放送のデジタル化、ブロードバンドの普及に伴う通信との融合化、さらにはモバイル視聴スタイルの登場と、放送業界を取り巻くメディア事情は大きな変革期を迎えている。
放送業界にとって、これだけ経営の舵取りの難しい時期は、過去にもそう多くは経験したことがないに違いない。それゆえにこそ、これまでの成長の過程を振り返ってみる価値があるのではないだろうか。
日本の放送業界はこれまで、NHKと民放の両者が時に競合し、時に補完し合うという形で、世界でもまれなほど充実したサービスを提供できるところまで成長してきた。
本来ならば、今のような大変革期こそ、両者がより補完し合うことによって乗り切るべき時だろう。だが、最近では、むしろ対立する構図ばかりが目に付くようになっている。
ただ、この現状を“両者が全面的に対立している”と捉えてしまうと、それはいささか語弊があるだろう。ローカルエリアでは、地上波放送のデジタル化投資の重さを軽減するため、NHKと民放の相互支援体制が取られているからだ。両者が対立する構図は大都市圏、特に民放キー局の立地する東京において生じているに過ぎない。
しかし、東京での対立の構図が、そのまま両者の拠って立つ基盤を限定してしまっていることは間違いない。それはまず、民放局全体の経営に関する“フリーハンド”の多くを民放キー局が握っていること、そして民放と新聞社の協力関係の強さがキー局周辺において最も反映されているからだ。
ではNHKと民放の“対立の構図”とはいったいなんだろうか? それを一言で分かりやすく表現すれば、「NHKの肥大化」ということになるだろう。
ただ「NHKの肥大化」という言葉は軽々に使われることが多いが、実際には何をもって肥大化と呼ぶのかは明らかでない。
まず収入面から見ると、NHKの事業収入は6600億円に達するが、対する民放もさほど遜色あるわけではない。民放キー局が地方各局を通じて全国をカバーしていることを勘案すれば、NHKの事業収入との比較には、民放の系列ごとの合計収入を比較するのが適切だろう。とすれば、民放によっては系列の総収入が6000億円前後になる。つまり収入面で見る限り、NHKが突出しているわけではなく、この点で特に最近、変化が生じているといったこともない。
またNHKに関しては、その運営するチャンネル数の多さを批判する声もある。テレビ放送事業に限っても、NHKは地上波で2チャンネル、BSで3チャンネルを放送しているからだ。対する民放各局は、“厳密”に言えば、地上波の1チャンネルしか持っていない。系列ごとにBSの1チャンネルを持ってはいるが、経営状態が思わしくないこともあって、それを強みとして評価するのは難しい。
しかし、全国ベースでの総収入が前述のように大きくは変わらないのだから、むしろ複数のチャンネルを維持していく方が大変であるとも言える。人件費と制作費のバランスを見ても、NHKの方が制作費により多くを割いている。
確かにNHKの取材力や訴求力の強さは、大手新聞社にとっても脅威であるに違いない。また、高い視聴率を記録する番組が少なからずあることも、民放キー局各社を警戒させる結果になっているに違いない。ただ、そうした両者の関係は今に始まったことではなく、実際、それを理由に「肥大化」と指摘されることもない。
実は、「NHKの肥大化」という言葉が用いられるのは、決まって、NHKが何か新たな事業に進出していこうとする時なのである――東経110度CS放送へ参入しようとした時、インターネットを使ってニュースを配信しようとした時、24時間ニュースチャンネルを持とうとした時、必ず、「NHKの肥大化」という言葉が用いられ、それを阻止しようとする側=民放などの「錦の御旗」となってきた。
最近で言えば、そうした指摘を受けずに比較的すんなりと新規事業に進出できたケースは、ブロードバンド事業者にVODコンテンツを提供するようになったことと、独自衛星を使うモバイル放送に番組提供を行ったことぐらいだろう。両者がうまくいったのは、今のところ、民放自身がさほど積極的に進出しようとは考えていない事業であったからと言えるかもしれない。
東経110度CS放送は結局のところ、NHKが参加しない形でスタートしたが、相変わらず加入者数が伸び悩んでおり、収益事業となるまでには、まだまだ時間がかかりそうである。また、NHK、民放とそろってスタートしたBSデジタル放送も、民放各社としては引き続き経営の舵取りに苦労している。
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