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政府ではテレビ番組のネット配信を進められない理由西正(2/2 ページ)

» 2006年02月16日 20時31分 公開
[西正,ITmedia]
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Webに対する拒絶反応

 売れっ子のタレントの価値を維持するためということで、BS放送での再放送やCS放送での再放送ですら、タレント事務所から許諾が得られないことがある。

 地上波放送までがデジタル化した今となっては、不正コピーに対する懸念は、Webと変わらないではないかと思われがちである。しかし、現状の地上波、BS、110度CSの各デジタル放送ではB-CASが用いられ、コピーも私的利用の範囲内ということで1回限りとされている。

 だからこそ引き続き、各世帯への影響力の大きい地上波放送への出演には積極的なのである。コピーワンスの制度については見直し論が先行しているが、その仕組みを変えた途端に、タレント事務所としてもタレントの露出の仕方を考え直さなければならなくなる。そういう事情もあって、苦情だらけのコピーワンス制度が改められずにあるのかもしれない。

 BSデジタル放送やCSデジタル放送への番組の再利用については、それぞれの放送市場の拡大度合いによって、タレント事務所が納得する出演料が得られれば許諾に至る道は近いと思われる。

 問題はネット配信である。Webにタレントの顔写真が載った途端に、それを不正コピーして安売りされるようなことを嫌っているのである。それは本来なら事務所の収入となるはずの収益を無断で取られてしまうということもあるが、結果としてタレントが安売りされることによって価値が低下することが懸念されるからである。

 タレント事務所がWebを信用していないのは、前述した通り、その利便性も危険性も熟知しているからである。その点について徹底している事務所によっては、所属するタレントの顔写真をWeb上に載せることすら一切拒否している。

 テレビ局のHPの中で番組宣伝用のコンテンツがあっても、そこでのタレントの顔写真の掲載は認められず、似顔絵等で済まされてしまうケースが多々見られている。他の出演者は顔写真が掲載されているだけに余計、事務所によって方針が大きく異なることが見て取れる。

 テレビ番組のネット配信が活発化しないのは、テレビ局が番組を抱え込んで離さないからだと信じている輩がまだまだ大勢いるようだが、テレビ局のHPを覗いてみて、そこでどういう状況になっているかを確認しておくべきだろう。テレビ局が番組宣伝用のWebにまで顔写真すら使わせてもらえない、いわば出演を拒否されているわけである。そういう事情をよく見ておけば、テレビ局の都合でネット配信が進まないわけではないという真相が見えてくるだろう。

 わが国の通信事業者最大手は、そこの光回線を売っていくため、テレビのCMで有名タレントグループを起用している。しかし同社のHPを見ると、そのタレントグループの顔はすべて似顔絵になっている。

 高速インターネットを実現すべく光回線を売っている大手通信事業者ですら、そうした有様である。ネット配信が進まない理由がテレビ局側の都合でないことなど、明らかである最適な事例と言えるだろう。

 政府が「放送と通信の融合」に向けて対策を講じていくのは結構なことだが、ここまで述べてきたようなタレント側の考え方に対して、政府が解決できそうな問題は余りなさそうに見えてならない。それにもかかわらず、実情を理解せずに強引な解決を図れば、テレビ局の番組制作に支障を来たすだけである。

 政府に期待したいのは、せめて「放送と通信の融合」が進まない真相を理解してもらえれば十分である。事情も知らずに大鉈を振られてしまっては、肝心の「融合サービス」の実現を遠ざける一方だ。

 タレント事務所に対して、Webの安全性を説得する役回りは、日頃から接触機会の多いテレビ局に任せておけばよいのである。テレビ局としてもネット配信の実現により、新たな収入が増えていくことに抵抗などあろうはずがないからだ。

 いくら改革好きの政府であっても、改革の出来るテーマと、改革の難しいテーマがある。ネット配信は、タレント個人の意向にも大きく左右される問題であるため、慎重なる取扱いが必要である。机上で改革論を述べるのは簡単なことだが、どうして改革が進まないかの理由を知りたければ、政府関係者が自ら大手タレント事務所に出向いて話し合ってみれば分かることである。

 ネット配信は徐々にではあるが進み始めている。政府の余計な改革で足を引っ張ることだけはやめてほしいと願うのみである。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs 放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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