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IP再送信に向けた著作権法改正の要衝西正(2/2 ページ)

» 2006年04月20日 14時42分 公開
[西正,ITmedia]
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事後承諾で大丈夫なのか

 放送番組の制作の時との事情の違いを考えれば、手続きだけを簡素化するために事後承諾で構わないことにしてしまおうという著作権法改正の方向性は、非常に危険な一面を持つことを忘れてはなるまい。

 そもそも事前の時間は限られているが、事後などは一体いつまでを以って事後とするのかを決めておかねば、使用された本人がその事実を知らず、著作権料が未払いのままのケースが増えてしまうだろう。法的にどうであろうと、そうしたケースが頻繁に出てくれば、トラブルが絶えなくなってくることは明らかだろう。

 著作権者たちのデータベースを作っておけば良いと言うのは簡単だが、所属事務所が変わってしまうことも多く、当初のデータベースでは連絡が取れなくなってしまうことも珍しいことではない。事後承諾というのは、簡単そうに見えて、実際にはかなり厄介な手法なのである。

 IP再送信についても、事後承諾で良いと片付けられないケースは珍しくない。

 分かり易い例が、ビートルズだ。事後承諾がルール化されて、地上波をIP方式で再送信することになれば、地上波の中からビートルズは消える。ビートルズは絶対に事後承諾では処理出来ない。ビートルズの音楽がドラマの中でかかっていたら、その番組をIPベースでは再送信出来ないので、結果として、ビートルズは地上波から消えることになる。

 IP再送信ですら難しい理由として、世界中にファンがいるような大物の音楽権利者の多くが、IP方式で流すことに同意していないという状況があるからだ。

 著作権法を改正して手続きを簡素化しようと考えるのであれば、そうした海外のアーティストの取り扱いをどうするのかを考慮しておかねばならないということだ。

 著作権者たちが、人格権や肖像権を盾にして配信に反対することは十分に考えられる。このため、単純に事後処理で構わないなどと決めても、著作権者たちの方から拒絶されてしまったら、それは拒絶する側の個人の意思が優先的に尊重されることになる。

 映画の場合には放送と違って買い取り契約になっているので、かなり簡素的な仕組みを適用し易くなっているが、それでもその作品にキャスティングされていた役者さんが昔の自分の未熟な演技を見られたくないという理由で拒絶したら、放送で使うことすら難しくなる。これはネット配信以前の問題である。事後承諾で構わないと法制化されても、拒絶した役者さんから訴えられたら、放送局側が裁判で勝つのは相当に難しくなるだろう。

 個人の権利の問題に限らず、個別の作品に関しても事後承諾で構わないとなったら、次々と差し止め請求が頻発することになろう。映画として名作と言われる「砂の器」も、内容的に差別の問題を多く含むことから、事後処理で構わないとはならないだろう。

 「砂の器」について言えば、最初は作品の中で使われる差別用語を切り取って使われていたのが、今では、作品自体が差別を前提に作られているということで放送しにくくなっている。

 これまでは、放送局側の自主規制に基づいて放送を見合わせていたが、法改正によって事後承諾で構わないことになると、自主規制によって止まっていたものが止まらなくなってしまうことすら懸念される。

 事後承諾で手続きが簡素化される代わりに、著作権料の水準が高騰していくことは明らかである。そうなると、放送局としても使いにくくなる。著作権者の側としても、事前に相談されずに使われ、事後に著作権料だけ払われるという仕組みでは、番組制作への参加にすら慎重になってしまうだろう。IP方式で再送信されることになった結果、地上波の番組が面白くなくなってしまったのでは、視聴者にとっては非常に迷惑な話である。

 今でも大物の俳優の中には地上波への出演を拒否している人がいる。IP方式がOKになった途端に、そういう著作権者たちが増えても不思議はないのである。

 そうした問題は、法制度を変えたところで解決しない。著作権者たちが拒絶する以上は、国家権力をもってしても無理やり了解されることなど許されるはずがない。やはり個人の選択肢というのは尊重されなければならない。

 政府側で著作権法の改正に向けて取り組んでいる人たちは、なるべく著作権者たちと直接会って話してみるべきだろう。それを怠ったまま、法改正で事後承諾などにしてしまったら、結果的に良質な作品は提供されにくくなる。IP方式による再送信ですら、そうした状況にある。過去の作品のVOD的な配信となると、立ちはだかる障壁はより大きくなる。法改正だけでは済まされないことを銘記した上で、改めて法改正の方向性を決めてもらいたいものだ。


西正氏は放送・通信関係のコンサルタント。銀行系シンクタンク・日本総研メディア研究センター所長を経て、(株)オフィスNを起業独立。独自の視点から放送・通信業界を鋭く斬りとり、さまざまな媒体で情報発信を行っている。近著に、「IT vs放送 次世代メディアビジネスの攻防」(日経BP社)、「視聴スタイルとビジネスモデル」(日刊工業新聞社)、「放送業界大再編」(日刊工業新聞社)、「どうなる業界再編!放送vs通信vs電力」(日経BP社)、「メディアの黙示録」(角川書店)。

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