゆとりあるマネジメント”を意味する。 具体的には、スタッフからの進ちょく報告を待つのではなく、「あと何日かかる?」とマネジャ側から聞くことによって、進ちょくの遅れを早めに検知し、不測の事態にも先手を打って対処できるようにする。すなわち、CCPMとは開発対象や納期、コストなどからプロジェクトを管理するのではなく、あくまで「タスクを行う人」を中心に、その進ちょくを管理する手法なのである。
このようにCCPMが「人ありき」のアプローチを採っていることについて、筆者はCCPMの上位概念であるTOCが「人はもともと善良である」という考えを信念としているためだと解説する。
例えば、スタッフが納期のサバを読むのは、納期を守ろうという責任感があるゆえだし、 複数のタスクを抱え込んでしまうのも、強い責任感ゆえだ。従って、そうした人の心理を理解すれば「打開策は見えてくる」し、「人の成長があれば、成果もおのずと出てくる」 ――筆者は、CCPMとはこうした考え方に立脚した手法であることを強く訴えるとともに、「既存の手法には、この“タスクを行うのは人である”という最も重要な観点が欠落しているのではないか」と提言するのである。
また、一方で、プロジェクトで重要なのは「目標の達成であり」「限られたリソースの中でどれを優先するかという経営判断である」として、プロジェクトマネジメントの日本語訳は「プロジェクト経営の方が正しいのではないか」とも提案する。すなわち、プロジェクトとは現場に丸投げして済むようなものではなく、全社視点で取り組むべき、より高次なテーマであることを指摘するのだ。実際、CCPMに取り組んで「変わるのは現場ではなくマネジメント」の方だという。
さて、いまあなたが苦労しているそのプロジェクトはいかがだろう。あなたはコストや納期のことばかりに縛られてはいないだろうか。スタッフからの報告を待っているばかりではないだろうか。経営層から一方的に複数のプロジェクトを押し付けられ、その重要度について話し合う機会を持てないままでいたりはしないだろうか――本書を読んで、もう一度現状を見直してみると、遅れかけていたプロジェクトに思わぬ突破口が見えてくるかもしれない。
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