
AIを自社の業務やサービスにもっとフィットさせたいと考える方に注目されているのが「ファインチューニング」と呼ばれる手法です。この記事では、ファインチューニングの意味や仕組み、一般的なAI学習との違い、具体的な活用シーン、他の手法との比較、メリット・デメリットまで、初めての方にもわかりやすく解説します。自社独自のAI活用を目指す方は、ぜひ参考にしてください。
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目次
ファインチューニングとは?
ファインチューニングとは、既に広範なデータで学習を終えたAIモデル(事前学習済みモデル)に対して、さらに自社の業務や目的に沿ったデータを追加で学習させ、AIの性能を微調整する方法のことです。
この技術は「追加学習」とも呼ばれます。最初からすべてのデータを用意してモデルを一から育てるのではなく、すでに知識や言語能力が備わったAIモデルを土台に、その上から自社独自の情報や専門分野、特定項目のデータを学ばせることで、自社の用途に特化したAIへとカスタマイズ・成長させるイメージです。
もとのAIモデルは幅広い情報をカバーできる“汎用型”ですが、ファインチューニングによって「特定用途向けモデル」へと生まれ変わります。この手法は、たとえば顧客対応チャットボットや専門的な画像分類、社内文書の自動要約など、標準機能だけでは対応が難しい業務課題にも対応できる柔軟性が特徴です。
まず全体像を押さえるには「生成AIの業務活用ガイド|明日から試せる具体例と失敗しないツール選定」をご覧ください。
ファインチューニングの仕組み・基本的な流れ
ファインチューニングは、既存のAIモデルを用意したうえで、自社業務や業界に固有のデータセットを追加で学習させることで行われます。その基本的な流れは以下の5つのステップで構成されます。
- 目的定義(KPI/評価指標の確定)
- データ収集・整備(入出力ペア化/クリーニング)
- データ分割(訓練/検証/テスト)
- 学習・調整(学習率/エポック/バッチ+早期終了)
- 評価→再学習→デプロイ→運用監視
技術の中心は、こうした追加データによってAIモデルの「パラメータ(重み)」を更新し、モデルの動きを特定タスクに最適化する点にあります。この追加学習によって、もともとのモデルよりも自社業務に適した回答や判断ができるようになります。
ファインチューニングの実施には、AI開発の知識や質の高い学習データ、十分な計算資源(特にGPUなど)が必要です。しかしプロセス自体は大きく分けて「データ準備と前処理」「モデル学習と評価」の2つに整理できます。
小さく始めて定着させるには「生成AIの社内活用を促進する方法とは?」をご覧ください。
データ準備と前処理
この段階では、ファインチューニングの成否を大きく左右する「学習用データの準備」が重要になります。
AIに何をさせたいかをはっきり決め、その目的に合ったデータを集めます。たとえば、社内のFAQや問い合わせ履歴、業務マニュアル、医療画像、製品写真などが使われます。
新しくゼロからAIを学ばせるよりも、必要なデータ量は少なめで、数十~数千例程度ほどが一般的です。
データにはノイズや誤りが混じっていることも多いため、事前にしっかり整理することが大切です。AIが正しく学べるように「入力(質問や指示)」と「出力(期待される回答)」のペアでデータを用意します。
さらに、準備したデータは下記の3つに分けて管理します。
- 訓練用データ:AIを実際に学習させるためのデータ
- 検証用データ:学習途中の精度チェックに使うデータ
- テスト用データ:学習が終わったAIの最終評価に使うデータ
こうしておくと、AIが訓練データだけを丸暗記してしまうことを防ぎ、未知のデータへの対応力(汎化性能)もきちんと評価できます。
モデル学習と評価
データ準備が完了したら、モデルの学習フェーズへ進みます。このとき重要になるのが、「学習率」や「エポック数」「バッチサイズ」といったハイパーパラメータの設定です。
- 学習率:モデルのパラメータを一度にどの程度更新するか決める値で、ファインチューニングでは通常小さな値が使われます。
- エポック数:訓練データ全体を何回繰り返して学習させるかを指定します。
- バッチサイズ:一度に処理するデータの数を決めます。
学習が進んだ後は、テスト用データセットで性能評価を行います。回答の正確さや一貫性、専門知識の反映度合いなどを指標にしながら、学習と評価、そしてパラメータやデータの見直しを何度も繰り返し、AIを目標水準まで磨き上げていきます。
ただし、特定分野に特化しすぎると元の汎用的な知識を失ってしまう「破滅的忘却」と呼ばれる現象が起きやすくなるため、学習の範囲や手法のバランスには細心の注意が必要です。
社内での始め方なら「生成AIの社内活用を促進する方法とは?」をご確認ください。
「転移学習」「RAG」「プロンプトエンジニアリング」との違い
AIを業務に最適化する方法はファインチューニングだけではありません。他にも「転移学習」「RAG」「プロンプトエンジニアリング」といった技術があります。それぞれの特徴と違いを整理しておきましょう。
転移学習との違い
転移学習は、すでに別分野で学習したAIモデルの知識を、新しい分野やタスクに「転用」する方法です。たとえば犬と猫の画像で学んだモデルを、花の種類の判別にも活かすような使い方ができます。
この中でも特にモデルのパラメータ自体を新しいデータで微調整するのがファインチューニングです。逆に、転移学習の一部では、もとのパラメータをそのまま活かして、最後の出力層だけを新しい用途に合わせて調整する場合もあります。
つまり、幅広い基礎力を活かすのが転移学習、より自社業務に細かく合わせるのがファインチューニングと整理できます。
基礎概念の整理には「AGIとは? その仕組みと概念、既存のAIとの違い」も併せてご覧ください。
RAGとの違い
RAG(検索拡張生成)は、AIが回答を作る際に外部データベースから情報を検索して、その内容をもとに回答を生成する仕組みです。
ファインチューニングは知識をモデルの内部に「埋め込む」のに対し、RAGは必要な情報をその都度外部から「持ち込む」、という概念・行程の違いがあります。
たとえば、社内規定や業務マニュアルのようにあまり変化のない知識や特定の表現を学ばせたい場合はファインチューニングが適しています。対して、売上データなど常に最新の情報が必要な場合や事実に基づく忠実な回答が必要な場合はRAGが効果的です。
プロンプトエンジニアリングとの違い
プロンプトエンジニアリングは、AIへの入力(指示文)を工夫して、出力内容や回答の形式を調整する方法です。モデル本体は一切変更せず、「指示の仕方」を変えることで結果をコントロールします。例えば、「CoTで考えて(~~を実行して)」とプロンプトに追加するテクニックはよく知られています。CoTとはChain of Thought(思考の連鎖)の略で、回答を出す前に思考の過程を段階的に整理・推論させる指示です。これを付けると、表面的な回答から、理由付けや比較検討を経た論理的で深い回答になります。
小さな調整や簡単なスタイル変更であればプロンプトエンジニアリングだけで十分なケースも多いでしょう。しかし、出力内容がどうしても安定しない、もっと複雑な知識や思考パターンを定着させたいといった場合には、ファインチューニングによるモデル自体の最適化が選ばれます。
ここまでの違いを表にまとめると、以下のようになります。
| 比較項目 | プロンプトエンジニアリング | RAG | ファインチューニング |
| モデルへの影響 | なし | なし(指定した追加データなどを参照) | 内部パラメータを更新 |
| 得意なこと | 出力形式の微調整 | 最新情報や事実に基づく回答 | 専門知識や独自文体の埋め込み |
| コスト・工数 | 低 | 中 | 高 |
| 主な制約 | 複雑な知識付与は困難 | 応答スタイルの学習が苦手 | データ準備や管理が必要 |
主要な活用シーン・具体的な事例
ファインチューニングは理論上の手法ではなく、多くの企業で具体的に成果を上げています。主な活用例を紹介します。
顧客対応チャットボットの高度化:楽天カード
楽天カードは、AIチャットに楽天ID認証を組み合わせて機能を拡大し、問い合わせなしでも自己解決できる範囲を広げています。チャット内から本人認証を済ませることで、個別の利用状況に即した案内が可能になり、解決までの時間短縮と問い合わせ窓口の負荷軽減を図ります。2025年4月時点のアナウンスとして、従来の照会機能に加え、請求金額・支払日やカードが使えない理由の確認、利用分キャンセル情報、キャンペーン申込状況、利用可能枠の増枠受付、自動リボ登録状況、利用お知らせメール登録状況、引き落とし不可時の支払い案内などをAIチャット内で実現できるよう取り組みを進めています。
専門的な画像診断・異常検知:富士通
富士通は、外観検査において「不良と位置付けるサンプル画像を参考データとして大量に用意しなくても学習できる」点を重視した画像検査AIを開発しています。正常画像に対してAIが人工的な異常を付加して学習することで、多様な外観バリエーションを持つ製品においてもキズや加工ミスなどの異常箇所を高精度に検出できるとしています。公開ベンチマークではAUROC(Area Under the Receiver Operating Characteristic Curve:受信者動作特性曲線下面積)指標で世界最高レベルの98%を達成したとし、検査工数を従来比25%削減する効果をうたっています。
社内用語・文化に合わせたナレッジ回答生成:SMBCグループ(SMBC-GAI)
SMBC(三井住友フィナンシャル)グループは、「SMBC-GAI」と呼ぶ従業員専用の生成AIアシスタントを社内コミュニケーションツールであるMicrosoft Teams上に常駐させ、社内の安全な環境下で活用しています。回答に参照URLを表示して根拠を確認できる仕様とし、利用者が正確性を自律的に判断できるルール設計を徹底。専門用語の検索、文書作成の下地づくり、要約や翻訳、コード生成など幅広い日常業務で用いられるようになっています。
書類分類や自動要約など定型業務の自動化:NEC × 三井住友海上
三井住友海上とNECは、事故対応で発生する通話内容を自動でテキスト化し、生成AIで要約して記録する仕組みを導入しています。NECの高性能音声解析(話者識別や専門用語の学習)とAzure OpenAI Serviceを組み合わせ、要約結果を担当者が確認して社内システム(BRIDGE)へ登録。先行導入から全国展開を目指す計画で、記録作業の省力化により、より丁寧な顧客対応や防災・減災の取り組みといった、有効時間の再配分を踏まえた効率化を進めています。
コールセンターでの応答精度向上と自動化:ソフトバンク × 日本マイクロソフト
ソフトバンクは、日本マイクロソフトと共同で生成AIによるコールセンター自動化を進め、2024年7月以降順次自社センターへ導入しています。Azure OpenAI Serviceを活用し、待ち時間の短縮と対応の均質化を通じて顧客満足度の向上を目指します。定型的なやり取りの自動化を段階的に広げ、より高度な問い合わせ対応に人のリソースを振り向ける狙いです。
社内AIチャットボット活用の基礎整理は「AI社内チャットボット超入門|おすすめ製品6選と導入を成功に導くコツ」をぜひご覧ください。
おすすめAI社内チャットボット超入門|導入を成功に導くツールの選び方
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ファインチューニングのメリットとデメリット
ファインチューニングには多くのメリットがありますが、万能というわけではありません。導入にあたっては両面を知ることが大切です。
ファインチューニングのメリット
- モデルの精度を高められる
- 独自のノウハウを反映できる
- 業務に合わせて最適化できる
- 手作業や管理コストを減らせる
- 既存モデルを有効活用できる
- 少ないデータでも効果が得られる
モデルの精度を高められる
自社の業務や専門分野に特化したデータを学ばせることで、より正確な回答や判定が可能になります。一般的なモデルでは対応しきれない業務課題にも、現場の実情に即した応答が期待できます。
独自のノウハウを反映できる
社内ルールや専門知識、ブランドイメージに沿った文体など、独自のノウハウをAIに組み込むことができます。他社との差別化も図れるでしょう。
業務に合わせて最適化できる
複雑な判断や特定プロセスを自動化しやすくなり、人手を必要とした作業も効率化できます。
手作業や管理コストを減らせる
定型的な問い合わせ対応や繰り返し作業をAIが担うことで、従業員は付加価値の高い業務に集中できるようになります。
既存モデルを有効活用できる
ゼロからAIを作る場合に比べ、既存モデルを活かすことで少ないデータとコストで高性能なAIを実現しやすくなります。
ファインチューニングのデメリット
- 学習コストや時間がかかる
- データ準備・メンテナンスの負担がある
- モデルのバージョン管理が複雑になる
- セキュリティや情報漏洩リスクがある
学習コストや時間がかかる
学習には高性能な計算資源(特にGPU)が必要です。タスクの内容やデータ量によっては、導入までに数日かかるケースもあります。
データ準備・メンテナンスの負担がある
質の高い学習データを集め、クレンジングやラベリングなどを行う作業が必要です。また、導入後も環境の変化に応じたモデルの見直しや追加学習が求められます。
モデルのバージョン管理が複雑になる
ファインチューニングを繰り返すと複数のモデルバージョンが生まれます。それぞれの管理や切り替えには注意が必要です。
セキュリティや情報漏洩リスクがある
学習データに個人情報や機密情報が含まれる場合、情報漏洩リスクが伴います。厳格な管理やセキュリティ体制が不可欠です。
ファインチューニングの活用で自社AIの価値を向上しよう
ファインチューニングは、汎用的なAIモデルを自社の業務や独自の課題に合わせて最適化する強力な方法です。これにより、業務効率やサービス品質を大きく向上させることができます。
技術の発展とともに、より手軽で高精度なファインチューニングも登場し始めています。導入前には業務内容の整理やデータ準備、長期的な運用計画が欠かせません。まずは小規模な試験導入からスタートし、段階的に本格運用へと移行するのも有効な手段です。
ファインチューニングによって、自社独自のデータを最大限に活用し、競争力を高めるAI戦略を考えてみてはいかがでしょうか。
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