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放送局の財産は人材〜演出家に見るその「典型」西正(2/2 ページ)

» 2005年06月24日 18時45分 公開
[西正,ITmedia]
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 別に気にしないで飲んでしまう人もいるだろうが、仮にその配役のキャラクターが、ものすごく神経質な性格であるとしたら、飲むのをやめてしまうかもしれない。もしくは、非常に几帳面な性格であるならば、ゴミはすくって取って、なおかつ他にゴミがないかどうか、かき回してみて調べてみるかもしれない。

 そうした対応の違いについては、一、二話を担当するチーフディレクターだからこそ作れるといえよう。ただ、セカンドディレクターを任される人くらいになると、一、二話にそうしたシーンがなく、三、四話に初めて出てきたとしても、一、二話を見ていた限りでは、このキャラクターが紅茶を飲むとしたら、多分ゴミに神経質になるキャラクターだとか、別に気にしないキャラクターだということを理解して描ける可能性は高いだろう。

 逆に、まだ経験の浅いディレクターで、五話を任されたものの、そうした細かなところまで気が回らないということは十分に有り得る。そうすると、脚本家から見ても、視聴者から見ても、一、二話の時の彼ならば、あんなに無造作にゴミが入っているものを飲まないのではないかと疑問視されるケースが出てきかねない。

 よく五話目くらいになって、ドラマのバランスが崩れてきて、深みに欠けるといった批判を受けることがよくある。もちろん、才覚のあるディレクターであれば、経験は浅くても、独特の描き方をして賞賛を浴びることはあろう。そういう意味では、一様に評価を下せないのが、普段、何気なく見ている連続ドラマの中にも、そうした起伏があるのである。

 そういうことを繰り返しながら、テレビ局はディレクターを育てていくわけだが、ドラマ一本の制作費は平均すると4000万円程度になるので、サードディレクターでスタートした人が、三、四話のディレクターを任されるようになり、そして、チーフディレクターを任されるようになって、なおかつ視聴率が取れる作品の背景付けやキャラクター付けをできるようになるまで、ある意味では何本も失敗を経験していかなければならない。

 その積み重ねの結果が、ディレクターを一人育てるのに10億円かかるという表現になるわけである。結果的には、そうして育てた人材をたくさん抱えている放送局が強いということになるので、まさに放送局の場合には通常の企業以上に、人材が財産だということになってくるのである。

 今年は久々に放送局の買収が注目されたが、上記のような事情を見れば見るほど「会社」だけを買っても意味がないことが分かる。放送局からすれば、会社を買われるのと同じくらいの度合いで、良い人材をヘッドハントされることを恐れているはずである。

 きな臭い話は済んだことだとするならば、これからは連続ドラマを見る時に、その回のディレクターが誰だったかをチェックしてみるのも面白いのではないか。「演出」の二文字に要注目である。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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