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コラム
» 2004年12月06日 11時37分 公開

日本の「パソコン」はどこへ行く? (2/2)

[小寺信良,ITmedia]
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 そんなノートPCですら、デスクトップと遜色ないマシンが登場している。これは家庭やオフィスにおいても、もはやデスクトップではなく、ノートPCがパソコンの本流となりつつあることを示している。また機能を削ることで顧客を失うのであれば、多少のコストとバッテリーの持続時間と重さの負担には目をつぶって、搭載しておいたほうがマシ、という判断なのだろう。

 そんな中、ノートPCで評判が高いのが、Panasonicの「Let's note LIGHT」だ。今どきのパソコンらしいAV機能をほとんど搭載しておらず、シンプルで低価格、そして軽い。バッテリーもヤケクソに保つ。パソコンとしてはまったく当たり前の機能しかないのだが、そこが今のノートPC市場からすれば、「機能を積まない」という意味で差別化要因となっている。

 この事実からすれば、実は既に一般ユーザーにとってパソコンは、「遊ぶもの」ではなくなってきているのではないか。パソコンが我々を遊ばせてくれた時代は確かにあって、それがCD-RやDVD-Rのライティングであったり、テレビ録画機能であったのだ。だが今は、一般家庭においても実用品となりつつある。

 例えば筆者の家庭では、妻も小学5年生の娘もノートPCを持っている。これで普段何をしているかというと、ほとんどがWebの検索とメールだ。情報を引き出し、コミュニケーションするという、女性が重視する行動である。パッと取りだして使い、使ったあとは閉じて、机の本棚にしまっている。

 どのPCでもDVDは見られるが、そんなものDVDプレーヤーならゲーム機やレコーダーも含めて家の中にはゴロゴロしているので、そもそもパソコンで見ようという発想がない。もしかしたら見られるのだということを、知らないのかもしれない。

積む技術より捨てる技術

 多くのアナリストが指摘するように、パソコンは別のものに変質すべきだとする意見には、筆者も同意する。デジタル処理ならなんでも可能なのがパソコンだが、機能を積むという方向ばかり考えずに、機能を捨てる方向で考えるのも一つの手だろう。例えばWebとメールができて、USBが付いてる程度のパソコンでも、もしかしたらあんまり困らないのかもしれない。

 パソコンを買う初心者が怖がるのは、「もしかしたら自分が何かやりたくなったときにこのパソコンで大丈夫か」というところだろう。だから、「とりあえずフルスペック」に走ってしまう。そしてこれまでのパソコンの売り方は、なんでもできるが故に「これを買えば今までとは違った自分になれるかもしれない」という、潜在的変身願望に依存していたわけだ。

 だが実際には、パソコンを買ったから新しく何かをやり始めるということは、ほとんどない。初心者向けの書籍を多く書いている筆者の経験からすれば、だいたいがちょっと試して「ふーん、そういうものか」で終わりだ。何かをやりたい人は、パソコンを買う前から、というかパソコンがあるなしに関わらず、やりたいことを持っているものなんである。

 日本のパソコンは、市場的にも機能的にも、かなり飽和状態にある。考え方を変えて、もっと機能をゴッソリ落として低価格にしたら、ベテラン層でも初心者層でも、喜んで買う人は多いだろう。そもそもパソコンとは、やりたいことがあれば自分でソフトを入れて使うものなのである。

 ただし日本人受けするためにこだわらなければらならいのは、所有欲をそそるデザインと、工業製品としての作りの良さだ。本体が変な色しかなかったり、隙間が空いてたり、持ち上げるとギシギシいうようなものは、いくら安くても日本人の気質にはそぐわない。

 そこのバランスさえ間違わなければ、まだまだ日本のパソコン市場も捨てたものではないと思うのだが。

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