パイオニアといえば、1979年に業務用、1980年に家庭用を発売したレーザーディスク、最近のプラズマディスプレイでのイメージが強く、音響機器メーカーとしてよりも映像機器メーカーとしての性格を色濃く感じている読者も多いのではないだろうか。しかし、福音商会電機製作所として始まったパイオニアは、もともとスピーカーメーカーとして出発した、いわばオーディオ技術を起点にした企業だ。
「われわれの企業ビジョンとして“sound. vision. soul”という言葉がありますが、これは単なる広告コピーではなく、僕らの気持ちそのものなんですね。会社のルーツである音響技術に最新の映像技術を融合させ、心に響く製品を作るために魂を込めています」
「AVは、Audio and Visual。Visualだけでは魂に響きません。感動(Soul)を引き出す音があって、はじめてコンテンツの持つ感動を伝えられます。私自身はエンジニアではありませんが、AVアンプに高品質オーディオの魂を込めたいという情熱がありました。そしてパイオニアには、それを活かすオーディオ技術の蓄積がある」(小野寺氏)。
たとえばそれは、一般向けとは一線を画したハイエンドオーディオにおける技術を民生機器に持ち込むといった手法にも現れている。一般にはあまり話題に上ってこないが、パイオニアは「Exclusive」および「TAD」というハイエンドブランドを持つ。これらのシリーズは、ソニーのES製品などとは異なり、単なるグレードの違いを超えた全く別のブランドとしてパイオニアの中に生き続けている。
AX10の増幅部設計には、そのExclusiveシリーズを担当している技術者も参加。モノラルパワーアンプで85万円というハイエンドアンプの設計ノウハウが惜しげもなく注入されている。
「結局、音を良くする手法はどこも同じです。エンジニアが蓄えてきたノウハウを活かしながら、良い音と感じるポイントへと細かく調整を重ねていきます。私にとって幸運だったのは、パイオニアという会社がそうしたノウハウを持つ技術者をマジメに育てていたこです。膨大な高音質化のアプローチの中から、視聴結果を基に良い音を探し求める。それは経験に裏付けられた知識を持たなければできませんし、そうした経験を積ませてくれる企業内の環境が必要なんですよ」。
「ところが、AX10以前のパイオニアは、音響機器としてトップクラスの自負とは裏腹に、それを企業イメージとして活かし切れていないというジレンマも感じていました。たとえばExclusiveシリーズは、世界中で大変評価の高い製品群ですが、そのブランドイメージや技術をパイオニアブランドの製品に活かせていない。そこで、AX10の開発にあたっては、社内の知的資産をフルに活用するため、Exclusiveシリーズで培った技術・ノウハウを徹底的に投入してもらいました」。
オーディオに限らず、企業の中に属していると自社のことを知りすぎてしまい、かえって自社が持っている本質を見失うことがある。超ハイエンドブランドのExclusiveとパイオニアブランドは別のもの。そうした潜在的な認識を持つ人からは、なかなか両者を融合した製品は生まれない。小野寺氏は自身が無類のオーディオ好きだったが故に、社内にあるオーディオ技術資産の活用に目が行ったのかもしれない。
また、小野寺氏はハードメーカー側がお題目のように掲げる「製作者の意図した音を再現」という言葉に違和感を感じていたという。
「それまで、というか現在でもそうなんですが、本当に製作者自身が意図した音をチェックした製品は存在してなかったんです。私は自分が製作者側にいたので、その点が非常に気になりました。どうして製作者自身が音を聞いたわけでもないのに、製作者が意図した通りの音を再生できている、といえるのか? これはおかしいですよね」
そこで、製作者が実際に音をチェックし評価するプロセスを製品の音作りの過程に導入。英国時代のソフト制作者時代に培った人脈から、世界有数の録音スタジオである「AIRSTUDIOS」のサウンドエンジニア達に協力を求めた。彼らも、自分達が精魂込めて制作したコンテンツを意図したとおりに再生できる製品作りにかかわれるということで積極的に協力してくれ、ここに一流の製作者がサウンドチューニングした初めての製品が世に出ることとなったのである。
特にAIRSTUDIOSは、パイオニアの資本が入っていることにくわえ、欧州でのレーザーディスクソフト制作で共に働いたコネクションもある。実際のAX10の音作りは、AIRSTUDIOSのエンジニアが、自分たちの制作したソフトを用いて音決めを行った。日本からアンプ設計のエンジニアが行き、AIRSTUDIOSの録音エンジニアとともに、オーディオ制作者が意図する音を忠実に再現するアンプに取り組んだのである。
「実際に協業をはじめてみると、現場の録音エンジニアも乗り気で、長い時間がかかる音決めにもつきあってくれました。音をチューニングするオーディオメーカーのノウハウと、良い音を作る録音エンジニアの協業というのは、おそらくこれがはじめてだったハズです」と小野寺氏は振り返る。
しかも、その協業は音決めだけに留まらなかった。自動音場補正機能の「MCACC」も、実はエア・スタジオからの要望で実装されたのだという。
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