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放送局、映画会社が本当に苦労する広告宣伝は?西正(2/2 ページ)

» 2006年02月10日 14時44分 公開
[西正,ITmedia]
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 単純にCMを流すだけでは、メディアの多様化により、いずれ広告収入は減っていくであろうといった悲観的な声も聞こえてくるが、番宣の巧拙による結果の大きな違いを知るテレビ局にとっては、まだまだ商品広告などについても上手な見せ方という財産を多く持っていると考えられる。

より厳しい映画の宣伝

 テレビ局の行う番宣以上に、前評判の作り方が難しいのが映画である。映画館に行けば、本編が始まる前に予告編が放映される。予告編を見ることも映画館に足を運ぶことの楽しみの1つであるという人も多いようだが、広告宣伝効果の意味合いが大きく出る映画については、予告編を面白く作らなければいけないことの結果であると言える。

 どんなによい映画であっても、それを多くの人に知ってもらわなければ、見に来てもらうことは難しい。テレビ局のように口コミも重要だが、映画の場合には映画館での上映期間は観客動員数の動向によって変わってしまうことが多い。

 映画製作自体は活発化しており、ハリウッドの超大作に限らず、日本映画でも話題の作品は多くなってきた。その結果、年間に製作される映画の本数も増えてきた。それだけに、作品の良し悪しは別としても、観客動員数が思わしくない映画は短期間で上映を打ち切られてしまう。

 映画館で見られなくても、ペイテレビや地上波放送、DVDなどいくらでも収益チャンスはあるように思われがちだが、そうしたビジネスが成功するかどうかも、最初の映画館での観客動員数にかかってくるケースが多いので、あくまでも映画館での成功が不可欠なのである。

 家庭で見られるテレビと違い、ただでさえ、有料サービスであり、わざわざ映画館に足を運んでもらわなければならない。家庭のテレビなら録画しておくことは可能だが、映画館での上映中は映画館に来て貰えなければ見てもらえない。見たい映画なのだけれども、時間がなくて映画館に行けないことは多い。そのうちDVDが出るだろうし、ペイテレビや地上波でも放送されるだろうと思ってしまいがちであるだけに、いよいよ映画館に足を運ばせることが難しくなっている。

 映画会社にとっての広告宣伝は、テレビ局のそれ以上に、成果の巧拙が数字として明らかになってしまうだけに、本当に難しい仕事である。テレビ局はCMを流す代わりに番宣を行っても収入機会を逃すだけだが、映画会社にとっての宣伝は全くのコスト要素でしかない。映画ビジネスの難しさは、よい作品を作るためにコストがかかるだけでなく、広告宣伝にも大きなコストがかかるのである。

 日本映画についてのエピソードであるが、昨年ヒットした映画の中に「交渉人 真下正義」、「容疑者 室井慎次」があった。テレビドラマとしても映画としても大成功を収めた「踊る大捜査線」のシリーズの一環であるが、2つの映画の製作関係者に聞いたところ、あの2本は楽だったというコメントが返ってきた。

 最初はあまりコストを投入せずに製作できたという意味なのだろうと思っていた。しかし、その2つの作品を映画館で見た時は、コストを抑えているどころか、かなりのコストが投じられて作られていることは一目瞭然であった。

 そこで改めて、楽だったと言った方のところに話を聞きに行ったのだが、楽だったというのは宣伝広告にかけるコストが、ほかの映画よりも少なく済み、それでいて認知度を高めることが出来る意味であったことを確認させられた。

 確かに「踊る大捜査線」を見ていた人であれば、「真下正義」は誰か、「室井慎次」は誰かといった説明は全く必要ない。「踊る大捜査線」の中で非常に重要な役割を果たしていた人物であるだけに、今度は、その人たちが主役となる映画はどのようなものかが気にかかるのが普通だ。まして警察幹部の一員であった「室井慎次」に「容疑者」という冠が付けられれば、どのような内容なのか気になるのが当たり前だ。

 多額のコストを投入してゼロから広告宣伝を行っても、なかなか新作映画に関心を持ってもらえずに苦労するのが映画産業の辛いところであるだけに、広告宣伝に大きなコストをかけなくても放映される前から注目される作品は、関係者にとってこれほどありがたいことはないだろう。

 放送局も映画会社も、広告宣伝に大変な苦労をしている。それだけに大量のノウハウが蓄積されている。広告についてのノウハウを持っているのは広告代理店だけではないのである。録画機器の高度化によりテレビCMの危機を訴える声も多いが、広告宣伝についての大量のノウハウを持つ放送局や映画会社の力が発揮されることにより、危機は回避される可能性もある。そういう視線も重要なのではなかろうかと思う。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs 放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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