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ソニー稲沢テックに見る、モノ作りの復権小寺信良(3/3 ページ)

» 2006年12月11日 10時30分 公開
[小寺信良,ITmedia]
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日本で作る意味

 流通の面から見ても、BRAVIAの製造はかなりシビアに無駄を省いている。例えば近隣の協力工場から搬入される部材は、製品製造に対して2時間から4時間分程度のストックしか持たない。毎日毎時、必要な分だけしか搬入されないのである。近隣の工場は最長でも車で2時間程度なので、部材が無くなりそうになるのを見計らって持ってきてもらうのだという。

 また液晶パネルは韓国のS-LCD工場から毎日送られてくるわけだが、船便で4日かかる。遠隔地で製造するということもあって、品質管理の面でも工夫が見られる。

photo 液晶パネルは毎日船便で届く

 そのひとつが「QF&FFA」という体制だ。BRAVIAの製造時には全品検査するわけだが、パネルに問題が見つかったときは稲沢でパネルを解析して、問題点を突き止める。そしてその情報だけを韓国S-LCDに返し、すぐに改善が行なわれる。韓国のS-LCD工場にはソニーの技術者を、稲沢にはS-LCDの技術者を常駐させることで、この体制が可能になっている。

 通常は問題があったらその部材を送り返して向こうで解析して貰うわけだから、船便を使うと4日のタイムラグが出てしまう。その間にも毎日パネルは送り込まれてくるわけで、もし製造ラインに問題があったら、問題のあるものが4日分も送り込まれてくることになってしまう。これを避けるためである。

photo 出荷を待つBRAVIA。4〜5日分のストックがあるという

 働く人の交流という意味では、稲沢では外国人製造技術者の姿も多く見られる。BRAVIAの製造は、今年から来年にかけて海外展開を図っているが、その拠点となるエンジニアの実地研修施設としても機能している。

 これまで海外工場の立ち上げでは、日本から数名の技術者を派遣して、現地で指導を行なうのが普通だ。だがこれでは、海外拠点で働く人たちの主体性がなくなってしまう。そこでソニーでは、現地の人が主役となってもらえるよう、現地のエンジニアを稲沢に呼んで約2カ月、長い場合は9カ月間かけて、実作業や品質に関する水準を覚えてもらう。帰国後には彼ら自身がキーマンとなって、現地の工場を立ち上げていくという。

 戦後の復興期において日本は、加工・製造業でのし上がってきたわけだが、現在人件費、地代も高い日本において製造を続けるというのは、コスト的には厳しい選択である。だが、日本でなければできないのが、高水準の製造品質だ。

 ご存じのようにソニーは昨年から、CCDの不具合、PC用バッテリの回収など、物作りの面で「大丈夫か?」と言われる問題が続けている。ストリンガー/中鉢新体制になって「モノ作りのSONY」復権を掲げた矢先の出来事であったが故に、アンチソニー派には格好の燃料投下となった格好だ。だが各メーカーのリアクションは、消費者のそれとは微妙に違う。明日は我が身として、特に自社シェア率の高い分野の製造においては、厳しく再チェックを行なったところも多い。

 21世紀に入って、日本はまさかと思われる分野で、他国メーカーに技術で負けるというシーンが目立ってきた。研究レベルでは世界第一水準の技術も少なくないが、まだ具体的な市場を形成するに至っていない分野が多いのも事実だ。もはや技術立国の危機と言ってもいい。

 ソニーが原点である製造業に立ち返ろうとしているのは、未来が見えにくくなっていることの現われだろう。日本がイケイケだったときには、ソニーは道無き道を攻めるだけでみんなが付いてきた。だが世界の多くの企業が同じやり方を始めた今、ソニーだけがユニークな企業ではない。

 未来が見えなくなったときに、原点に戻るのは間違ったやり方ではない。原点と現在を最短距離で結んだときに、その延長線上に未来が見えてくる。ソニーが現在直面している問題は、ソニーになろうとしたメーカーがこれから直面する問題なのである。

 株式や金融、保険、ソフトウェアで立脚するソニーの姿は、本来あるべきものではない。「モノ作りのSONY」から見えてくるものは何か。ブラウン管製造という縮小産業から、1年足らずでソニーの看板工場にまで転身した稲沢テックの姿に、ソニー自身も自分の姿を投影しようとしているのかもしれない。

photo ここ稲沢から日本各地へBRAVIAが運ばれていく

小寺信良氏は映像系エンジニア/アナリスト。テレビ番組の編集者としてバラエティ、報道、コマーシャルなどを手がけたのち、CGアーティストとして独立。そのユニークな文章と鋭いツッコミが人気を博し、さまざまな媒体で執筆活動を行っている。

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