スコットランドのセントアンドリューズ大学の研究者らはこのたび、アルツハイマー病やがんなどの疾病を研究する細胞研究者にとって強力なツールとなるであろう、新しいタイプの顕微鏡の開発費用として、75万ポンド(140万ドル)の助成金を受け取った。
このプロジェクトを指揮しているセントアンドリューズ大学のキシャン・ドラキア教授によれば、新しい顕微鏡は細胞のイメージングや分類、分離といった複数のタスクを1つの機器で実行できる初めてのタイプの顕微鏡になる。そうしたツールが実現すれば、サンプルを機器の複数の部品間で移動させる必要がないため、細胞の汚染のリスクを軽減できると同教授は説明している。
この顕微鏡はさらに、実際に細胞に触れることなく細胞を操作できる最新の光学技術の採用を特徴とし、これにより細胞の汚染のリスクはさらに軽減される。研究者らは、細胞がサンプルスライドのチャンネルを通過する際に、ある特定のパターンのレーザー光を細胞に照射することで、例えば、赤血球と白血球、あるいはがんにかかった細胞とかかっていない細胞といったように細胞を分類する方法を考案した。「レーザーは小型の牽引ビームとなったり、ふるい分けの役割を果たすこともできる」とドラキア教授は説明している。
「かつては、細胞を分離するにはそれぞれの細胞を1つずつ検査しなければならなかった。今は、細胞を小さな流れで扱える。同じ川に、サッカーボールとテニスボールが混じって流れているようなものだ。水に光のパターンを当てると、サッカーボールは動かず、向きを変えたり、その場にとどまるだけだが、テニスボールはまっすぐに流れる」と同教授。
また、異なる色のレーザー光線を使用し、細胞の表面を破って膜組織を一瞬だけ開くことで、外来遺伝子や薬剤を挿入できるようになる。こうして細胞に「穴を開ける」機能は、新しい顕微鏡のもう1つの特徴となる。
光子は運動量を持つため、光は物質を動かすことが可能だ。ドラキア教授によれば、この事実は30年以上前から知られているが、注目されるようになったのはつい最近のことだという。原子が光子を放射したり、吸収したりすると、その運動量はニュートンの運動の法則に従って変化する。そのため、「小さな物質にとっては、光による物質の操作を可能にするのに十分な力」が備わることになる、と同教授は2002年に共同執筆した論文で説明している。科学者はそうした手法を「光学トラップ」と呼んでいる。詳しくは、http://www.st-andrews.ac.uk/~atomtrap/を参照のこと。
ドラキア教授のチームは、この顕微鏡(彼らは、ワークステーションと呼んでいる)を約2年後には実用化できると考えている。新しい顕微鏡は既存の顕微鏡、おそらく英国ニコンの共焦点システムTE2000Eをベースに構築される見通し。ニコンはこのプロジェクトのスポンサーだ。そのほかのコンポーネントには、ショートパルス、青紫ダイオード、赤外線レーザーなど、通常の顕微鏡には含まれないコンパクトレーザーシステムが含まれる。
この顕微鏡の最初のバージョンは20インチ型テレビほどのサイズとなり、非常に強力なレーザーを必要とするが、最終的には、再現が可能で、商用で販売できるようなシステムの開発を目指している。ドラキア教授によれば、その後のバージョンではサイズを小型化し、CDプレーヤー程度のレーザーで対応できるものにしていきたい考えという。
このプロジェクトの研究はセントアンドリューズ大学で進められており、物理学者のウィルソン・シベット教授、がん研究のアンドリュー・リッチズ教授、フランク・ガンモア博士のほか、アルツハイマー病などの神経変性の疾病により神経細胞がどのような影響を受けるかを研究している神経生物学者が参加している。ドラキア教授は同大学の物理天文学部の光学トラップ科主任で、光学ベースの多数の細胞研究技術の先駆者となっている。
今回の助成金は、英国政府の資金調達機関であるEngineering and Physical Sciences Research Councilにより与えられた。
セントアンドリューズ大学では、このシステムのためにアルツハイマー病とがんの分野で2つの研究プロジェクトが立ち上げられている。ただしドラキア教授によれば、細胞研究を行っている学外の科学者による機器の使用も大歓迎という。「細胞サイズのレベルでの実際の問題について、学外の人たちと意見を交換できるのは嬉しいことだ」と同教授は語っている。
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