P2P技術の登場によって、著作権などの従来の概念が崩れつつある――。Winnyが開発された背景には、こんな認識があったという(5月10日の記事参照)。
「著作権法とはそもそも、著作物のコピーを禁じ、使用は認めるという法律。どんな著作物でも使用の前にコピーすることが前提にあるので、これでユーザーの使用を実質的にコントロールすることができた」と話すのは情報処理学会・フェローの名和小太郎氏。理系畑を歩んできた同氏は、理論に縛られがちな法の専門家とは一線を画した立場から、『ディジタル著作権』『サイバースペースの著作権』などの著作を発表している。
名和氏は、現在の著作権法が抱える問題点を次のように説明する。「本を読むのはいいがコピーはだめ、映画のフィルムを映写するのはいいがコピーはだめ。アナログの著作物ではこれでよかった。しかし、デジタル環境あるいはネットワーク環境では、コピーのコントロールは難しく、アクセスそのものをコントロールするようになる。コピーのコントロールよりアクセスのコントロールの方がきつい」
このように世界的には知的財産を強化する流れが続いており、複製権、貸与権、公衆送信権といったように権利の数も増え、その上個々の権利が強化されている。著作権による縛りが増えたことで、各過程で著作権者の許可が必要になり、流通が滞るきらいがあると同氏。
このような風潮に批判を持つ人が出ることもあり得るだろう。Winny開発者は、「最終的には(従来の概念は)崩れるだけで、将来的には今とは別の著作権の概念が必要になる」と掲示板に書き込んでいる。また報道によると、「現行のデジタルコンテンツのビジネスモデルに疑問を感じていた。体制を崩壊させるには、著作権侵害を蔓延させるしかない」などと供述した、という。
「ただし、著作権侵害を蔓延させるためにWinnyを開発したという言い方は法治国家の市民としてはよろしくない。方法が拙劣であった。そんなことは何も言わないで、Winnyは著作権法に対する批判を表現したプログラム著作物であり、著作物であれば当然のこととして言論であり、そのような言論を抑圧するのは表現の自由に反すると主張すればよかった」(名和氏)。
著作権が時代の流れに合わないものになる一方、共有という概念も当初の概念から変貌を遂げつつある。
名和氏は、インターネットは「性善説」に基づくシステムだと話す。
学者の世界では“共有”という概念が当たり前のものになっている。誰かの研究に基づいて自分の研究を進め、その研究がほかの誰かの研究に使われる。論文を書く上で“共有”なしでは話が進まない。自分の著作物を他人に開放することで、他人の著作物を自由に利用できる――これが学者の“共有”だ。
つまりは、「著者」と「読者」がイコールで存在する世界。インターネットの前身となったARPANETにも、こうした科学者の価値観が持ち込まれたという。ARPANETが構築された当時、名和氏は視察に赴いている。ARPANETは軍事利用を見据えた研究だったものの、それを忘れるほど明け透けな説明があった。
こうした価値観に基づき、インターネットを生かしたフリーソフトやオープンソースといった有益な発想が生まれたのだろうと名和氏は分析する。「“共有”は学者の世界のよき伝統だ」。
学者の世界が色濃く残ったARPANET。その後、きっちりとした管理体制が築かれないまま民営化され、インターネットになった。
民営化後は一般利用者の数が増え、「著者=読者」という構造が崩れた。現在P2Pネットワーク上で行われている共有は、「著者」不在で「読者」のみの間での共有だ。つまり、単なるユーザーが創作者の音楽や映画を勝手に交換し共有するケースが多い。この2つの“共有”を同列に扱うことはできないと名和氏はくぎを刺す。
名和氏は最後に「アンチコモンズ(共有地)の悲劇」というモデルを使い、今の著作権の問題を分かりやすく説明してくれた。
アンチコモンズの悲劇は、「コモンズの悲劇」というモデルを踏まえて提唱されたもの。コモンズの悲劇とは、例えば村人が自由に牛を飼える共有地があったとする。飼う数を各人とも一定以下で我慢すれば問題は起こらない。しかし誰かが自分のことだけを考えて牛を増やすようになり、別の人も対抗上同じことをするようになると、次第に牧草が減り、いずれは牧草が生えなくなってしまう。「P2Pの使用によってネットワークが渋滞するのはこれと同じだろう」。
一方、アンチコモンズの悲劇とは、牛に牧草を食べさせるだけの権利、水を飲ませるだけの権利、土地に立ち入るだけの権利……と権利を細分化させてそれぞれ別の村人に与えるモデル。これでは不便で誰も共有地に寄り付かなくなり、これまた土地は死んでいく。「今の著作権制度がこれだ」。
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