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放送規格にデファクトスタンダードは向かない西正(2/2 ページ)

» 2006年03月24日 17時18分 公開
[西正,ITmedia]
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 一般的なサービスや商品については、市場原理に任せたデファクトによる規格の決め方で構わないだろう。アナログのVTRなども、商品の性格からすれば、デファクト的な決め方がなされたことが間違いであったとは思わない。

 ただし、消費者の自己責任に任せてしまうには、あまりに消費者側が負うリスクが大きくなりすぎてしまうケースもある。その最たるものがライフラインに関わるものである。電機、ガス、水道といったライフラインは、文字通り日々の生活に欠かせないものである。こうした領域で新たなサービスが提供される際には、デファクト的な手法が用いられることを避けなければいけない。

デファクトになじまない放送規格

 地上波放送は基幹放送として、今や国民生活になくてはならないものになっている。間違いなくライフラインの一翼を担っていると言えるだろう。

 そうであれば、放送に関わる規格はデファクト的に決められるわけにはいかない。VTRやDVD、次世代ディスク等、放送サービスの周辺に位置づけられるサービスについてはデファクトであっても構わない。ただし、放送サービスそのものの部分についてはデファクトにするわけにはいかない。

 デジタル化であるとか、通信との連携であるとか、放送サービスも次々に高度化していく状況にある。

 放送規格については通常、放送局とメーカーが協力して決めることが多い。テレビ受像機(以下、テレビ)は放送サービスを受けるために欠かせないので、放送の周辺機器ではなく、放送サービスの範疇(はんちゅう)として考えられるべきである。

 放送サービスもデジタル化を通じて高度化していくことになるが、受信機であるテレビの規格をデファクト的に決めるわけにはいかない。あくまでも喩え(たとえ)だが、パナソニックのテレビでは受信できるがソニーのテレビでは受信できないとか、NHKの放送は受信できるが民放の放送は受信できないといったテレビが出されるようなことは許されない。

 そのために、放送規格を決める際は放送局とメーカーが事前に調整を行っているのである。事前に調整を行ったからといって、テレビの価格が不当に高くなるようなことはない。むしろ高価なデジタルテレビも急速に価格を下げていくくらいである。事前に統一規格が決められても、複数の電機メーカーがそれに基づくテレビを発売していく中では価格競争が起こるので、消費者に迷惑が及ぶことはない。

 以上のように考えれば、放送規格がデファクトになじまないことは明らかだろう。しかし、現在の政府側の見解では、放送規格を放送局とメーカーだけで決めるべきではなく、市場原理に委ねるべきだという方針を打ち出している。

 サーバ型放送の登場は事前の計画より遅れ気味であるが、ここに来て政府がサーバ型放送にしても放送局とメーカーで規格を決めるのは正しくないという意向を伝えていることによって、規格策定が遅れているようだ。

 サーバ型放送は受信機であるテレビにサーバを内蔵することになる。つまり次世代のテレビ規格の話である。次世代のテレビであろうと、放送サービスを受信するためのものである以上、デファクト的な規格の決め方はなじまないように思われる。

 市場原理を持ち出すことが常に消費者のためになる、という考えは妄想に近い。ケースバイケースの見極めが必要だ。

 サーバ型放送の規格策定が遅れているのは、政府から横槍が入っているからだけではない。シャープ、ソニー、東芝、日立、松下の電機メーカー5社が、ブロードバンド回線に接続可能なデジタルテレビ(DTV)を対象としたポータルサイト(Portal site)サービスについて共同で検討する、「DTVポータル検討ワーキンググループ」(DTP-WG)が結成されることになったという事情もある。

 DTP-WGで検討されることになるサービスは、サーバ型放送の企図するサービスと重なる部分がある。大手電機メーカーではテレビの規格1つを取ってみても、複数の検討が別々に行われている。放送局とともにサーバ型放送の規格を練ってきたチームと、今回のDTP-WGの検討を始めたチームとは全く情報の共有がなかったようだ。

 それ自体は悪いことではない。同じ社内であれば、それこそ市場に持ち込む前の競争を消費者に迷惑をかけることなく展開しやすいからだ。そうした研究開発の姿勢を採るが故に、わが国のメーカーのサービスの高品質が保たれているとも言える。

 ただし、別々に考え出してしまったとは言え、サーバ型放送の規格との親和性を確保するための作業は欠かせない。そのため、サーバ型放送だけのために考えられてきた規格をそのまま今のDTVに当てはめてしまうことは避け、DTP-WGとの連携を採るべく作業が始められることになる見通しだ。

 そうした状況であるとの認識に立てば、サーバ型放送の規格策定を市場原理に委ねるべきだと主張している政府側の見解は大間違いであり、放送局やメーカーはそうした主張を容認しているわけではない。あくまで消費者に迷惑のかからない方法としての規格調整に、時間がかかる新事情ができたということである。むしろ、放送規格についての考え方は政府サイドでも改めて再確認しておいてほしいものだ。

西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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