放送局も合併の対象となることが分かり、改めて、放送局の“企業価値”を図る尺度が注目を集めている。クリエイティブな人材が最大の財産であることは言うまでもないが、それを一人前に育て上げるには、放送局としても相当なコストを投じている。物作りの人材は、一朝一夕には育たないのである。テレビドラマの制作に欠かせないディレクターという仕事を例に、その実情を探ってみることにしたい。
ディレクターは、制作関係者がズラリとテロップで表示される際に、最後に名前が出てくることが多い。演出○○という形で表示される。ワンクール3カ月13話の連続ドラマの場合には、3人くらいのディレクターが交代でドラマ作りを行うわけだが、毎回のテロップで表示されるのは、その話を担当したディレクターのみである。
それだけに、視聴者はディレクターが複数名で分担していることに気づきにくいが、よくよく見ていると、ディレクターが変わったことにより、その回の話全体の雰囲気が何となく変わっていることに気付くはずだ。
テレビ局が最も投資する対象は、このクリエイティブな人間を育て上げることに対してであり、ディレクターを一人育て上げるのに10億円はかけると言われている。その根拠は以下に述べる事情からも伺える。なお、ここで言うディレクターにはAD(アシスタント・ディレクター)は含まれない。
ワンクールのドラマが13本立てであるとすると、まずはサードディレクターくらいから制作に参加することになる。大体、第一話、第二話をチーフディレクターが担当し、セカンドディレクターが三、四話を担当して、第五話ぐらいをサードディレクターが担当することが多い。
ワンクールを通して、一人のディレクターで制作することは出来ない。大体のパターンは、二話ずつくらいを撮っていく。つまり、最初の一、二話を、2週間ないし3週間で撮るのである。だが、毎週放送する以上、チーフディレクターが一、二話を完成させている間に、次の三、四話を、セカンドディレクターが撮り始めておかないと間に合わなくなってしまう。チーフとセカンドだけで作るケースもあるが、それこそ、人材を育てるという見地から、サードまで入れて、3人体制で作っていくことが多い。
そもそもは、一、二話を担当するチーフディレクターが、そのドラマの脚本などをベースとして、背景であるとか、個々の役者のキャラクターであるとかを作り上げる。例えば、同じキムタクのキャラクターであっても、松島奈々子のキャラクターであっても、三・四話、五話を担当するディレクターは、チーフディレクターの決めたスタイルを踏襲していかなければならない。役者は第一話を撮る前の段階で、既にそのキャラクターを演じるべく神経を集中させているからだ。
ところが、どうしても微妙な場面での作風に、そのディレクターごとの個性が垣間見られることになる。チーフとセカンド、サードの違いがどこに現れるかというと、元々チーフは自分が最初に作るということもあって、配役のキャラクターを十分に思い描けている。
しかし、一から十まで脚本に描かれているとは限らない。例えば、何話目かで初めて紅茶を飲むシーンが出てきたとする。その時、紅茶の表面に小さなゴミが入っていたという設定になった場合、そのゴミが浮いている紅茶をどう飲むのかという点については、人によってさまざまである。
全く気にしないで飲んでしまう人もいよう。あるいは、スプーンでゴミをすくい取って、それから何気なく飲む人もいよう。あるいは、カップを少し向こう側に傾けて、ゴミが口に入らないように飲む人もいよう。あるいは、もう飲むのをやめてしまう人もいるだろう。紅茶が出されたシチュエーションにもよるだろうが、人物描写は人によって決して一様ではない。
そうした設定について、確かに脚本の中でも書かれていることは書かれている。ただ、脚本家の書き方としては、あくまでも、「タクヤがティーカップに目を落とす。その瞬間、カップの中に入っているゴミに気が付く。タクヤはためらいつつ、飲むか飲むまいか迷う」という感じである。そうなると、最終的に飲むのか飲まないのか迷うという辺りの“動き方”は、その配役のキャラクターとの兼ね合い次第となってくる。
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